第十話 その必要はありません
「ご主人さま陛下、まさかお嬢様が……」
「陛下!」
アカネさんとスズネさんが悲痛な声を上げる。それを皮切りに場内も段々と騒がしくなり始めた。
「陛下、もしや妃殿下に何か……」
「タケナカ殿、ご心配をおかけしておるがこれは我が王族のこと。其方は宴を楽しまれるがよかろう。皆の者も同様である。余は一旦中座するがこのまま宴を楽しまれよ」
言うと俺はツッチーに一言二言指示を与えてから、アカネさんとスズネさんを伴ってその場から立ち去った。
「どう思う?」
タケナカ辺境伯は伴の者二人を呼び寄せて、タケダ王国第一王妃の状況について話し合っていた。
「城内の者の噂では、このところ第一王妃は微熱が続くなど、あまり体調が芳しくなかったようにございます」
「タケダには現在流行病の兆候はありませんので、おそらくは何かの持病かも知れません」
「持病か。そのような話でもあるのか?」
「いえ、ですがあの若さで此度のような病状。対する国王の落ち着いた態度を見れば、長く持病を患っていたとしても不思議はございません」
確かに考えられる、とタケナカは思った。長患いの上にオダ帝国との開国という国情の変化、加えてあの若さで国王には第六王妃までいるという。それらが折り重なって心労が祟り、病状の悪化を招いたのかも知れない。
「この宴が終わり次第、お前は本国に発ってキノシタ公爵閣下にこのことを伝えよ」
「はっ!」
「万が一第一王妃が死ぬるようなことがあれば、さすがにあの国王も動揺するは必定」
「そこで凶悪な犯罪者共をこの地に解き放ち、タケダを一気に大混乱に陥れるという筋書きですな」
「我々は犯罪者共を取り締まる名目で軍を送り込む。表向きは自国の失態の責任を取るという形だからな。タケダも断れまい」
「その上最強との呼び名の高いタケダの騎馬隊でも、国王が腑抜けてしまえば切り崩すのは容易いことでしょう」
タケダの騎馬隊はオダ帝国にとっても脅威であった。殊に彼らが飼い慣らしたスノーウルフは、一頭で数十から数百の兵を食い殺す大量殺戮兵器と言っても過言ではない。その鋭い牙は鋼の鎧すら物ともしないが、高い知能をもって更に鎧の継ぎ目を攻め立ててくる。爪の一掻きは肉を削いで骨を砕き、体を覆う剛毛は鉄の矢尻さえ跳ね返すほどであった。とてもではないが人が太刀打ち出来る相手ではないのである。
「国王が気力を失えば、我が方に寝返らせることも叶うやも知れぬ」
「剛の者ほど仕える君主は選びますからな」
「タケナカ閣下、この度は突然の陛下の中座、主に成り代わりましてお詫び申し上げます」
「其方は確か……」
「この城の家令を賜っております、ツチミカドと申します。以後、お見知りおきを」
その時、三人の許にツチミカドが挨拶にやってきた。しかし辺境伯を始め、彼がいつ近寄ってきたのか誰も気づいていなかったのである。タケナカはどこから話を聞かれていたのか気がかりではあったが、家令ならば客の話を盗み聞きするなどという非礼は働かないだろうという結論に至った。それでも用心するに越したことはない。
「陛下には我々に構わず、存分に妃殿下をご案じ召されるようにとお伝え下され」
「かしこまりました。しかしながら間もなく陛下はお戻りになられますので、今しばらくお待ち頂ければと存じます」
そう言うとツチミカドは深く一礼し、その場を後にした。それを見届けてから、伴の一人がタケナカに耳打ちする。
「あの様子なら我らの話は聞いていなかったように見えますな」
「油断は出来ぬが、この場で彼奴を始末するわけにもいかんからな。我らがこの城を無事に出ることが出来れば問題はないだろう」
「国王が戻ってくるようです」
「あの口から何が飛び出すか楽しみだ」
タケナカの一行は奥の扉から、再び壇上に姿を現したタケダの王を見てほくそ笑んでいた。何故ならその頬には涙が流れていたからである。
「陛下!」
「国王陛下、まさか!」
会場は異様な空気に包まれていた。片側には神妙な面持ちのアカネさんが、まるで俺を支えるかのように寄り添っている。スズネさんは俺の後ろに控えるといった位置取りだった。
「皆の者、待たせたな……」
そこでタケナカ辺境伯も席を立ち、俺の許に歩み出て深く頭を下げる。
「陛下、妃殿下のご様子はいかがなものでございましょうか」
「それなんだがな、タケナカ殿……」
「まさか……いえ、皆まで仰せにならずとも陛下のご心中、お察し申し上げます」
「うむ……」
「このような折、明日の会見に関しましては延期ということに致しましょう。我らは一度国元に戻り、改めて王妃殿下のお見舞いに参上つかまつります故……」
「その必要はありません」
突然のことに、静まり返っていた会場がまたもや騒然となる。声の主はユキたん本人、彼女は侍女に支えられながらもしっかりとした足取りで俺の隣に並んだ。
「タケナカ殿、お心遣いには感謝致しますが、見舞いはご無用になさって下さい」
「お、王妃殿下……お加減は……」
「皆聞けいっ! 慶事ぞ!」
呆気にとられたタケナカ辺境伯を尻目に、俺は大声をあげた。
「ユキが……ユキが懐妊した!」
一瞬の静寂の後、会場は大歓声に包まれた。真逆のことを考えていたであろう辺境伯は、口をパクパクさせるばかりで言葉も出ないようだ。
「タケナカ殿、見舞いではなく祝いでしたら喜んで頂きましょう」
ユキたんの追い打ちに、彼は引きつった笑みを浮かべることしか出来ないようだった。




