第四話 そう意気込んでも相手に見抜かれるだけじゃぞ
「え! ええ?」
これほど期待通りの反応をしてくれると清々しい気分になれる。突然押しかけた俺たちを見て、サッちゃんは飛び上がらんばかりに驚いていた。
「ひこ……陛下、それに皆さんまでどうして……?」
食事を運んできてくれたメイドさんたちもいたので、サッちゃんが慌てて俺の呼び方を変えたのにもかなり笑えたよ。
「サト殿の陛下に会いたいって言葉をお伝えしたら、今日はここで皆で昼餉にしようって陛下が」
「陛下……」
優しく微笑みながら言ったユキたんに、サッちゃんは目に涙を溜めて口元を押さえている。何もそんなことで泣かなくてもいいのに。
「よく余の言い付けを守り謹慎していると聞いたからな。体の痛みなど、不自由はないか?」
「はい、私は大丈夫です」
「そうか、ならばよし」
「ただ……」
「うん? どうした?」
サッちゃんの表情が微かに曇ったように見えた。
「実は侍女の子たちがおチヨから聞いた今回の陛下のお裁きを皆に話してしまったらしく……」
「秘密にしろとは言ってないから問題はないぞ」
「いえ、そうではないのです。その噂がたちまちに広がって、侍女にお役替えを希望するメイドが大勢出てきてしまったのです」
なるほど、しかし希望されても現在はユキたんたち全員に十分な人数の侍女が付いている。空きがないのだから叶えることは不可能というものだ。だが、サッちゃんの話は続いた。
「それも皆、陛下の侍女を希望しているらしいのです」
「余の侍女を?」
「確かに陛下には現在、お付きの侍女はおりませんね」
ユキたんがなるほどという顔で頷いているが、そもそも俺に侍女が付いていないのは彼女たちが交代で世話をしてくれているからなのだ。特にサッちゃんとアヤカ姫以外の三人は護衛役までこなしてくれる。それにウイちゃんだって、主に精神的にという意味ではあるが戦闘力は高いはずである。とにかくそういう理由で俺には侍女を付ける必要がないというわけだ。
「何を期待して余の侍女を希望するのかおおよその察しはつくが、それに応える気は全くない。役替えを希望している者たちにはそのように申し伝えておいてくれ」
「でも陛下、こうお考えになってはいかがですか?」
ユキたんはそう言って俺には思いもつかなかった意見を出してくれた。それによると現在いる侍女たちもいずれは結婚などで城を去っていく者も出てくるだろう。その時になって慌てて補充するより、侍女見習いとして確保しておいてはどうかという内容だった。
「もちろん陛下のお側には置きません。あくまで見習いなのですから、今いる侍女たちの下働きという位置づけです」
「なるほど」
人数は妻たち各々の侍女の下に一人ずつ。ウイちゃんには侍女は付いていないので、全部で五人が選ばれることになるようだ。それならばいっそのこと、城外にも門戸を開いてみてはどうだろう。狭き門となることは予想に難くないが、その分優秀な人材が集まることも期待出来る。
「それ、いいと思います。ご主人さま陛下!」
俺が出した案にアカネさんが賛意を述べると、他の皆も頷いてくれた。
「どうだサト、面白いことになってきたではないか」
「あ! 陛下、まさか……」
いや、こじつけただけです、ごめんなさい。無論そうは言えないので、ひとまずしたり顔で誤魔化すことにした。
「さすがは陛下! まさかこのようなことになるとは!」
そう言って爛々と目を輝かせるサッちゃんに加えて、その場にいたメイドさんたちまで顔を上気させている。まだ見習いの件は案が出ただけで決定ではないからね。とは言ってもこの話もすぐに広まるんだろうけど。
それから数日後には俺が予想した通りこの話は決定となり、城下にも布令を出して約一ヶ月の後に選考試験が行われる運びとなった。
「やはりキノシタ公爵が出てくるか」
国境を護るトリイ侯爵の遣いが、開国に関する協議のオダ方の臨席者を告げた。その筆頭は噂に聞くキノシタ公爵である。他にはアケチ伯爵と護衛の付き人が数名とのことだった。それを聞いて渋い顔をしているのはマツダイラ閣下である。
「皇帝自らが出張ってくることはないと予想はしていたが……陛下、ここは気を引き締めてかかりましょう」
「マツダイラよ、そう意気込んでも相手に見抜かれるだけじゃぞ」
「ですがアヤカ妃殿下……」
「妾もおるのじゃから安心せい。それにウイ殿がいれば騙し討ちに遭うこともなかろうて」
ウメ姫の件も含めると、有利なのは明らかにこちら側である。しかし何と言っても国力では太刀打ちできないのが辛いところだ。あまり安直には構えない方がいいだろう。
「馬引けい!」
城下町カイへ向かう馬車が準備されている横で、マツダイラ閣下の大きな声が聞こえてきていた。




