第九話 嫌じゃあ! 降りるぅ!
「ちょ、ユキさん! アカネさん!」
「シッ! 先輩、静かにして下さい」
馬車の中を見回すと、すでにサトさんとカシワバラさん、それに幽霊姫ことウイちゃんも乗り込んでいた。
「心配しなくても大丈夫ですよ。私たち、ヒコザ先輩の気持ちはちゃんと分かってますから」
「みんな……」
「アヤカ様が先に知られてくれたんです。だから私たちは決めました」
「決めたって何を?」
「夜は全員でご主人さまと一緒に寝ます!」
「は、はい?」
「それで先輩にお願いがあるんです」
馬車の中とはいえ、さすがに王家が用意しただけあってキャビンは広い。シートは前後向かい合わせのものだが、女の子四人が横並びに座ってもまだ余裕があるほどだ。そこへウイちゃんを除いた四人が居住まいを正し、まっすぐに俺を見据えていた。
「お願いって?」
「ツチミカドさんに命令してほしいんです。寝室には二人ではなく六人全員を入れろって」
「なるほど……って、六人? ウイちゃん入れても五人だよね? もしかしておナミちゃんもってこと? おナミちゃんはスケサブロウ君と一緒の方がいいんじゃ……」
「何を言ってるんですか。あと一人はアヤカ様です」
「ひ、姫殿下も?」
「王女殿下曰く、妾も一緒にということであれば、いざという時に強権を発動してやらんこともないじゃ、だそうです」
アカネさん、無理に姫殿下の口まねしなくてもいいから。語尾がおかしなことになってるし。ところで姫殿下はウイちゃんが幽霊だってこと知ってるのかな。
「でもあのツッチーがそんなこと聞いてくれるかどうか」
「そこはですね、余の言葉に逆らうか! とでも一喝すればいいと思いますよ」
「余って……」
さすがにそこまではちょっと抵抗があるな。でも確かにツチミカドさんを納得、と言うより屈伏させるにはそれくらいのことを言う必要があるかも知れない。
「でもさ、国境の建物の中にそんなに大きな部屋ってあるのかな」
「大丈夫ですよ、ご主人さま。なくても壁をこうバッサリと」
「こらこら、建物を斬っちゃダメだからね」
「なければ馬車で休めばいいと思いますよ」
その手もあるよね。これだけ大きなキャビンだし、俺を入れた七人でも余裕で寝られると思う。
「失礼致します。大旦那様、そろそろ出発のお時間となりました。後ろの専用馬車にお乗り換え頂けますでしょうか」
閉めていたキャビンの扉が叩かれ、外からツチミカドさんの声が聞こえた。いきなり開けようとしないのは、さすが家令というべきだろう。
「ああ、ツッチー、俺……余はこの馬車で行く」
面白そうなのでちょっと調子に乗ってみた。
「余……なりませぬ。大旦那様の馬車はこちらよりはるかに頑丈に造られております。お乗り換えを……」
「諄いぞ! この馬車で行くと言っているのだ!」
その後しばらく沈黙が続いたが、あからさまなため息が聞こえた後にツッチーが言う。
「かしこまりました。それではあちらの馬車には私めと共にアツミ殿、それからサクラザカ殿が乗せて頂いても構いませんでしょうか?」
「ん? あ、ああ、構いませ……構わぬぞ」
多分スケサブロウ君もおナミちゃんも恐縮するだろうけど慣れてもらわないとね。これは老婆心だよ、老婆心。
「それでは、道中は何かご用がございましたら御者にお申し付け下さい」
「あ、相分かった」
「ヒコザ、妾もこっちに乗るぞ」
姫殿下を乗せてからほどなくして馬車が動き出した。大旦那様専用と言われた馬車がどの程度のものかは分からないが、この広いキャビンに女の子六人と一緒というのは快適過ぎて鼻血が出そうなほどである。常にほんのりと甘い香りが漂ってくるし、馬車が少し揺れただけで誰かしらの肌が当たるのもたまらない。ところがそんな中、姫殿下がガタガタと震えだしていた。
「姫殿下、どうしました?」
「ひ、ひひ、ひひひ、こざ……」
あんまり人の名前を刻まないでほしいんですけど。
「そ、そ、その者は……?」
姫殿下が指差した先には、ウイちゃんがふわふわと浮いていた。ああ、やっぱり怖いのかな。ここはちょっと脅かして遊んでみよう。俺は幽霊姫も含めた他の女の子たちにアイコンタクトを送り、皆もそれに気づいてくれたようだ。
「え? その者って、サトさんのことですか? それともカシワバラさん?」
ウイちゃんはちょうどその二人の間くらいに浮かんでいたのである。
「い、い、嫌じゃあ! 降りるぅ!」
その時、ウイちゃんが姫殿下に悪霊っぽい怖い表情になってニヤリと微笑みを向けた。あれは俺も怖かったよ。背筋に寒いものが走ったくらいだ。
ウイちゃんを知ってる俺ですらそれほどの恐怖を感じたのだから、姫殿下はもっと怖かったんじゃないかと思う。そのまま泡を吹いて気絶しちゃったくらいだからね。
「少し可哀想だったかな」
「アヤカ様には後で私が説明しますね」
俺たちの賑やかな旅が今、始まった。




