第十一話 余がアザイ家当主アザイ・ナガシゲ、ウイの父である
一通りの訊問を終えたところで、マツダイラ閣下にはゴウダ子爵を帰してもらうことにした。これはウイちゃんからの提案である。それに平民や奴隷と違って貴族を逮捕するには物的な証拠を揃えた上で、国王のサインが入った逮捕状が必要なのだ。
無論俺がその国王なのだから逮捕状自体はすぐにでも作ることが出来る。しかし物的証拠となると、今はゴウダに突き付けることが可能なものは何もない。いくらウイちゃんが心を読んだといったところで、惚けられたらそれまでだ。
「ウイちゃん、アイツ帰しちゃって平気なの?」
「もちろん、このままですと国外へ逃げ出すつもりでいるようですわね」
「え? それなら……」
捕らえることは不可能でも、屋敷に蟄居を命じることは可能である。付け火で犠牲者が出ているのだから、蟄居ならマツダイラ閣下の権限でも裁定を下すことが可能なのだ。
「まあ、ご覧になっていて下さい」
ウイちゃんからの要望で、俺たちはマツダイラ閣下と数人の騎兵隊と共に、ゴウダに気付かれないように彼の後を追った。しばらくすると元々いた護衛に、新たに数人の護衛が彼を取り囲むように集まっていた。それらはどう見てもまともな輩ではなく、ならず者の集団という風体である。
「そろそろ頃合いですわね」
火事の現場から西に九町ほど進んだ辺りで、それまでの岩場に造られた道が林道に変わった。だが木々が生い茂っていると言っても、これは何というか暗すぎる気がする。まさかこれもウイちゃんの演出なのだろうか。ちなみに九町は約一キロメートルである。
「その通りですわ」
またこの子は俺の心を。
「さあ、私たちは木々の間に身を隠すことに致しましょう。間もなく彼らが血相を変えてこちらに走ってくるでしょうから」
彼女に言われた通りに俺たちは林に踏み入って木の影に身を潜める。すると間もなく、前方のゴウダたちの方から怒鳴り声が聞こえてきた。
「何だテメェらは!」
彼らは何かに遭遇したようだが、ここからだと遠くてよく見えない。だが、最初は威勢のよかった声が、段々と悲鳴に変わっていくのだけは分かった。
「な、何なんだ、テメェらは!」
同じようなセリフでもイントネーションが先と後では全く違う。そしてウイちゃんが言った通り、彼らは真っ青な顔で一目散にこちらに逃げてきた。
「た、助けてくれ!」
「お、おい! 私を置いていくな!」
供の者に置き去りにされ、ゴウダは腰砕けになって情けない声を上げている。奴は放っておいて、まずは取り巻きの連中から片付けてしまおう。
「おい、どうした?」
「ひっ!」
突然林の中から出てきた俺たちに、逃げてきた男が一瞬ビクついて立ち止まる。しかし、マツダイラ閣下や騎兵隊の姿を見てホッとしたようだ。
「お、お助けを!」
「何があった?」
白々しく大げさな手振りを交えて、マツダイラ閣下が男に尋ねる。
「ぼ、亡霊の軍勢が攻めてきたんです!」
「亡霊の軍勢?」
なるほど、ウイちゃんが仕掛けたのはアザイ軍だったということか。しかしその勇姿は俺たちには見えていない。
「異国の鎧を着た顔のない兵士たちです!」
「そんなものどこにもいないぞ」
「何を言ってるんですか! ほら、あそこに!」
「た、助けてくれ!」
腰を抜かしたゴウダは相変わらず這いつくばって情けない声で助けを求めてきている。
「分かった。我らが何とかしてやろう。その代わり質問に答えろ」
「は、はい! 何でもお答えします」
「ゲンスケ長屋に火を放ったのは貴様たちか?」
「そ、そうです。あそこのゴウダ子爵様のご命令でした」
「中に人がいるとは思わなかったのか?」
「いえ、住人は焼き殺せと……あっ!」
男は自分の失言に気付いたようだが、時すでに遅しというやつだ。
「お前たち、よもや許可のない付け火は死罪だということを知らなかったわけではなかろうな」
「も、もちろん知ってます! ですがゴウダ子爵様は許可を取ってあると……」
「しかし人を焼き殺すことに許可など出んぞ」
「そんな! 住人は重罪を犯した者たちなので火刑の裁決がなされていると子爵様が……」
俺は男の言葉に嘘がないか小声でウイちゃんに尋ねたが、彼は本当のことを言っていると頷いて教えてくれた。
「相分かった。詳しい話は城で訊くことにする。この者たちを引っ立てよ!」
「つ、捕まってたまるか!」
「あら、逃げようとなさるのですか?」
まただよ。またウイちゃんの顔が悪霊顔になったよ。そんなことを考えた刹那、彼らの目の前に数え切れないほどの鎧騎士、それも顔がない軍勢が姿を現した。今度ははっきりと俺の目にも見えている。確かにこれはかなり怖いぞ。
「ひ、ひぃっ!」
男たちは全員泡を吹いて気絶してしまっていた。だが、これにはさすがのマツダイラ閣下も驚いたようだ。
「こ、これは……ウイ妃殿下には絶対に逆らえませんな……」
俺はその言葉に息を呑みながら、黙って頷くことしか出来なかった。ところが、そこで一人だけ他とは違った豪華な装飾が施された鎧を身に付けた騎士が、スッと俺の前に寄ってきた。
「な、なに?」
俺は奴らとは違いますよ。脅かさないで下さいってば。
「お初にお目にかかる」
あれ、青白くて不気味なのは変わらないけど、この人だけはちゃんと顔があるぞ。
「は、はあ……」
「余がアザイ家当主アザイ・ナガシゲ、ウイの父である」
「え、お、お義父さん?」
そのまま俺も気を失ったのは言うまでもないだろう。




