第八話 そのような戯言など捨ておけ!
「またまたご主人さま陛下の名裁きだったのですね!」
言わずと知れたアカネさんが今日の癒し役である。彼女は前日のタミオに対する俺の裁定を聞いて、腕に纏わり付きながら殊更嬉しそうに声を上げていた。
「名裁きかどうかは分かんが、これから彼が元服するまでの間に改心すれば、死罪は取り消してもいいかとも考えている」
「しかし陛下」
ツッチーが書類の山をまとめていた手を止めて俺に語りかけてきた。
「その者の術はいかがなさるおつもりですか?」
「タミオには術の使用は禁じた。もしその命に背いて術を使おうとしたなら、その時は即刻首を刎ねると言い渡してある」
「なるほど」
この城にはアザイ家の人たちを祀った祭壇がある。つまり彼が俺の命に反して術を使えばすぐに分かるし、その術もたちどころに解かれてしまうのだ。もちろんそんなからくりはタミオには話していないが、ウイちゃんが彼の心を読んだところでは、彼には叛意はないということだった。
「ただ九歳のタミオをずっと牢に閉じ込めておくのも忍びなくてな。シンサクの許に置いて庭師として共に修行させようと思うのだが……」
タミオの年齢についてはあの裁定の後に本人に確認した。彼が元服するまではあと二年あまりということになる。
「よろしいと思いますよ、ご主人さま陛下。シンサクさんも弟分が出来るのは嬉しいのではないでしょうか」
「もっとも彼奴はおマサのことだけで頭がいっぱいだろうがな」
「しかし仕事にはしっかりと打ち込んでいるようですぞ。庭師のタロウノスケが感心しておりました」
「それはよいことだ」
「ところで陛下、タミオを騙した奴の調査はいかが致しましょう」
「キノシタやマエダに依頼したところで惚けられるのが関の山だろう」
それに子供の言うこととして取り合わない可能性すらある。殺された歌姫に同行していた一座の者からも、これといった帝国との繋がりを示すような証言は得られていない。無論こちらから調査のための人員をオダに送り込むことは不可能である。
「だが我々が事の真相を掴んでいるということを知らしめる必要がある。形だけでも調査の依頼を出しておけ」
「御意」
その中には歌姫を殺害した者の捜索は元より、タミオを死罪にすること、それから一座を長期間抑留することも含めた。特にタミオに対する死罪の通達は、オダが彼を暗殺しようとするのを防ぐ意味もある。それともう一つ。
「度重なる我が国への非礼に対し、それがたとえ帝国の与り知らぬこととしても、謝罪を求めておけ」
「かしこまりました」
「でも素直に謝ってくるでしょうか?」
アカネさんが不思議な表情で呟いた。
「いや、謝罪すればこれまでのことに帝国が関与したと認めたことになるからな。せいぜい遺憾の意を示すに留まるだろう」
「いかんのい?」
「残念だ、という意味だ。謝罪とは違う」
何だか分かったような分かってないような顔だったが、耳慣れない言葉を聞いた時はそんなものだろう。
「でも幼い子供まで使って卑怯ですよね」
「まあな。ただオダもこれほど早く術士が捕らえられるとは思っていないだろう。キノシタの悔しがる顔が目に浮かぶ」
俺はそう考えて今後のオダ方の動きが楽しみでならなかった。
その数日後、キノシタ公爵はマエダ・トシマサからの報告に苦虫をかみつぶしたような顔で怒りを露わにしていた。そこはかつてタケナカ辺境伯が居城としていた城の一室である。
「何故だっ! 何故タミオなる術士の素性が割れた!」
「分かりません。草の報告では結界石の策も早々に知られたとか」
「それはもう聞いた。そのせいで予定を早めて女を殺し、あの国王さえも術にかけてタケダを墜とす計画だったはずだ!」
「やはり子供には無理だったということでしょう」
「あの国王、若いからと侮っていたがとんでもない切れ者か、あるいは部下が優秀なのか……」
「またはその両方ということも考えられます」
涼しい顔で言い放ったマエダを、公爵はジロリと睨む。
「挙げ句謝罪せよとは、いっそのこと戦争を仕掛けてやるか!」
「閣下、急いては事をし損じると申します。それに今戦争を仕掛けては我が方は不利になります」
「どういうことだ?」
「領民の間で何やら妙な噂が流れております故」
「妙な噂?」
「夜毎アザイの亡霊が彷徨い出でるとか」
「亡霊……そのような戯言など捨ておけ!」
吐き捨てるようにそっぽを向いた公爵に、マエダは冷めた視線を送るだけだった。




