第十三話 謁見の間に通しておけ
「貴国は我が国への移住を望む多くの者たちが列を成しているにも関わらず、一向に対処しようとしておらんそうじゃな」
このアヤカ姫の口から出た内容は、そのような事実があることは知っていたが、俺も正式に報告としては受けていなかった。
「そのことですか。実は我々もそれについては心を痛めている次第にございます」
「そうか。じゃがその者たちに水や食糧を与えることもなく、夜の警護もしていないそうではないか。とても心を痛めているとは思えんが?」
「それは……我が国も人手不足でございまして……」
「帝国ともあろう大国が人手不足と申すか」
タケナカ辺境伯の苦しい言い訳には、さすがにこちら側の者たちも嘲笑を禁じ得なかった。
「まあよい。しかしあの辺りは夜になれば人を食らう獣も出ると聞く。人が足りないと申すのであれば、我が国から警備隊を差し向けてもよいと思うがどうじゃろう、陛下」
「お待ち下さい妃殿下。双方の合意により軍は国境を越えられないことになっているはずです」
そこでアヤカ姫は俺にニヤリとした笑みを向けた。彼女の意図を読んだ俺は、それに対して黙って頷く。
「妾は軍を差し向けるとは一言も言うておらんぞ。警備隊は軍とは違う」
「ですが……」
「移住希望者は言わば我が領民も同じこと。なればその領民の命を護るは我が国の警備隊であってもおかしくはないはずじゃ。違うかの、タケナカ殿」
「妃殿下のおっしゃりたいことはよく分かります。しかし仮に警備隊は軍隊ではないということを認めたとしても、武器の持ち込みは両国の合意するところにはございません。武器がなければ警備隊といえども獰猛な獣と戦うことなど出来ますまい」
「簡単なことじゃ。武器はそちらで用意してくれれば済むじゃろう」
「は?」
「其方が足りないと申したのは人であろう? ならば人はこちらで用意する故、武器はそちらが貸し与えてくれればよいのじゃ」
「しかしですな」
「現実問題として我が方の国境警備兵に助けを求める声も聞こえるそうじゃ。しかし今はそれを手をこまねいて見ていることしか出来ん。目と鼻の先で人が獣に食い殺される様を見なければならない警備兵たちの気持ちが主には分からぬか?」
アヤカ姫はあくまで人道的な見地で話を進めている。そのためタケナカ辺境伯も返答に苦慮しているようだった。迂闊なことを言えば自国民の見殺しを認めることにも繋がるし、かと言って人を増やせば今以上に領民の流出速度が上がってしまう。
「タケナカ閣下、貴国と我が国の違いはそこではないですかな?」
そこで口を挟んだのはアカオ閣下だった。彼は相変わらず自分の口ひげを優雅な手つきで撫でている。
「そこ、と申されると?」
「国境での貴国の対応は、貴国を訪れる者たちからやがて今いる領民の耳にも入るでしょう。領民がそこで何を思うか」
「妾が領民であったなら、帝国はなんと冷たい国だと嘆くじゃろうな」
「しかし我が主、イチノジョウ陛下は領民こそ大事とお考えなのです。国民の大多数を占めるのは貴族でも軍隊でもない。城下で笑い城下で泣き、城下で働く領民であると。そしてその領民がいてこその王国であるとお考えなのですよ」
あれ、俺そんなこと言ったっけ。まあ確かにそう考えているのは間違いないんだけど。
「もし我が主が逆のお立場であったなら、喜んで貴国の警備隊なり軍隊なりを借り受けることでございましょうな」
「そこまで申されるのであれば……分かりました。しかしながらこれは私の一存ではお答えすることが出来ません。本国に持ち帰り、皇帝陛下のご裁断を仰いでからの返答とさせて頂きたい」
「言っておくがタケナカ殿」
「何でございましょう、陛下」
「時間がかかればかかるほど、犠牲者も増える可能性がある。あまり悠長に構えることのないようにな」
その時のタケナカ辺境伯の顔を、俺はしばらく忘れることが出来なかった。
「というわけなんだ、マツダイラ」
タケナカ辺境伯との会見から数日後、俺は昼食の席にマツダイラ閣下を同席させていた。先日のユキたんの侍女であるサユリの想い人が、実は騎兵隊の隊員だったのである。その者の名はチハヤ・タツノスケだった。
「なるほど。ではそのチハヤ家の者を城に呼べばよろしいですかな?」
「うむ。頼めるか?」
「頼めるかも何も、チハヤ家は世襲ではない騎士の称号を、代々実力で勝ち取ってきたある意味名門。陛下のお声掛かりとあらば一も二もなく飛んで参りましょう」
「そうか、では大儀だが任せたぞ」
「御意」
その後チハヤ家からは謁見の日取りについては俺に従うとの返事が届いた。それと同時にもう一つ、俺の許に届いたものがあった。
「タケナカが余に会いたいと申しているだと?」
「はい。いかが致しましょう」
「分かった、謁見の間に通しておけ」
俺はツッチーにそう指示して、彼との謁見にはアヤカ姫の他にウイちゃんを同席させることにしたのだった。




