第七話 やーいやーい、罪人の子供!
「悪霊退散! 悪霊退散!」
「きえぇっ!」
村人の依頼でその者の家を訪れていたイヌカイは、家人の言う通り床の間に現れた怨霊に対して、護符を掲げて呪を唱えた。すると怨霊は奇声を発して見事に消え去ったのである。
「祈禱師様! あ、ありがとうごぜえます、ありがとうごぜえます!」
「うむ。この護符を家の真ん中に貼って毎日拝め。さすれば怨霊はこの家には近づけまい」
「本当でごぜえますだか!」
「護符の力を見ただろう?」
「へ、へえ。それで何と言って拝めばいいだか?」
「悪霊退散、悪霊退散、悪霊退散と三回唱えればいい。ただし一日も欠かすでないぞ」
「わ、分かりやした。あの、これは約束のお礼でごぜえますだ」
そう言って家人は小さな巾着袋をイヌカイに手渡す。約束の祈禱料は大銀貨二枚、護符の代金は大銀貨三枚の合わせて大銀貨五枚としていた。もちろん金額は一定ではなく相手の懐事情を見て決める。家が大きかったりして金を貯め込んでいそうな者からは多く、貧しい者からは少なくという具合だ。しかしそもそもが貧しい村であるため、多くの祈禱料を取れるとは思っていない。この村の住人たちには、イヌカイ率いる祈禱師一行の宣伝係になってもらう狙いがあったのである。いわゆる口コミを期待しているということだ。
「よし、次の家に行くぞ」
「悪霊退散、悪霊退散……」
一行はそれらしく念珠を擦り合わせながら、口々に呪を唱えて家の外へと出ていった。
「お兄さん、誰だい?」
その日はサッちゃんと城下の散策に出ていた。俺と彼女の護衛には珍しくスケサブロウ君が同行している。何でもスケサブロウ君は昨夜末を誓い合ったおナミに浮気を咎められたとかで酷く落ち込んでいる様子であった。
ところで一人寂しくコマ遊びをしていた少年が、彼の雰囲気に興味を持った俺に不思議そうに話しかけてきた。俺は彼の事情も考えずに無遠慮に視線を向けたことに対してまず詫びた。
「いやすまぬ、気にしないでくれ」
「何だよその言葉遣い。まるで貴族様じゃないか」
少年は笑いながら回しそびれたコマをその手に拾う。俺もサッちゃんも帯刀していなかったので、彼の目に貴族と映らなかったのは無理もない。それに服装もお忍び然としたラフなものだったので、誰が見ても俺たち二人は平民にしか見えないはずだ。
「お前はどうして一人で遊んでいるのだ? 友達はいないのか?」
「そんなモンいねえよ」
そしてまた少年はコマに紐を巻いて回そうとするが、うまくいかずにコマを拾っては投げるを繰り返す。
「どれ、貸してみろ」
見かねた俺は少年からコマと紐を受け取り、子供の頃の記憶を頼りにそれを投げる。結果は――
「あ、あれ?」
「まあ!」
「ヒコザさん……」
コマは見事に勢い余って明後日の方向に飛んでいき、それを見たサッちゃんはクスクスと笑い、スケサブロウ君は覚めた視線を向けてきた。当の少年は呆れた顔でコマを拾い、俺の手から紐を奪い取る。
「何だよ、だらしねえなあ」
「どれ少年、俺に貸してみろ」
今度はスケサブロウ君の番である。彼は少年からコマと紐を借りると、俺の方を向いて鼻で笑った。
「おい、俺は国王だぞ。もっと敬え」
「はいはい、馬にも乗れない国王様」
「なっ! お前だって乗れないではないか!」
「残念でした。だらしない国王様の騎兵は、すでに馬を完璧に乗りこなしております」
「くっ、いつの間に……」
おそらくはマツダイラ閣下の厳しい鍛錬の結果だろう。もちろんこの会話は少年には聞こえていない。そしてスケサブロウ君がコマを投げると、そのすぐ足元で勢いよく回転を始めた。
「す、すげえ! お兄ちゃん、じゃなかった。刀を持ってるから貴族様か。さすが貴族様、こっちのデカいだけの偉そうなお兄さんとは大違いだ」
護衛のスケサブロウ君は当然ながら帯刀している。それを見た少年は俺とサッちゃんの方を彼の付き人と勘違いしたようだ。無論お忍びなのだからそれを咎めるつもりは毛頭ないが、どうでもいいけどサッちゃん、笑い過ぎだよ。あとスケサブロウ君は俺を見下し過ぎだ。いくら正体を知っているからと言って、あまり酷いと仕置きしなければいけなくなるから気を付けてほしいものである。
「何だぁモスケの奴、大人に遊んでもらってるぞ」
「モスケのクセに生意気だ!」
「やっちまえ!」
そこへモスケと呼ばれた、彼と同い年くらいの少年三人が現れ、俺たちに構わず髪を引っ張ったりして引きずり倒し、挙げ句に殴る蹴るの暴行を加え始めた。さすがにこれは止めないわけにはいかないだろう。
「おい、何をやってる! やめろ!」
俺がガキ大将らしき少年を取り押さえ、その隙にサッちゃんがモスケを助け起こす。
「お前たち、寄ってたかっては卑怯だと思わないのか!」
スケサブロウ君は別の少年を押さえながら、残る一人に怒鳴りつけた。しかし少年たちに悪びれる素振りは微塵も見られず、むしろ自分たちの何が悪いのかという表情で俺たちを睨み返してきていた。
「いいんだよ! モスケは罪人の子供なんだから」
「罪人の子供?」
俺がモスケの顔を見つめると、彼は涙目になりながらも負けん気な口調で叫んだ。
「と、父ちゃんは罪人なんかじゃないやい!」
「なら何で百叩きされたんだよ!」
「やーいやーい、罪人の子供!」
そこで俺は一人の罪人に思い至ったのだった。




