第七話 それこそを誇りとし、腕を振るうがよかろう
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「これで晴れて貴国と同盟関係が成立ですな」
ガモウ閣下が立ち上がって握手を求めてきたので、俺も同様に席を立ってそれに応じた。これでこのタケダ王国と俺たちの本当の祖国、オオクボ王国が同盟を結ぶための調印の儀は全て完了である。俺が寝過ごしたせいで元々の予定より随分と遅くなってしまったが、それでも午前中に終えられてほっとしたよ。
「それでは私はこれより早馬を飛ばして参ります」
「うむ、頼んだぞアソウ」
「ははっ!」
どうやら国境に控えている芸羅快翔部隊に早馬で向かうのはアソウ・モンド本人のようである。体の大きな彼が行くより、もっと小柄な人が行った方が馬も速く走れるんじゃないかと思うんだけどね。それを押してでも彼が行くということは、よほど馬術に長けているということなんだろう。
「ところでツッチー、昨日話した宴の件はどうなった?」
「はい、部隊の者たち全てを城内に入れるのは難しいので、会場を東のヨウガイ庭園にしてはいかがかと存じます」
この王城の敷地内にはいくつかの庭園があり、そのうちの一つが東に広がるヨウガイ庭園である。この庭園は規模としては二番目の広さだが、城からは最も近くにあるため料理などを運ぶのには都合がいいらしい。
「なお、トリイ・タダモト侯爵閣下には遣いをやりましたが、何分急なことでございますので出席は難しいかと」
トリイ侯爵とは今回、芸羅快翔部隊が配備されるオダとの国境の地を治める辺境伯である。国境を護るためには強い権限が必要なのだが、この国には辺境伯という爵位がないため、侯爵位が与えられているということだった。
「そうか、ならば庭園の使用を許可する。トリイについては部隊が配備されて落ち着いた頃に、改めて晩餐に招待すればよいだろう」
「かしこまりました。最前線に立つ者たち故、料理長には大いに腕を振るってもらいましょう」
それから俺はユキたんとアヤカ姫を伴って厨房を訪れることにした。身分に拘わらず、なるべく城内の多くの人に一度は会っておきたかったからである。
「サナ、リツ、二人とも明日は頼むぞ」
「へ、陛下! 妃殿下!」
「よいよい、そう固くなるでないわ」
アヤカ姫が緊張でガチガチになった二人を見て、笑いながら声をかけた。彼女たちは初めて会った頃よりも顔色もよく、体つきもしっかりしているように見える。ヤシチさんがちゃんと面倒を見てくれていたんだろうね。
厨房では他に数十人の人が働いていて、俺たちがきた時には皆一斉にひれ伏そうとしたがそれは止めた。さすがに厨房でそれをやられたら後で消毒とか大変そうだからね。それでも全員がこちらを向いて、直立不動の姿勢で頭を下げている光景は壮観である。
「宴の準備で大忙しになりそうだけど皆さん、がんばって下さいね」
「陛下や妃殿下が厨房にお運び下さるなど、私がこの城の総料理長を賜って以来、初めてでございます」
きっちりと身だしなみを整えたこの男はクリヤマ・シロウという。ハルノブ前国王の頃より仕えており、料理の腕もタケダ王国内では右に出る者はいないと噂される人物らしい。
「そうか。クリヤマ、このサナとリツは余に縁ある者。しっかりと料理の技を仕込んでやってくれ。むろん甘やかす必要はないぞ」
「はっ! 身命を賭しまして!」
いや、そこまではいいよ。とは言ってもこの人たちにとっては国王の言葉って絶対なんだよね。軽はずみな言動はしないように気をつけないといけないな。
「時にクリヤマよ、妾は少し小腹が減っておっての。何か摘まめるものはないか?」
「すぐに妃殿下にお出し出来るものはあるか?」
「はい、賄いの残りでしたら」
「馬鹿者! お召し上がりになるのは妃殿下であるぞ! 貴様そこへ直れ!」
ちょっと冴えない感じの下働きの一人が料理長の問いかけに応じたが、それを聞いた彼は一気に激高していた。そりゃそうだよね。俺だったら全然気にならないけど、このアヤカ姫に賄いの残りを出そうとするなんて。ところがアヤカ姫は、まるで下働きの者を庇うように料理長の前に立った。
「よい。妾はその賄いとやらを食してみたい。陛下、それからユキ殿もいかがかな?」
「うむ、そうだな」
賄い料理って俺も興味があるぞ。
「私も、いただいてみたいと思います」
「何と! それではすぐに私がお作り致します」
「いやいやクリヤマよ、それでは賄いではなくあつらえになるだろう。少し摘まめればそれでよいのじゃから残り物で構わん」
アヤカ姫が笑いながら料理長を制する。
「左様でございますか……何をもたもたしている! 早く陛下と妃殿下にお出しせぬか! 器は新品の……」
「そのような気を遣う必要はない」
「ええ、器もその辺のもので構いませんよ」
突然押しかけてきたのに、厨房の人たちの手を煩わせるのは申し訳ない。そう思って発した俺の言葉に、ユキたんも肯きながら同意してくれた。
そんな感じで出された残り物の賄い料理だったが、これが実に美味かった。聞けば今日の賄いはサナとリツが担当したそうだが、レシピは料理長が指示したものだということだった。食材には高級品は使われていないらしいが、それでも単なる賄いにこれだけの味を出せる腕は素晴らしい。さすがはこの国一番と評される料理人である。
「食事とは命を戴くこと。すなわち我々が生きるために、食材となる者たちの命を奪っているのです。ならばせめて感謝をせねばなりますまい。感謝をするためには、美味しく食べるのが最良だと私は考えております」
これはクリヤマさんの言である。だから賄いだろうと何だろうと、料理を作る時は決して手を抜かないのだそうだ。
「馳走になった」
「陛下、妃殿下、あのような物をお出しして申し訳ございません」
「何を申す。クリヤマ、余は其方の料理に対する心意気に感銘致したぞ。今後余の昼食は特別に用意せず、ここの賄いと同じ物でよい」
「何ともったいなきお言葉! なれど……」
だって本当に美味しかったからね。わざわざ高級な食材を使って手間暇をかけてもらう必要はないと思う。
「私も、陛下と同意見です」
「妾もじゃ」
「し、しかしそれでは……」
「其方の誇りが傷つくか? それとも腕が泣くか? じゃがのうクリヤマ、陛下はたとえ賄い料理と言えども手を抜かない其方の心意気に打たれたのじゃ。それこそを誇りとし、腕を振るうがよかろう」
アヤカ姫、たまに素晴らしいことを言うよね。やっぱりこの人、とても十二歳とは信じられないよ。
こうして俺たちの昼食は今後、厨房の賄いと同じ物が出されることとなったのである。




