第二話 二人だけの時なんですからいいですよね?
「ヒコザ先輩がタケダを国王として治める、ですか?」
「そうなんだけどユキさん、一応俺たちはもう夫婦なんだから先輩呼びは……」
「ではヒコザ先輩陛下、とお呼びしましょうか?」
「ちょっとユキさん」
「では私はご主人さま陛下とお呼びします!」
「アカネさんまで……」
ユキさんもアカネさんもクスクスと笑い出した。それを見た他の女の子たちも吹き出している。何がそんなにおかしいんだか分からないが、この和やかな雰囲気は落ち着くから嫌いではない。
「先輩、まだ分かりませんか?」
「へ?」
「それを言ったら、ヒコザ先輩は私たちのことを全員呼び捨てにしなければいけなくなるんですよ」
「わ、妾のこともアヤカ、と呼び捨てにしてもよいぞ」
しまった、これが墓穴を掘るということなのか。いや待て、彼女たちを呼び捨てにするのに何を躊躇う必要があるというのだ。全員俺の妻なんだから名前呼びなど造作もないこと、のはずである。
「ゆ、ユキ……さん?」
「はい? さん、とは何ですか?」
やめて、恥ずかしい。呼び方を変えるくらい何でもないと思ったが、今までそれで慣れてきていたのでいきなりなんて無理すぎる。女の子を、それも好きな子を名前で呼び捨てにするって、こんなにドキドキすることだとは思ってもみなかったよ。
「私はどうしましょう。晴れて今日からコムロ様の妻。それなのにコムロ様とお呼びするのは不自然ですよね」
「言われてみれば私もコムロさんと……ヒコザさん、ヒコさん……えっとヒコザ様は姫君がお使いですし」
サトさんもカシワバラさんも余り深く考えなくていいからね。でもカシワバラさんはさすがに呼び方変えないとおかしいよな。
「妾はこれまで通りヒコザと呼ぶがよいか?」
「私は構いません」
姫殿下に応えたのはユキさんである。まあこの中では一番年下ではあるけど、俺を呼び捨てにして最も違和感がないのも彼女なんだよね。
「そ、それよりさ、俺が国王としてタケダ国を治めるってことに反対とかはないの?」
「あるわけないじゃないですか。先輩が国王になれば私たちは王妃、王妃ですよ。反対などするはずがありません。むしろ大歓迎です。そんなことより今は呼び方の方が重要です!」
そんなことってユキさん、言ってることがめちゃくちゃなんだけど。
「私はご主人さまのままでいいです」
「では私は元がコムロさんとお呼びしてたので、ヒコザさんと呼ぶようにしてもいいですか?」
アカネさんはそのまま、カシワバラさんはさん付けを家名から名前に変えるいうことか。俺には特に異存はない。
「じゃ、俺もスズネさんでいいかな」
「はい、それでお願いします」
「ご主人さま、私は?」
「アカネさんは出来ればアカネさんのままで」
一体何て呼んでほしいんだか。思わず苦笑いしてしまった。
「あの、よろしいでしょうか」
「うん?」
ここでおずおずと手を挙げたのはサトさんである。
「どうしたの?」
「私、あの……出来ればサッちゃんかサトちゃんと呼ばれたいです。それで私もヒーちゃんかヒコちゃんと呼ばせて頂きたいです」
「サッちゃん?」
「ヒーちゃん?」
これにはサトさん以外の、俺も含めた全員が驚いて声をあげていた。
「さ、サトさんのままじゃだめなのかな」
「う、うう……」
きっと精一杯の勇気を振り絞って発言したであろうサトさんは、恥ずかしさに耐えきれず半泣きになっていた。これは無下にするのは少し可哀想かも知れない。
「俺はいいけど……」
「先輩! いくら夫といえども国王を愛称で呼ぶのはちょっと……」
先輩っていうのもどうかとは思うけど、ややこしくなりそうだがらひとまず黙っていることにしよう。
「あ、あの! 他の人の前ではちゃんと陛下ってお呼びします。ですから、ですからどうかお許し下さい!」
「ま、まあそれなら大丈夫じゃないかな。俺も二人の時はサッちゃんかサトちゃんか、どっちかで呼ばせてもらうことにするよ」
俺がそう言うと、サトさん改めサッちゃんは嬉しそうな表情で涙を拭っていた。この子は他の皆と比べて、今まで一緒に過ごした時間が短いからね。それくらいの望みなら叶えても罰は当たらないんじゃないかと思う。
「二人だけの……」
ところが俺はユキさんが何やら難しい顔で呟いているのに気がついた。そして何を呟いているのかと顔を寄せて聞き耳を立てた時である。
「それです!」
「わっ! び、びっくりした」
急に顔をあげたユキさんが大きな声を出したので驚いたよ。それってどれ。
「先輩!」
「な、何?」
「私も二人だけの時はユキたんと呼んで下さい!」
「ユキたん?」
「そうです。私は先輩のことをヒコたんと呼びます。二人だけの時なんですからいいですよね?」
いや、ちょっと待った、たんはないよたんは。しかしこの後どう説得しても、ユキさんが折れてくれることはなかった。




