第二話 次に名を呼ばれた者は余の前に出て跪け
翌朝、二人の妻に挟まれて目覚めた俺は昨夜のことを思い出して、まだ眠っているユキたんをもう一度抱いていた。
「ヒコたん……するなら起こしてよ」
「いや、寝てたから起こすの悪くて」
「もう! それでも今度からは絶対に起こしてね」
もったいないと怒った口ぶりで言われたが、その後抱きしめられて口づけされたので本心は怒っているわけではないのだろう。それにしてももったいないってユキたん……
「今日は商い主制度の廃止を通達するんだよね」
その後三人とも起きて朝食を終えた頃、ユキたんが俺の予定について確認してきた。彼女の言う通り、今日は商い主たちにとっては青天の霹靂とも言える制度の廃止を言い渡す日なのだ。そのために主要な商い主たちを、国王の名でこの城に呼び寄せてある。彼らが集まってくる刻限まではまだ時間があるが、取り締まりも同時に行うつもりなので今のうちに騎兵隊を配置しておいた方がいいだろう。
「これまで阿漕に稼いできた奴らに一泡も二泡も吹かせてやるつもり。マツダイラ閣下もババさんも大張り切りみたいだし、スケサブロウ君にもたまには活躍してほしいと思ってる」
「たまには……確かに彼がおナミちゃんを護る以外の仕事をしたところは見たことはないけど」
ユキたんが苦笑いしながら俺の言葉に応じてくれた。
「ご主人さま陛下、私たちはどうしましょう」
「そうだな、騎兵隊が取り締まりに動くと俺の周りが手薄になるから、ユキたんとアカネさんには護衛を頼んでもいい?」
「もちろんです!」
商い主はあくまで商人なのだから、まさか城内で暴動を起こすようなことはないだろうと思う。しかし油断が命取りになることも十分に考慮しておく必要がある。これまで俺のうっかりした行動で、妻たちを危険にさらしたこともあるということを俺は肝に銘じていたのだ。
「これでこの国の商い主は全部だな?」
城の大広間には長テーブルがいくつも置かれ、窮屈とも思える間隔で椅子が並べられている。そこに総じて恰幅のいい商い主たちが、互いに肩を張り合って着席していた。どうやら彼らには互いに譲り合うという精神が欠如しているらしい。もっともこの中から多くの者を取り締まり逮捕するのだ。あまり余裕を与えて自由に動かれても困る。
「ではこれより国王陛下、並びに王妃殿下のご登壇である。皆の者、敬意をもってお迎えなされよ!」
壇上のオオノ・ショウゴロウさんが大きな声で俺たちの登壇を告げると、商い主たちは恭しく頭を下げたように見えた。だが彼らの息づかいからは、明らかにここに呼ばれたのが迷惑との感情が見て取れる。そんな時間があったら一分一秒を惜しんで稼ぎたいとでも言いたいのだろうが、そうは問屋が卸さない。今、ちょっとうまいこと言ってしまったかな。
「まずは此度の登城、大儀であった」
「国王陛下、なぜ国中の商い主が集められたのですか?」
一人の、いかにも悪徳商人を画に描いたような男がいきなり声を上げた。しかしそうか、彼の見た目だとこっちの世界ではイケメンに入るのかも知れない。
「黙れ! 貴様に発言を許した覚えはないぞ!」
男の無礼な振る舞いにはさすがにオオノさんが怒鳴っていた。それを俺は手を振って制し、涼しい口調でこう返してやる。
「それはな、今日を限りに其方らが仕事を失うからだ」
「な、なんですって!」
「我々が仕事を失うとはいかなることか、ご説明を!」
俺の一言で大広間は蜂の巣を突いたような大騒ぎになっていた。それを再びオオノさんが大声で静かにさせる。
「黙らぬか! 陛下のお言葉はまだ終わっておらぬぞ!」
そしてこの声を合図に、大広間の複数ある出入り口全てを完全武装の騎兵隊が塞いだ。ただならぬ光景に、集められた商い主たちは動揺を隠せない様子で辺りをキョロキョロと見回している。
「次に名を呼ばれた者は余の前に出て跪け」
ざわついた空気の中、オオノさんによって十人ほどの名が読み上げられた。その者たちは皆一様に気弱そうで、俺の前で跪いたもののガタガタ震えているばかりである。
そこで俺は壇上で立ち上がり、彼らを見下ろす形で無表情のまましばらく視線を送り続けた。




