第十話 怨霊が切り裂いてくれることでしょう
「ここですだ」
「なるほど、ここはこれまでになく強い怨念を感じるな」
イヌカイ率いる祈禱師一行は、近隣の村まで商いの手を広げている大商い主の屋敷に招かれていた。タケダ王国ではすでに廃止された商い主制度も、オダ帝国には根強く残っているのである。
「商い主様からは金に糸目は付けねえから、とにかくちゃんと祓ってくれってことでげした」
この村の領主はマエダだが、彼が治めているのは何もここだけではない。それ故各村にはマエダとは別に名主のような者が存在しており、富豪である商い主がその名主を兼務することも珍しくないのである。
「して、その商い主本人はどこだ?」
「へえ、それが今日はどうしても外せねえ寄り合いとかで、隣村に行っておいででやんす」
「何! 本人がいないとなると面倒だな」
そこでイヌカイは難しい表情を浮かべる。
「え? ど、どう面倒なんで?」
「よく聞けよ。祈禱とは何も家屋敷だけを清めるものではない。そこに住まう者も含めて清めるのだ」
「はぁ……」
「その本人がいなければより強い祈禱が必要となる」
「そんなもんでげすか」
「だがいないものは仕方ない。予定外ではあるがそのように祈禱しよう。その代わり祈禱料は倍の大金貨二枚だ」
「だ、大金貨二枚!」
金に糸目は付けないとは言っても、この金額は破格である。
実はこの商い主の祈禱に関しては、マエダからある依頼を受けていた。その依頼とは、祈禱料をたんまりとせしめることだったのである。マエダ曰く、商い主はキノシタ公爵と昵懇の間柄にあることを笠に着て、何かと彼に反抗的なのだそうだ。そのため少しでも資金力を削いで、弱体化させるのが狙いらしい。
「どうした、払えぬか? 祈禱料にツケは効かぬ。それに護符もより強力なものが必要だ。この屋敷の大きさからすると十枚はいる。護符の代金も大金貨二枚。合わせて大金貨四枚となるが」
「よ、四枚ですって!」
大金貨四枚はタケダより物価が高いオダ帝国でも、家族三人が一年は楽に暮らしていけるほどの大金である。今の日本で言うなら、金額ではなく価値換算で五百万円から六百万円といったところだろうか。
「払えぬならよい。次に行くぞ!」
「ま、待って下せえ! 今番頭さんに話してきやすので!」
立ち去ろうとする祈禱師一行を引き留めて、案内役の村人は屋敷の奥に消える。そしてしばらくすると、ゲンノシンと名乗る番頭が村人に連れられて戻ってきた。
「祈禱師様、祈禱料と護符の代金、合わせて大金貨四枚とは、あまりに法外ではありませんか?」
「ゲンノシン殿とやら、我らは祈禱を頼まれてきておる。何もこちらから祈禱させてくれと言ったわけではない。それにこの地を治めるマエダ様直々の墨付きを得ての祈禱だ。料金を法外と申されるならば結構。立ち去るのみだ」
「お、お待ち下さい祈禱師様。料金の方、如何ばかりかお安くはなりませんか?」
「戯け者! 祈禱は商売ではないのだ! 相手が鋼の刀で攻めてきた時、貴殿は鎧の代金を値切って薄い物を着けたいと申すか!」
「そ、それは」
「そのような心持ちであれば祈禱料は護符と合わせて大金貨十枚だ! ビタ一文負けん!」
「そんな……」
「皆の衆、帰るぞ!」
「お、お待ち下さい! 払います、払いますから!」
ゲンノシンは踵を返して立ち去ろうとするイヌカイを、その前に立ち塞がって何とか留めた。彼にしてみれば主からお祓いを命じられている以上、このまま祈禱師一行を帰すわけにはいかないのだろう。それが分かっていたから、イヌカイもわざと法外な金額をふっかけたのである。
「うむ。では大金貨十枚、先払いで頂戴致す」
「先払い……」
「後払いでもよいが、それだと大金貨二十枚になるぞ。ちなみに代金を踏み倒すつもりならやめておいた方が身のためだ。そんなことをしたらすぐさま結界を解くだけからな」
「分かりましたよ。ちょっと待ってて下さい」
こうしてまんまと十枚もの大金貨をせしめたイヌカイは、わざとらしい祈禱の真似事をしてから、屋敷の目立つ所に何枚かの護符を貼り付けた。それはここを訪れた者が、誰でも一目で怨霊に取り憑かれた屋敷であることが分かる位置である。
「あの、祈禱師様。この護符を別の場所に貼り替えることは……」
「効き目がなくなっても構わぬのなら好きにするがよい」
商い主とは世間体を気にするものである。なのにこれほど仰々しく護符を貼り付けられては、その威厳にも関わってくるのだろう。だから番頭はなるべく目立たない場所に護符を貼り替えたかったのだが、イヌカイがそんなことを許すはずはなかった。
「マエダ様、仰せの通りに例の商い主から金をむしり取って参りました」
言いながらイヌカイはマエダに大金貨五枚を差し出す。それを見た彼は口元にニヤリと笑みを浮かべだ。
「ほう。して、お前の取り分はいくらだ?」
「野暮は言うものではございますまい。まあそれなりに、とだけお答えしておきましょうか」
「まだ取れそうか?」
「あの様子なら貼り付けた護符を剥がすのも時間の問題かと。もし言い付けを守って剥がさなかったとしても……」
「何か仕掛けておいたのだな?」
「護符の何枚かは偽物ですので、怨霊が切り裂いてくれることでしょう」
「そんなものが本当にいるのなら、な」
マエダは高らかに笑い声を上げ、祈禱師一行もそれに倣った。その夜、商い主の屋敷ではイヌカイの読み通りに護符が数枚、別の場所に貼り替えられていた。




