第六話 まさか打ち首……!
「申し上げます!」
玉座の間で城内のことや町の様子など、色々な報告を聞いている時である。扉の向こうから衛士が大声で急を告げる声を上げた。実はこの報告の最中は、緊急時以外は外から声をかけてはならないとされていたのである。
「申せ!」
「オダ国からのご使者が参られました!」
「事前の申し出は受けておらん。無礼と追い返せ」
「それが火急の用向きとのことで、無礼を承知で陛下にお目通りを願いたいとのことにございます」
衛士の言葉に、その場にいた俺とツッチー、マツダイラ閣下にアヤカ姫、それから報告のために登城していた商人相談役のヒラガ・ゲンウチは、揃ってニヤリと口元に笑みを浮かべた。
「陛下、開国して三月、そろそろ来るとは思っておりましたが、やはりオダは慌てているようですな」
「当然じゃ。あちらは我が国が無策で開国したと思い込んでおったのじゃろう」
ツッチーには俺の代わりにアヤカ姫が、得意満面の表情で応えていた。
開国して間もないうちは、こちら側からオダに移住する者が後を絶たなかった。わずかな期間ではあったが、町から人が消えたように感じることもあったほどだ。
しかし今はオダ側からの移住希望者が毎日長い列を成しているのだ。しかもその数は尋常ではなく、入国まで数日かかってしまうという有様である。ひとまずこちら側は国境の人員を増やして対処しているのだが、オダにとってみれば面白くない状況なのだろう。そのような配慮は微塵も見られなかった。
「相分かった。謁見の間で待たせておけ」
それから俺たちはゆっくり昼食を摂り、食後の果物まで堪能してから謁見の間に向かった。その時間およそ一刻、つまり二時間ほどである。使者も相当焦れていることだろう。
「待たせたな」
俺は玉座に腰を下ろすと、跪いたままの使者に面倒臭そうな雰囲気を醸し出しながら声をかけた。使者の用件は予想がついていたが、この場には念のために護衛としてアカネさんとスズネさんも同席している。
「陛下の御前である。まずは身分と名を名乗られよ」
「はっ! 私はイシカワ・サンエモン、オダ国はキノシタ公爵閣下の配下で身分は男爵にございます」
「ほう、火急の用件で我が国の国王陛下に目通りを願うというのに、貴国は事前通告もなく男爵殿を遣いに出されるのか」
マツダイラ閣下が嘲笑を交えて言うと、イシカワと名乗った使者は許しも得ずに顔を上げてこう言い返してきた。
「何を仰せられます。仮にも帝国の使者たる私を一刻以上も待たせた挙げ句に茶の一つも出さぬとは、弱小国の振る舞いとは思えませぬぞ」
「何を! 貴様、陛下の前で無礼であるぞ!」
「これは失礼致しました。私めは皆様と違い卑しき身分故、無礼の段は平にご容赦を」
肝が据わっているのか馬鹿なのか、しかし俺はこの男にアケチとは違った匂いを感じていた。どうも真っ当な使者とは思えなかったのである。
「陛下、発言をお許し頂けますでしょうか」
そこでスズネさんが珍しく声を上げた。彼女は普段、このような場では静かにしているのだが、どうしたというのだろう。
「スズネか、許す」
「ありがとうございます。イシカワ殿と申されましたね」
「はて、貴方様は?」
「このお方は第四王妃、スズネ王妃殿下である」
「王妃殿下……私はてっきり……」
「てっきり、何ですか?」
「いえ、これを申し上げてはさすがに私の首が飛びますので、お聞きにならなかったことにして下さい。しかし……ククク……」
イシカワはおそらく、スズネさんの容姿的なことで笑っているのだと思う。つくづく失礼な使者である。
「イシカワ殿、貴方はお家は忍びのイシカワ家ですね?」
「な、何故それを……?」
「何と! 誠にございますか、王妃殿下!」
スズネさんの言葉にイシカワの顔色が変わり、マツダイラ閣下が驚いた声を発した。
「入りこんだのはこのイシカワ殿お一人ではないでしょう。ですがすでに互いに開国した国同士、秘密裏に探らずとも手続きを踏んで正式にやり取りをすれば済むお話ではありませんか?」
「イシカワ・サンエモン、我が国と貴国の間に交わされた開国の条件を知っておるか?」
「条件……はて?」
イシカワがこの期に及んで惚けようとしているのは、狼狽えた様子からすでに明白だった。
「軍隊、及び武器、弾薬については自由貿易の枠に入らないということだ。加えて医術に関することもである。忍びとはすなわち軍隊と同列、また中には医術に長けた者もいると聞く。つまり其方はこの協定をを破って我が国に侵入した敵ということである」
「ち、違う、私は……!」
「本来ならばこの場でその首を刎ねても我が国に何ら負うべき責めはないが、ひとまず其方には入牢を申し付ける」
「衛兵共、陛下のご命令である。この者を引っ立てよ!」
「ま、待ってくれ! 急ぎ本国に報告しなければいけないんだ」
イシカワは自分を押さえつけようとする衛兵たちの腕を振りほどこうともがいているが、そこは屈強な男たちである。彼に抗う術はなかった。
「黙りおれ! 陛下、この者の所業、いかが致しましょう」
「キノシタ公爵をここに呼びつけろ」
「御意に」
「キノシタ公爵……もし公爵閣下が来て下さらなければ……?」
「案ずるな、貴様は自らの背中越しに我が国の繁栄を目にするだけだ」
「え? それはどういう……」
「自分の背中を自らの目で見るためにはどうすればいいか、考えてみれば分かるだろう?」
「ま、まさか打ち首……!」
数日後、キノシタ公爵はイシカワを使者として送った事実はないという内容の書簡を送ってきた。それに対してイシカワを訊問したところ、功を焦った彼が自身の判断で使者を装ったということだった。また、キノシタ公爵は彼の罪状に対し、こちらの法で処罰して構わないとも言ってきていたのである。これによりイシカワ男爵は国王及びスズネ妃への不敬、謁見の間での無礼な振る舞い、並びに使者と偽ったことへの罪が重なり死罪に処せられたのだった。




