第三話 初夜のことを言うんですよ
呼び方の件はひとまずケリがついた、とは言いたくないが仕方ない。因みにウイちゃんの呼び方は、これまでと変わらずウイちゃんのままで落ち着いた。
「それで、何でしたっけ、ひ……ヒコ、た、たたた、たん」
ユキたん、自分で言ったくせにちゃんと呼べてないから。それに真っ赤になって、恥ずかしいなら今まで通りの呼び方でいいのに。
「いや、だから皆このままタケダに行ったら帰れなくなるかも知れないけどいいのかなって」
「ご主人さま陛下が一緒なら全く問題ありません」
「アカネさん、陛下は付けなくていいからね」
しかしこのアカネさんの言葉に、誰一人として否を唱える者はいなかった。相変わらず雰囲気は和やかなままだったが、皆の瞳には動かざる決意の火が灯っているように見える。
「よく考えてほしい。向こうに着いたらすぐ隣はオダ帝国だ。俺が国王の座に就いたからといって、戦争が回避出来るという保証はないんだよ。そうなれば皆だって危険に晒されることになる」
「もとより覚悟の上です。私たちは皆、ヒコたんのためなら命だって投げ出す所存です」
そのセリフでヒコたんというのはあまりに締まらないけど、涙が出るほど嬉しいよ。だが――
「ユキさん……」
「ユキたん!」
「ゆ、ユキたん、頼むから命を粗末にはしないでくれないかな。俺は誰か一人でも俺の身代わりになんかなったらすぐに後を追うからね」
「そうなりましたら私と同じですわね!」
ウイちゃん、嬉しそうに緊張感がなくなるようなことは言わないの。
「皆も聞いてくれ。俺はこの通り図体は大きいけど何の力もない。だから護衛という意味では特にユキさ……たん、アカネさん、スズネさんには負担をかけると思う。でもこれだけは約束してほしい。俺のために命を捨てないでくれ。俺は皆に、その……皆に俺の子を産んでほしい」
「ヒコたん……」
「ご主人さま……」
「ヒーちゃん……」
「ヒコザさん……」
ユキたん、アカネさん、サッちゃん、スズネさんの四人が涙を堪えているような表情で俺に目を向けた。それはいいとして、皆どうして自分のお腹をさすってるのかな。
「私もヒコザ様のお子を宿したいですわ」
「ウイちゃん、それはさすがに無理があると……」
あいにく生死を超越するほどの強力な子種は持ち合わせていない。てか言ったのは俺だけど、そこはあんまり意識しないでよ。
「妾だってヒコザの子を産んでやるぞ」
「姫殿下まで……それはもう少し先の話ということで」
俺はこの先何人の子持ちになることやら。そんなことを考えていると部屋の扉がノックされた。
「はい」
「大旦那様、タケダより使者が参りました」
ツチミカドさんの声だ。使者ってもう夜四ツ、だいたい午後十時近い時刻である。こんな遅くに使者とはずい分非常識だな。しかしツチミカドさんが通したということはそれなりの理由があってのことなのかも知れない。
「使者とは何者ですか?」
「大旦那様、私に敬語はお使いにならないようにと申し上げたはずでございますが」
「あ、う、うむ、そうであった。して、使者とは何者かな?」
やりにくいなあ、もう。ユキたんたちもクスクス笑うのやめてよ。
「タケダ王国騎馬隊長、ババ・ノブハル殿でこざいます」
「ババさん?」
スズネさんの一件では命の恩人とも言えるタケダの騎馬隊長、ババさんとあれば会わねばならないだろう。彼ならばどんなに遅い時間でも非常識などと思うことはない。前回のタケダ王国での騒動でも、多くのオダの間者を捕らえたと聞く。裸を見られた姫殿下は複雑な顔をしてるけどね。
「相分かった。すぐに参ると伝えよ」
「お急ぎにならずとも、ババ殿には奥方様たちと床入り中とお伝えしておりますれば」
「床入り? まだ起きてたけど……」
「ババ殿からはどうぞご存分に、との言付けを頂いております」
「ヒコザさん、ヒコザさん」
ご存分にって、不思議なことを言う人だと思っていると、スズネさんが俺の袖をちょいちょいと引っ張った。
「どうしたの?」
「床入りというのはですね、その、初夜のことを言うんですよ」
「しょ……や……? はい?」
ちょっと待て、確かに彼女たち全員と口づけしたし、少々際どい場面もあったとは思う。だけど初夜とは違うよ。それに俺には一度に六人も相手にすることなんて出来ないだろうし。してみたいけど。
「いやいや、誤解だって! すぐ行くから!」
「私たちも行きます」
ユキたん、アカネさん、スズネさんが各々刀と苦無を手に立ち上がる。知った仲とはいえ他国の騎士、となれば護衛が必要と考えたのだろう。心強いけど女の子に護衛してもらう俺って何となく情けないような気もする。でもそうか、そう言えばオオクボ陛下もガモウ閣下以外だとお城のメイドさんに護衛されてたよね。それに彼女たちは俺が最も信頼出来る妻なのだ。
「では参ろうか」
さすがにこの一言には女の子たちも大爆笑していた。




