第四話 それだけでいいなんて……
「ところでキノシタ殿、タケナカ殿が討たれたそうだな」
「これは驚きました。何故陛下がそれを?」
謁見の間では俺とアカネさん、スズネさんが壇上に、マツダイラ閣下とアカオ閣下がその下に立っていた。キノシタ公爵と伴の二人は彼らの前に向かい合っているという配置である。
今は一通りの挨拶も済ませ、公爵からはユキたんの懐妊祝いということで荷馬車三台分もの様々な品を贈られ、その目録を受け取ったところである。無論それに対する礼は述べたが、ユキたんは体調面を考えてこの場には同席させていなかった。
「余には千里眼があってな」
「ご冗談を。あの者は謀叛を企てましたのでこの手で討ちました」
「ほう、キノシタ殿が自らか」
「せめてもの情けにございますれば。しかし陛下はご賢明にあらせられましたな」
公爵はそこで口元にニヤリと笑みを浮かべた。
「もしあの者の亡命をお認めになられておいででしたら、我が主も黙ってはおりませんでしたでしょう」
そういうことか。キノシタ公爵は始めからタケナカ辺境伯の亡命の意思を見抜いていたのだろう。その上で泳がせておいて、こちらの出方によっては戦争を仕掛けようと画策していたのかも知れない。
「其方もよく存じておるようだな」
「私めにも陛下と同様、千里眼がございますので」
俺にはウイちゃんというホンモノの千里眼がいるが、キノシタ公爵のそれは知計によるものだ。つくづく油断のならない相手である。
「それで、タケナカ殿の後任は決まっておるのか?」
「はい。こちらに控えておりますマエダ・トシマサにございます」
見ると背丈はそれほど大きくないが、服の上からでも分かるほどその男の体格はがっしりとした筋肉質だった。年齢は俺と同じくらいに見えて若々しい。
「マエダ・トシマサでございます。以後お見知りおきを」
「うむ」
「このマエダは文武に秀でた才を持っております。殊に先ごろは野生のスノーウルフを馬上から槍の一突きにて仕留めたほどで」
野生のスノーウルフは野犬などとは比べものにならないほど凶暴な獣である。それを槍の一突きで仕留めたとなると、この男は一騎当千と言っても過言ではないだろう。
「なるほど。では貴国の国境も磐石となろうな」
「先だっての野犬騒ぎでは随分とご迷惑をおかけ致しました」
公爵は軽く頭を下げてから続ける。
「今後はこのマエダ率いる百名の精鋭が国境を守護致します」
「トリイにはそのように伝えておこう」
「なれば陛下、トリイ殿には以後、演習においてこちら側に矢が飛んでくることがないように、ともお伝え下さい」
この皮肉は挑発とも取れるが、俺はそんなものに乗るつもりはない。
「して、国境往来はいつから再開出来そうなのだ? こちらはいつでもよいぞ」
「それにつきましては我々が戻りましてから五日ほどで準備も整いましょう」
「相分かった。ところでキノシタ殿」
「はい、何でございましょう?」
「よもやとは思うが、貴国の犯罪者をこちら側に送り込んだりはせぬようにな」
「……!」
この不意討ちにはさすがの公爵も顔色が変わった。俺はそれを見逃さなかったが、あえて冗談めかして助け船を出してやることにしたのである。
「そんなことをしても余には千里眼がある。すぐに分かるぞ」
「はっ、はは、陛下はご冗談がお好きなご様子で」
「それはさておき、我が国境には新たにスノーウルフを待機させることになる。犯罪者は食い殺されるが、賠償はせぬからそのつもりでいるがよい」
「無論、犯罪者に国境を越えさせることはございませんが、万一そのようなことになっても我が国としても賠償を求めるつもりはありません」
キノシタ公爵一行が自国に帰った七日後、彼の言葉通り国境の往来が再開されたのだった。
「陛下、ユキ妃殿下がお見えにございます」
「通せ」
執務室で書類の山と奮闘していた時、受付の女性がユキたんの来訪を知らせた。その日の癒し役はアヤカ姫だったが、彼女は公務で出かけていたので、今はこの部屋に俺とツッチーの二人だけだったのである。
「失礼致します」
「よく来てくれた。体はどうだ?」
「ご安心下さい。とても順調です」
「そうか。ところで何か用があってのことか?」
「はい。サユリさんが戻って参りまして、ぜひ陛下にお礼を申し上げたいと申すものですから」
ユキたんが言うと、その後ろからサユリとチハヤ・タツノスケが並んで部屋に入ってきた。
「そうか、もう一月経ったのか」
「イチノジョウ国王陛下、あの折には大変お世話になりました」
「タツノスケだったな。どうだ、あれからマツダイラが厳しくなっただろう」
「はい……い、いえ、決してそのような……」
「よい。マツダイラが申しておったぞ。騎兵隊を辞するなどと言った其方の性根を鍛え直すのだとな」
「誠にございますか! 道理で……」
これにはユキたんを始め、サユリもツッチーも笑いを堪えられなかったようだ。
「だがなタツノスケ、それは万が一にも其方が若い妻を残して先立つことがないようにとの、彼奴なりの優しさなのだ。故に心して励むがよい」
「陛下……もったいなきお言葉、謹んで肝に銘じます」
「サユリよ」
「は、はい!」
「其方はこれよりいずれ夫となるタツノスケを支える身なれど、我が妻のこともよろしく頼むぞ」
「も、もちろんにございます!」
サユリは真っ赤になりながらも、その瞳には強い決意の光が見えた。これならば安心してユキたんを任せられるだろう。
「余は立場上其方らの結婚式には出てやれん。許せよ」
「そんな、もったいない」
「会場はヨウガイ庭園を使っても構わんぞ。あそこなら城から料理も運べるであろう」
「まさか……陛下、お城の施設を使わせて頂けるのですか?」
俺の言葉にタツノスケが驚いた顔をしている。通常はたとえ城で働く者でも、城門の中の施設を個人的に利用するなどあり得ないことなのだ。
「サユリはユキの侍女だからな。それに其方は騎兵隊所属。なれば特別に許可しようということだ。だが式で供する料理の食材費は払えよ。そこまで国費で出してやるわけにはいかんからな」
「そ、それだけでいいなんて……」
「当日は料理長のクリヤマに腕を振るわせよう。旨いぞ、彼奴の料理は」
そんなやり取りの後、恐縮しまくりの二人を連れてユキたんは執務室を出ていった。




