第九話 二人が戻ってないのに何故火を付けた?
「申し上げます!」
ゲンスケ長屋の消火作業が終わった頃、辺りにはうっすらと陽の光が差し込み始めていた。六軒長屋は二棟とも全焼で、生き残った者はわずか数名。おタエも、おタエの母親もその犠牲となってしまった。
「原因は分かったか?」
騎兵隊や火消しに検分を命じていたツッチーの許に、兵士が報告に来たようだ。俺は物言わぬ姿となったおタエを眺めながら、その声を遠くに聞いていた。だが――
「付け火の疑いが濃厚でございます」
「付け火?」
その言葉に思わず振り向いて、俺はツッチーと報告に来ていた兵士の方に目を向けた。付け火とはつまり放火のことである。俺は思わず村ごと焼かれたオウメ村の惨劇を思い出していた。
しかし焼けた建物の周りには、オーガライトの燃えかすらしきものは見えなかった。それはツッチーも同じ考えだったようで、兵士に付け火を疑った根拠を尋ねていた。
「付け火と申したが、オーガライトの燃えかすでも見つかったのか?」
「いえ、付け火にオーガライトは使われておりません」
「では何が使われたと言うのだ?」
「それは油にございます」
言われてみればここに着いた時に、変な匂いが混じっていたような気がする。どこかで嗅いだことがあると思ったが、遠い前世の記憶を辿ると確かにあれは油が燃える匂いだった。
「何者がこのように酷いことを……」
「申し上げます!」
そこへ別の兵士が報告にやってきた。
「申せ」
兵士がツッチーに報告をしている間、俺は再びおタエの亡骸を眺めていた。
「おタエ、お前はあろうことか付け火の被害に遭ったようだ。必ず犯人を突き止め、仇を取ってやるぞ」
付け火は重罪で、その罰は死罪である。だがさらにそれによって人が死んだ場合は、市中を引き回しその上で磔、獄門台に首を晒す刑に引き上げられる。引き回し中は見物人が石つぶてを罪人に投げつけることも許されており、この石の当たり所が悪くて死んでしまう者も少なくなかった。無論石を投げて殺してしまった見物人を罰することはない。
しかし俺は犯人を捕らえて市中を引き回すつもりではいたが、石を投げることは許さないことにした。何故なら犯人をおタエや長屋の住人が味わったのと同じ、火炙りで処刑することに決めたからである。そのためには万が一にも投石で命を落とさせるわけにはいかないのだ。
「陛下、よろしいですか?」
心の中で怒りの炎を燃やす俺の許に、ツッチーがやってきた。
「どうした?」
「長屋の大家と名乗る者が来たのですが」
火事とは別件になるが、その者も捕らえなければならないだろう。しかし、次のツッチーの言葉に俺は驚かずにはいられなかった。
「付け火は自分が命じたと申しております」
「な、何だと!」
「ただ、その者は今夜長屋に火を放つことは住民に知らせてあったはずだと申しておりまして」
「そんな馬鹿な。おタエもその母親も、そのようなことは申しておらんかったぞ」
「直々に訊問なさいますか?」
「うむ……いや、待て。俺やユキたちの身分は伏せておけ。訊問はマツダイラ殿に任せよう。俺たちはその場に立ち合う」
「かしこまりました。ではマツダイラ殿を呼んで参りましょう。陛下と妃殿下方はあちらの中でお待ち下さい」
ツッチーが指差したのは、焼け出された被害者たちが収容されているのとは別のテントだった。
「それとウイ妃殿下はお姿を隠しておかれますように。その者が嘘を申しました折の切り札となって頂きたく存じます故」
「分かりました」
ウイちゃんは小さく頷くと、スッとその場から姿を消した。なるほど、ツッチーがウイちゃんを同行させたのはこういうことがあった時のためだったのか。
それから俺とユキたん、それにアカネさんはツッチーに言われた通りに、用意されたテントの方へ向かった。
「私は確かに住民に避難しておくように伝えろと命じましたよ」
マツダイラ閣下の前に座ってこう言い出したのは、ゴウダ・タケハルという子爵位の貴族だった。おそらくこの男が、先に捕らえたユウノシンの主なのだろう。
「誰に命じたのだ? その者はすぐに呼べるか?」
「確かトウジロウとサブロウタという名だったかと。ただ二人は夕方から戻ってないと聞きましたから、すぐに呼べるかどうかは……二人共キザエモン殿、サンシュウ屋の手代でしたので」
その二人はユウノシンと共に城の牢に入れられているのだから、戻ってないのは当然である。それからこのゴウダ子爵がキザエモンと繋がっているのも確定だ。
「二人が戻ってないのに何故火を付けた?」
マツダイラ閣下は、ちゃんと住民に避難するように伝わったかどうかを確認せずに火を放ったことを責めた。しかしゴウダ子爵は悪びれもせずにこう返した。
「私はてっきり二人ともキザエモン殿のところに戻ったものだと思っておりましたので。いえ、戻っていないと知ったのもつい先ほどのことです」
ゴウダ曰く、火事で多くの住民が焼け死んだことを知って、二人にちゃんと付け火のことを伝えたのかを問いただすつもりだったらしい。だが、捕らえた者たちはそんなこと一言も言ってなかったし、訊問の結果としても報告は受けていない。確信はないがこの男はおそらく黒と見て間違いないだろう。
だが言っていることに今のところ矛盾はないから、どうやって切り崩すかが問題である。下手を打つと無罪にはならないまでも、一番の咎がトウジロウとサブロウタに移ってしまうからだ。そうなるとゴウダを死罪にすることさえ難しくなるのである。まんまとトカゲの尻尾切りを許す結果にならないとも限らないということだ。
ただし俺は付け火を命じたこの男を決して許すつもりはない。必ず追い詰めて業火に晒すことを、その時固く心に誓ったのだった。




