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第七話 それは不運な行き違いのせいですわ

「遅かったか……」


 城に戻った俺たちは急いで地下牢に向かったが、そこには胸を突かれて無残な姿のキク姫が二度と起き上がることのない身を横たえていた。その傍らでは、オダの間者と思われる犯人をモモチさんが捕らえて縛り上げている。


「一足違いでした。申し訳ございません」

「キク……キク!」


 ウメ姫が変わり果てた妹を見て泣き叫びながら身悶えている。彼女はマツダイラ閣下に押さえられていたのだ。


「マツダイラ、放してやれ」

「しかし陛下……」

「構わん」

御意(ぎょい)


 マツダイラ閣下が手を緩めると、ウメ姫はすでに冷たくなったキク姫の許に駈け寄って抱き起こしながら嗚咽(おえつ)を漏らす。だが、それからすぐにキク姫の命を奪った犯人の男を鋭い視線で睨みつけた。


「ロクロウタ、貴方がキクを……」

「ウメ姫、この者を知っておいでか?」

「ロクロウタは親の代から城に仕えている者です。何故貴方がこのような酷いことを……?」

「なるほど、(くさ)であったか」

「草?」


 マツダイラ閣下によると、草とは簡単に言えば忍びである。長くその土地に暮らし、住民に溶け込んで諜報活動を続け、暗殺などの大役もこなす者だということだった。


「何故です! 私たちが貴方たちに何をしたと言うのです!」

「姫、この者にそのようなことを尋ねても無駄ですぞ。草は己の心を殺しておりますからな」


 言いながらマツダイラ閣下はロクロウタと呼ばれた男の顎を掴んでグイッと持ち上げた。


「誰の差し金か?」


 しかし彼は歯を食いしばったまま、口を開こうとはしない。


「喋らんか。まあそれもよかろう。貴様は王族殺し(ゆえ)、死罪は免れん。しかし楽に死ぬか、拷問の末に苦しみ抜いて死ぬかはお前次第だ」

「マツダイラ閣下!」


 その時、モモチさんが大声でマツダイラ閣下の名を叫んでロクロウタに駈け寄った。


「貴様、口を開けろ!」


 見ると彼の口元から血が流れ、苦悶に満ちた表情に反して薄気味悪い笑みを浮かべていた。


此奴(こやつ)、舌を噛み切りおったか」


 モモチさんが無理矢理口をこじ開けて指を突っ込み、気道を確保しようとしたが間に合わなかったようだ。これでキク姫を殺した目的もロクロウタに命令した者が誰であったかも分からずじまいとなってしまった。


「ウメ姫、ロクロウタの親というのは……」

二親(ふたおや)とも数年前に死にました。それで天涯(てんがい)孤独となった彼のことは特別に目を掛けておりましたのに……」

「家族はなし、か……」


 ところで不思議なのがウメ姫の対応である。ここにきて彼女は(こと)(ほか)素直なのだ。マツダイラ閣下からはキノシタ公爵と引き換えにこちらにきてから、訊問(じんもん)にも素直に応じているとの報告も受けていた。もっと抵抗すると思っていたのに、これには(いささ)か拍子抜けである。


「して陛下、ウメ姫のご裁断はいかがなさるおつもりですか?」

「兄様、処刑を免れないことは存じております。ただ、せめて妹を弔うまでのご猶予を頂くことは叶いませんでしょうか」

「よかろう。裁定は改めて申し渡す故、今は心静かにキクを(しの)ぶがよい」


 それからウメ姫がキク姫と同じ牢に入ることを望んだので、モモチさんに警備の指揮を任せて俺たちは各々の部屋に戻ることにした。




「ウイちゃんいる?」

「こちらに」


 寝室で一人になってから、俺はウイちゃんを呼び出した。このところ姿は見せなかったが、彼女のことだから一部始終を見ていたに違いない。


「ウイちゃん、聞きたいんだけど」

「私でしたらいつでもお相手致しますわよ」


 言いながら彼女はすっと俺の膝の上に、両脚を開いて(また)がってきた。その瞬間に彼女の重みを感じて股間が臨戦態勢となる。ちょっと待った、そういうことではないから。


「違うって分かってるよね?」

「うふふ、でもヒコザ様のお体は私を欲していらっしゃるようですよ」

「ダメ! ウイちゃんとはしたばっかりでしょ。本当なら今日はアヤカ姫の番なんだから」

「つれないことをおっしゃいますのね」


 ちょっと()ねた顔をしながら、ウイちゃんは俺の膝から後ろに下がるようにして浮き上がる。全くこの子の自由なことと言ったら。しかしその宙に浮いてどこにでも行けるのは羨ましい限りだ。


「お聞きになりたいのはウメ姫様のことですね?」

「うん」

「彼女に悪意はございませんわよ」

「やっぱり?」


 あればウイちゃんが出てこないはずはないからね。そんな気はしていたが、ちゃんと確かめたかったのである。


「でもそうすると、どういう心境の変化なんだろう」

「オダに逃げ込んだものの、(てい)よくあしらわれたからですわ」

「どういうこと?」


 ウイちゃんによると、ウメ姫はオダがタケダに攻め込んでこれを落とし、その後のタケダ領を任せてもらう算段だったそうだ。オダも始めはそのつもりで準備をしていたらしい。ところが国境に配備された芸羅快翔(げいらかいと)部隊を見て、すぐに戦争を仕掛けるのを止めたということだった。あれにはオダも相当警戒しているようだ。ということは、俺の目論見(もくろみ)が当たったということになる。


「なるほど。そして今回の開国で、向こうはこっちを攻めることを諦めたってことなのかな」

「いいえ、それは違いますわ」


 ウイちゃんのきれいな顔に陰りが入った。


「芸羅快翔部隊のことを調べ、さらに開国でこちらの領民の多くを迎え入れてタケダを十分に弱体化させた上で乗り込んでくるつもりのようです」


 だとすると考えていることは同じというわけか。領民の増減が戦争の回避に繋がるか勃発に繋がるか、全てはこれからにかかっているということだ。


「でもそれならどうしてキク姫を殺す必要があったのかな」

「それは不運な行き違いのせいですわ」


 俺のふとした疑問に応えたウイちゃんの表情が、さらに暗く曇るのだった。

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本作の第二部は以下となります。

暴れん坊国王 〜平凡だった俺が(以下略)〜【第二部】

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