第十話 スカートが捲れてパンツが見えそうなんだけど
「アカネさんっていくつなの？」
俺は気になっていたことをユキさんに聞いてみた。女性の年齢を本人に直接聞く勇気はなかったからである。そのアカネさんはメイドさんたちの朝礼とかで、今この場にはいない。
「私と同い年ですよ。ヒコザ先輩、もしかしてアカネさんのこと気に入ったんですか？」
ユキさんは平静を装っていたが、何となく言葉の節々に棘を感じる。
「いや、ほら、ユキさんかなりボコボコとアカネさんを殴ってたから」
「なぐっ……あれはそんなんじゃありません！」
「でもアカネさん、涙目になってたよ。かなり痛かっ……て、その握った手は何？」
見るとユキさんは拳を握り締め、まだ言うかという表情で俺を睨んでいた。
「わ、分かった。分かったから、ね、まずはその手を下ろそう」
両手を前に出してイヤイヤするような情けない俺に、彼女は呆れた目を向けながら拳を下ろした。
「ヒコザ先輩、ご存じかとは思いますがアカネさんを始めとするメイドさんたちにちょっかいを出すということは、即結婚を迫られるということですよ。それもメイドさん全員とです」
「メイドさん全員と即結婚……」
「一人に手を出せば私も私も、ということになります。先輩、そうなったら断れませんよね？」
「う、それは……」
ユキさんがこう言うのには実は訳がある。この国の人口のうち、女性の占める割合は男性のおよそ三倍強。つまり圧倒的に男性不足なのだ。
そのため同意の有無に拘わらず性的関係を持った場合、女性には認められている結婚の拒否権が、ある例外を除いて男性には認められていない。だから好きでもないのにうっかりその場の空気に流されてしまうと、男は一生後悔することになる。しかも一夫多妻制なので、求められれば既婚であったとしても結婚しなければならないのだ。
俺が今まで何度もあった童貞喪失のチャンスを生かさなかった理由もここにある。実は結婚詐欺ならぬ結婚しなくてもいいよ詐欺が横行しており、うっかり女性のその言葉を信じて関係を持ってしまって、気が付いたら結婚させられていたという例が少なくないのだ。そしてその詐欺的行為を罰する法律もない。言わずもがな、これだけ男性が少ないのだから一夫多妻制である。
余談だがその他、女性の救済策として子種師というものが存在する。もちろん子種師は王国に管理されているので、彼らに結婚を迫ることは出来ない。
それはそれとしてこのお城のメイドさんたちは全員可愛かった。あの子たちとなら結婚も悪くないというか、まさに男のロマンではないか。想像するだけで股間に血液が集まっていく。
「ヒコザ先輩、何かイヤラシイことを考えてませんか？」
「と、とんでもない！ 考えてない、考えてないから！」
ユキさんは鼻の下を伸ばした俺をジト目で見ていたが、何か思いついたようだ。
「私も一つ聞いてもいいですか？」
「ん？ いいよ、俺に答えられることなら」
「先輩の好みっておかしくないですか？」
「え？ どういうこと？」
「私のことはお世辞だとしても、うちのメイドさんたちは父上が私を気遣って、その……」
「容姿のこと？」
「はい。酔っていたとはいえ、あの時先輩はメイドさん全員を可愛いと言われました。それに父上のことまでカッコいいと。皮肉なら軽蔑しますが、どうも本心から言われているようでしたし」
いや、ユキさんのこともお世辞ではなく本心なんだけど。まあ、ここでそれを言ったところで彼女は納得しないだろう。
「うーん、俺の好みがおかしいかどうかは個人のとらえ方なんじゃないかな。それより皆性格よさそうだから」
「あ、はい。それはもう！ もし私が男の人だったら全員をお嫁さんにしたいくらいです」
そして俺はその男の人であり、ユキさんの意見に激しく同意だよ。もちろん、出来ることならユキさんもお嫁さんにしたいと思ってる。
「そういうことなんじゃないかな。キミエさんは客商売してる関係で元々人当たりがいいから苦手じゃないし、クミ先輩は機転の利く人として頼りにしてるところはあるよ。でも二人ともいい先輩というだけで俺の恋愛対象にはならない。あ、これ内緒にしておいてね」
ユキさんは何となく嬉しそうに黙って頷く。
「ケイ先輩に関しては、ユキさんなら分かってくれてると思うけど俺としては苦手なタイプなんだよ。三人とも美人だと言われてるけど、俺には本当にただの先輩。だけどユキさんやメイドさんたちは見てるだけでもドキドキするというか何というか。初めて会ってから間もないけどみんな優しくていい人に見えたし。それでも俺の趣味っておかしいと思う？」
ユキさん、またまた真っ赤になりながらも首を何度も左右に大きく振っていた。
「そう言えば昨日、俺に何か聞きたいことがあるって言ってたけど、それってこのこと？」
「……？」
あの時はちょっと怒り気味で言われたような気がするけど、ユキさんは覚えてないのか一瞬きょとんとした表情を見せる。しかしすぐに思い出したように両手をぽんと合わせた。
「あ！ そうでした。けどもういいです。解決しました」
「そう、ならよかった」
何だかよく分からないが、怒られないのならその方がいい。
「じゃ、そろそろ俺は帰ろうかな」
「はい、色々ありましたけど楽しかったです」
「うん、俺も楽しかった」
「コムロ様、コムロ様！」
そんな矢先にアカネさんが戻ってきて俺の名を呼んだ。昨日と同じ水色のメイド服姿だったが、よく見るとスカートの丈が短くなっているので同じものを着続けているというわけではなさそうだ。
ところでアカネさん、もう少し全力で走ってくれるとスカートが捲れてパンツが見えそうなんだけど。俺はラッキーな瞬間を絶対に見逃すまいと、彼女のスカートの裾と太ももに全神経を集中させた。
「はい、どうされました？」
「コムロ様、旦那さまがお呼びです」
しかし残念なことにラッキーは起こらず、それでもきれいな脚に見とれていた俺はアカネさんの一言で一瞬にして我に返る。そのまま首だけ動かしてユキさんを見ると、彼女はにっこりと微笑んでいるだけだった。これがこの世で見るユキさんの最後の笑顔かも知れない。昨夜の失態を思い出した俺は、いっそ記憶もなくなっていたらよかったのにと思って嘆くしかなかった。
