第三話 皆に公平に土地を貸せということだな?
「大変でございますぞ、陛下!」
「何事だ?」
その日は珍しく片付けなければならない書類が少なかったので、早々に仕事を終わらせてスズネさんと談笑している時だった。ツッチーが血相を変えて執務室に飛び込んできたのである。
「城下の商人が集団で城に押し寄せてきているのでございます」
「商人が? 何故だ?」
「それがどこから漏れたのか、城門前のおマサの店の場所代が銅貨一枚ということで、自分たちにも店を出させろと……」
「何だって!」
そこで俺はすぐにイシダというおマサの客を思い浮かべた。それはスズネさんも同じだったらしい。
「おマサちゃんのところへ行ってきます」
「いや待て、余も行こう」
「陛下! 城門前のおマサの店にも商人が詰めかけて大騒ぎとなっております。そこへ陛下が行かれては……」
「そんな! おマサちゃんには誰か付いているのですか?」
「おマサは店に。衛兵が誰も中に入れぬように入り口を固めております」
可哀想に、きっとおマサは震えていることだろう。どんな誘導をされたかは分からないが、この騒ぎの発端が自分であることも分かっているはずだ。だからスズネさんにも俺にも助けを求めることが出来ない。幼い少女がずる賢い大人に翻弄され、傷ついている様が目に浮かぶようだ。ここは一刻も早く救い出してやらねばならない。
「いや、やはり余が行く。スズネも行くぞ」
「はい!」
早々に支度を終えて城門へ向かおうと城を出たところで、衛兵と問答しているシンサクの姿が見えた。彼も騒ぎを聞きつけておマサのところに向かおうとしているらしい。
「シンサク、どうした?」
「あ、旦那! いいところへ。おマサのところに行かせてもらえねえんだ」
「この者はよい、通してやれ」
「何を偉そう……に……へ、陛下……?」
俺がただの若者に見えたのか、衛兵は一瞬こちらを睨みつけたが、すぐに国王だと気づいて真っ青になっていた。しかし今はこの者の無礼を咎めている時ではない。そう思ったのだが、この混乱で衛兵も困り果てていたのだろう。次の瞬間、数十人はいると思われる商人たちの集団に向かって大声を張り上げていた。
「皆の者、静まれ! 国王陛下のお出ましであるぞ!」
その声に、商人たちは一斉にこちらに振り向く。衛兵と揉み合っていたせいで、前日の雨でぬかるんだ泥が顔にまで跳ねている者もいた。
「スズネ、今のうちだ。シンサクと行っておマサをここに連れてきてくれ」
「はい!」
俺はスズネさんとシンサクをおマサの許に向かわせると、呆気にとられている商人たちの方に向き直った。
「何をしている、国王陛下の御前であるぞ! 頭が高い! 跪いて頭を下げぬか!」
衛兵が彼らを怒鳴りつけると皆慌てふためいてその場に跪き、一斉に頭を下げていた。
「お前たち、余の城に何用か」
「国王陛下に申し上げます!」
俺の言葉に一人の商人が頭を下げたままの姿勢で声を発した。
「許す、申せ」
「聞けば城門前のおマサなる娘の店、場所代がわずか銅貨一枚とか」
「それがいかが致した?」
「あのような場所を銅貨一枚にて借り受けられるのなら、我々にもお貸し願いとうございます」
「お前はそれを誰から聞いた?」
「はっ! そこなイシダ・ナリミツと申される御仁にございます」
そこに両肩をスズネさんとシンサクに抱かれたおマサがやってきた。おマサは今にも泣きそうな顔で、場の雰囲気を察したのかガタガタと震えている。
「イシダ・ナリミツと申す者はその場に立ち上がれ」
「私がイシダでございます」
俺のイシダに対する第一印象は、一言で言うならネズミだった。尖った顎とずる賢そうな目元がそう連想させたのだろう。
「イシダとやら、お前は何故おマサが支払っている場所代を知っているのだ?」
「あ、あの、それは……」
そこでおマサがいてもたってもいられなくなったのか、突然声を上げた。だが俺はおマサに発言を許してはいない。
「おマサ、お前は黙っていろ」
そしておマサの耳元に誰にも聞こえない小さな声で囁く。
「もう大丈夫だ。何も心配するな」
「国王様……」
そう言って涙を流し始めたおマサから、俺は再びイシダに目を向けた。
「お前はどこから場所代のことを聞いたのだ?」
「国王陛下に申し上げます。私はそこにいるおマサという娘から直接聞きました」
「そんな、酷い! 誰にも言わないって言ったのに……!」
「おマサ、場所代のことをあのイシダと申す者に教えたのは本当か?」
「はい……申し訳ございません。お妃様の言いつけを守らずに……」
「だがその折に交わされた約束は、誰にも言わないということだったのだな?」
「はい……あの人を信じてしまって……」
「相分かった。シンサク、おマサを連れて城に入れ。食堂で飲み物でも飲んで待っているがいい」
シンサクは黙って頷くとおマサを連れて城の方へと去っていった。
「さて、今一度イシダに問う。お前はなぜあのおマサとの約束を破ったのだ?」
「確かに私は彼女とそのような約束を致しました。しかしあまりの驚きと不公平さに、黙っていることが出来なかったのです」
「不公平?」
「あの娘だけ王国からそのような優遇を受けて、どこが公平と言えましょう。我々商人には平等に商いの機会を与える、というのが陛下の政ではございませんでしたか?」
商い主制度を廃止するに当たって、確かに俺はそのように布令を出した。イシダはそれを逆手に取ってきたというわけだ。ずる賢いのは顔だけではないようである。
「なるほど、おマサと同様、皆に公平に土地を貸せということだな?」
「御意にございます」
イシダは自分の言い分が通ったと思って笑いが堪えられないようだ。
「よかろう」
俺がそう言うとその場にいた衛兵たちは唖然とし、商人たちは全員顔を上げて嬉しそうに俺の方を見ていた。
「おマサと同様ということで異存はないのだな?」
商人たちが頷いたのを見て俺はスズネさんに耳打ちし、彼女は心得たとばかりにその手にするりと苦無を滑らせていた。




