第五話 この際徹底的にやろうではないか
「貴国内でのオダの評判はどのような感じですか?」
「それがヒコザ殿、領民の間ではオダ帝国はよき国との噂が流れているのだよ」
やはり思った通りだ。オダ軍進軍の話は完全にそうと言い切れるわけではないが、ほぼ見せかけと考えて間違いないだろう。
「それがどうかしたのかね?」
「私の考えが正しいとすると、オダのキノシタ公爵という人は恐ろしい人だと思います」
「どういうことだ?」
食いついてきたのはマツダイラ閣下である。
「オダはタケダを一気に攻め落とすのではなく、じわりじわりと真綿で首を絞めるような作戦でくるような気がするのです」
「ほう、なるほどな」
これだけで理解してしまうとは驚きだったが、マツダイラ閣下はどうやら俺の言いたいことを察してくれたようだ。しかし他の面々にはもう少し説明が必要かも知れない。
「ヒコたん、それはどういう……」
「ユキたん、皆の前でたんは……あ……」
調子狂うなあ、もう。俺までたん付けで呼んでしまったよ。これじゃバカップル認定されても文句なんて言えないな。てかもうスケサブロウ君とおナミちゃんのことをバカップルって笑えなくなっちゃったじゃんか。
「やっぱり私もアカネたんと呼んでほしいです」
「アカネさん!」
アカネさん、お願いだからこれ以上話をややこしくしないで。
「それなら妾もアヤカたんと……」
姫殿下まで、もうやめたげて。
「たん、とはどのような意味かな?」
マツダイラ閣下、そこは掘り下げなくていいですから。そんなことより皆もっと真面目に話そうよ。
「マツダイラ卿、それは後ほど。してコムロ殿、我々にも分かるように説明してくれぬか」
よかった、ババさんが話を元に戻してくれた。気を取り直した俺は考えを皆に話した。
まずオダ軍がタケダ王国への侵攻の準備を進めているという噂を流し、領民に戦争の恐怖の念を抱かせる。次にオダ帝国はタケダに比べて豊かで、住み心地もいいなどというような話を広める。そもそも国力に差がある上に、戦争の不安と豊かな内情に惹かれ移民する領民が増える。そうなれば自然とタケダは弱体化し、数年後にはオダ軍に抗う力さえ失う、という図式である。つまり仮に戦争になったとしても自軍の被害は少なく、また和睦を持ちかけるにしても自国に有利な条件で話を進められるということだ。
「イチノジョウ王子の暗殺には成功したものの、それを伝えるべき間者の悉くが捕らえられたために後の計画が予定通りに運ばず、苦肉の策に出たということか」
「ババ殿、必ずしもそうとは限らんぞ。キノシタ公爵は初めから極力戦争をせずにタケダを手に入れようと考えていた可能性も考えられる」
マツダイラ閣下曰く、たとえイチノジョウ王子が暗殺されずに王位を継承していたとしても、オダが本気でかかればタケダは一溜まりもないだろうというのだ。これにはババさんも怒ることなく同意していた。
「ハルノブ王が生きておったなら話は別かも知れんがな」
「もしそうだとすれば、ヒコた……ヒコザ先輩が先頭に立ってタケダ王国を豊かにすれば……」
ユキたん、その呼び方は二人だけの時って言わなかったっけ。どうもわざとやっているように見えて仕方ないんだけど。
「そうじゃな、ユキの申す通りだと妾も思う。ヒコザ、それについては何かよい思いつきはないのか?」
「申し訳ありません、姫殿下。今のところはこれといって特に……」
元平民として思いつくと言えば税の減免くらいである。しかしそれでは一時的に領民が楽になるだけで、国そのものが豊かになるとは限らない。もっと確実で国民全体が肌で感じられるような豊かさでないと、すでに情報戦で先行しているオダ帝国に太刀打ちするのは難しいのではないだろうか。
「ご主人さま、こういうのはいかがでしょう?」
「アカネさん、何かいい考えでも浮かんだの?」
そこで手を挙げたのはアカネさんだった。彼女はにっこり微笑むと、俺が思いもしなかった策を語ったのである。しかしそれはあまりにも荒削りで、実現するにはかなりの準備と一部の領民からの反発を覚悟しなければならないものだった。
「アカネさん、妙案だとは思うけど難しいんじゃないかな」
「いや、コムロ殿、この際徹底的にやろうではないか!」
この時の闘志に燃えたババさんの瞳を、俺は決して忘れることはないだろう。




