第五話 王妃の騎士
「殺す……つもりで……」
シノブはやはり脇構えでスケサブロウ君に対峙していた。しかし初戦とは違い、安易に間合いを詰めようとはしない。腰を低く落とし、一分の隙もないように見える。
一方のスケサブロウ君だが、今度は剣先を床すれすれまで落として下段に構えている。無論表情は最初と同様に真剣だった。
「あれはスイオウ流……ですが少し違うように見えますね」
アカネさんがそんな彼の構えを見て不思議な顔をしている。剣術の流派のことはよく分からないが、彼女の言葉からすると特殊な構えなのだろう。
「あっ!」
その時だった。ユキたんが驚いた声を上げたのだが、初戦と違って今度はスケサブロウ君が仕掛けたのである。彼は左足を大きく一歩踏み出し、ドンと足音を響かせたのだ。それに虚を突かれたかのように、シノブは後ろに飛び退いて木刀を振り上げた。ところがこれは失策だったようだ。彼女はまんまとスケサブロウ君の誘いに乗せられてしまったのである。
「はっ!」
すかさず彼女の手にスケサブロウ君の木刀が下方から襲いかかる。その剣先を、シノブは手首を返して辛うじて自身の木刀で受けていた。そこからしばらく力比べが続いたが、体勢的には明らかにシノブの方が不利に見える。彼女もそう感じたのだろう。再び大きく後ろに飛んで、スケサブロウ君の追撃を躱したのだった。
「今の一撃を受け止めたのは見事と褒めよう」
「先ほどのサー・スケサブロウのお言葉がなければ私の両手は打たれておりました」
「そうだ。敵を殺そうとする、それはつまり己も討たれる覚悟が必要ということなのだ」
「これが……命のやり取り……」
「この勝負、まだ続けるか?」
スケサブロウ君は言いながらも下段の構えを解いてはいない。決着がつくまで気を抜くことはないということだろう。
「いいえ、私に勝ち目はありません。サー・スケサブロウ、ありがとうございました」
木刀を床に起き、跪いてシノブが負けを認める。これでスケサブロウ君の二勝、マツダイラ閣下からのしごきもなくなったというわけだ。
「勝者、スケサブロウ殿!」
ツッチーが試合終了の声を上げると、二人は互いに向き合って礼をした。それと共に立会人から惜しみない拍手が送られる。シノブには残念だが騎兵隊への入隊は諦めてもらうしかないだろう。
「二人とも、見事であったぞ」
「陛下、私は……私は……」
悔し涙を流すシノブを、両脇からノゾミとエリコが支えるようにして抱きかかえていた。
「シノブよ、スケサブロウは余と共に死線をくぐり抜けた経験があるのだ」
もっともあの時彼はおナミちゃんを護ってただけなんだけどね。
「其方が恥じる必要はないぞ」
「ご主人さま陛下、ちょっとよろしいですか?」
言いながらアカネさんがちょいちょいと俺の脇腹を突く。やめて、そこ弱いんだって。ところでアカネさんは誰の前でも俺のことをそう呼ぶんだね。
「どうしたアカネ、許す」
「シノブさんは素質があります。ちゃんとした師の手ほどきを受ければもっと強くなれますよ」
そう言えばシノブの剣術は我流だって言ってたよね。それでスケサブロウ君のあの一撃を受け止めたのだとすると、確かに素質があるのかも知れない。
「だそうだがシノブよ、其方は剣術を学びたいと思うか?」
「はい! ですが私には師がおりません……」
「それならば余が適任者を紹介してやろう」
「ま、誠にございますか、陛下!」
そこでアカネさんが何やらキラキラ顔で俺を見ているのに気がついた。その役目は私に、とでも言わんばかりだ。そんな彼女に俺はにっこりと微笑んで見せた。そして――
「スケサブロウ、お前が面倒を見てやれ」
「は、はい?」
スケサブロウ君が驚いた声を上げたのと同時に、アカネさんの笑顔がまるで時が止まったかのように固まっていた。これは見ていてかなり面白かったよ。
「あ、あの、ご主人さま陛下……?」
アカネさんの気持ちも分からないではない。しかしいくら王城で働いているからとは言え、メイド見習いの剣術指南を王妃にやらせるわけにはいかないだろう。それにスケサブロウ君は元町道場の師範代である。適任であることは間違いないのだ。
「サー・スケサブロウ、よろしくお願い致します!」
当のシノブはアカネさんの経歴など知るわけもないので、たった今手合わせして敵わなかった相手に指導してもらえるとあって非常に嬉しそうだ。これはひょっとするとそう遠くない未来に、初の女性騎士が誕生するかも知れないぞ。
「お待ち下さい、陛下! そのお役目はご辞退……」
「ならん、命令だ」
「陛下……」
スケサブロウ君の情けない顔はやっぱり安心する。彼はこうでなくてはならないのだ。ちなみにおナミちゃんは、彼が間違いを犯さないように監視役をやりたいと名乗り出た。もちろんそこまで干渉するつもりはないので、よきに計らえってことにしておいたよ。
「ご主人さま陛下、酷いですぅ」
アカネさんが癒し役の日に、そんなことを言って拗ねていた。だから俺はこう言って彼女を慰めたのである。
「いつかシノブがスケサブロウ君を抜いて騎兵隊に入ったら、その時こそアカネさんが指導してあげればいいんじゃない?」
もしも本当にシノブが騎兵隊に入るようなことがあれば、サトさんやアヤカ姫を護る王妃付きの騎士として傍仕えさせてもいいかも知れない。王妃の騎士、そんな日がシノブに訪れることを俺は心から願うのだった。




