第八話 私相手に使おうとしてたんですか?
「こ、これは……」
俺は必死に言い訳を考えたが、どうしても思いつかなかった。終わった。俺のこの世界での十六年という短い人生は、無礼討ちにされるという形で終わりを告げることとなるだろう。母ちゃん、最後の最後にアンタのせいで命を落とすことになるとは思わなかったよ。
「これは……何ですか?」
ところが拍子抜けというか、ユキさんが床に散らばったコンドームの一つをつまんでそんなことを言い出した。そして不思議そうな顔を俺に向ける。
「それは……」
「ヒコザ先輩? 父上、これは何なのですか?」
俺が口ごもっていると、彼女の疑問の矛先が男爵閣下に向いた。
「ん? そ、それはだな……その、なんだ……」
「父上、いつもの威厳はどうされたのです? 先ほどヒコザ先輩が私をどうこうとおっしゃってましたが、どういうことなのかご説明なさって下さい」
「あ、いや……つまり……」
「父上!」
タノクラ男爵が俺を恨めしそうな目つきで見つめる。しかしそこには先ほどまでの威厳は微塵も感じられず、どちらかというと娘に気圧された情けない父親がいるだけだった。そんな閣下の様子に、メイドさんたちも堪えきれずにクスクスと笑いを漏らしている。もちろん、俺はふいっと目を逸らした。
「こ、これ、アカネ。お前が説明しなさい」
俺がダメだと分かると、閣下はメイドさんの一人を名指しした。アカネと呼ばれたメイドさんは、お城に入った時に俺がちょっとドキドキした可愛らしいメイドさんである。
若干丸顔っぽい輪郭に、長いまつげとエメラルドグリーンに染まった垂れ目気味の大きな瞳が印象的だ。ライトブラウンの艶やかな髪は背中の中程まであり、それを首の辺りで白いシュシュを使ってまとめている。
「旦那さま、お嬢様は旦那さまにご説明を求められておいでです。私などが口を挟むのはおこがましいかと存じます」
言いながらアカネさんは俺の方に向かって、男爵閣下には見えないようにペロッと舌を出して見せた。その仕草に思わずときめいてしまったことは、ユキさんには絶対に覚られてはならない。
「ではヒコザ先輩にお尋ねします。これは一体何なのですか?」
「え? お、俺?」
しまった、今度はユキさんの追究が俺の方に戻ってきてしまった。男爵閣下、どうして胸をなで下ろしてるんですか。俺が閣下の方を見ると、今度は向こうが視線を横に逸らしてしまった。仕返しなんて大人げないですよ。
「なぜ口ごもるのです? 何かいかがわしいものなのですか?」
「あ、いや、決してそういうわけではなく……」
「では皆の前では言いにくいということですね。分かりました。父上、ヒコザ先輩を連れていってもよろしいですか?」
「うん? いや、それはだな」
「父上! もう懐剣は充分に見せてもらったのですからご用は済みましたよね。連れていってもよろしいですね?」
「う……うん、よかろう」
「さあ、では参りますよ、ヒコザ先輩」
「ま、参りますってどこへ?」
「決まってます。私の部屋です」
有無を言わさず俺の腕を取り、ユキさんは立ち上がって食堂を出るように促す。それに付き添うような形でアカネさんも閣下に一礼して、俺たち三人は共に食堂を後にした。
男爵閣下は口をパクパクさせて何か言いたげだったが、娘の気迫に為す術がなかったようである。渋々杯に残った果実酒を一気飲みしていた。
「ヒコザ先輩、そこに座って下さい」
ユキさんの部屋はピンク基調の女の子らしい可愛い雰囲気で、ところどころにレースが飾られていた。そして何より驚かされたのはぬいぐるみの多さだ。動物から何かのキャラクターまで、どうやらユキさんは相当のぬいぐるみ好きらしい。
俺はその部屋の中央に置かれたテーブルの一角に座らされることとなった。脚の低いテーブルなので椅子は用意されていない。つまり絨毯の上に直座りということである。
「もう! あんなに飲んで! アカネさん、先輩にお水を」
「かしこまりました」
今この部屋には俺とユキさん、それにアカネさんの三人だけである。アカネさんは手慣れた様子で部屋にあったピッチャーからコップに水を注ぐと、失礼しますと言って俺の目の前に置いてくれた。俺はそれを一気に飲み干し、改めて部屋を眺める。
「そんなにジロジロ見ないで下さい!」
「ご、ごめん……」
「それで、これは何なのですか?」
テーブルには先ほど俺がうっかり床にばらまいたコンドームが並べられていた。
「あ、いや……それは……」
「はあ……ヒコザ先輩、まさか本当にこれを私相手に使おうとしていたわけではありませんよね?」
ユキさんは大きくため息をついたあと、ジト目で俺を睨みながら言った。
「え? もしかしてユキさん……」
「知らないわけありません! あの場ではああでも言わないと先輩、本当に父上に手討ちにされてましたよ」
「旦那さまはお嬢様を溺愛されているのです」
「アカネさん、余計なことは言わないで下さい!」
「失礼いたしました」
「で、どうなんです? 私相手に使おうとしてたんですか? してなかったんですか?」
「ま、まさか! そんなことこれっぽっちも考えてなかった……です」
「これっぽっちも……それはそれでちょっとイラッとしますね」
どっちなんだよ、ユキさん。
「まあいいです。それで、どうしてこんなものを持っていたのですか? それもこんなにたくさん。いつでも使えるように常備していたのですか?」
「ち、違うって。だからそれは……」
俺は出がけに母ちゃんに手渡されてそのままポケットにねじ込んだことと、その母ちゃんは俺が今日ここに来ることは知らなかったということを話した。
「なるほど、お母さまはご心配なされてヒコザ先輩にこれを渡されたということなのですね?」
「うん、簡単に言うとそういうことかな」
「分かりました。父上には私からそのように話して、ヒコザ先輩にはいかがわしい目的はなかったと伝えておきます」
「あ、ありがとうユキさん!」
「その代わり、一つ聞かせてもらってもいいですか?」
「な、なに?」
ユキさんの顔が急に赤くなった。聞きたいことって何だろう。
「ヒコザ先輩はその……これを使ったことはあるんですか?」
「は?」
ユキさん、どうしてそんなことを聞くのさ。俺はユキさんと、それから同じように赤くなっているアカネさんの顔を交互に眺めて不思議に思うばかりだった。




