第七話 私も付いていくに決まってるじゃない
「うん? どうしたアツミ殿」
「こ、ここ、こちらのおナミちゃんは、ぼぼ、僕の未来の嫁、なな、なんです!」
「ほう、それは真かな、おナミとやら?」
「は、はい! あの、本当です!」
あ、おナミちゃんが何となく嬉しそうだ。
「そうか。未来のこととは言え我が団員の家族は団員も同じ。困ったことがあればいつでも相談に来るがよいぞ。いずれそなたらが結婚する折には、このマツダイラ・トモヤスが媒酌人を引き受けよう。陛下、よろしいですかな?」
「よきに計らうがよかろう」
「陛下のお墨付きも得られた。アツミ殿、まずは勉学に励み体を鍛え、立派に卒業して我が団に来るのだぞ」
「あ、有り難き幸せ!」
すごいよスケサブロウ君、そしておナミちゃんも。王城騎士団のマツダイラ団長閣下の媒酌まで取り付けるなんて。
「ああ、そのことなんだがな、トモヤス」
「陛下、いかが致しました?」
「どうだろう、此度の旅にそのアツミ・スケサブロウを同道させるというのは」
ん? 旅? 何か嫌な予感がしてきたぞ。
「お言葉ではございますが陛下、アツミ殿はまだ正式に我が団員となったわけではございません。それに聞けばこの者は未だ十五歳の若輩。彼の地に赴くには些か危険が過ぎるのではないかと」
「だが護衛に今少し人手が欲しいと言っておったのもそちではないか」
「ですが陛下!」
「あの、よろしいでしょうか」
俺は我慢が出来なくなって手を挙げ、発言の許しを請うた。
「どうしたヒコザ、許す、申してみよ」
「旅とは何のことでしょう?」
「それを今から説明するところだ」
そう言うと陛下はニヤリと笑い、隣にいた姫殿下も爛々と瞳を輝かせていた。やっぱりだ。もう聞かなくても分かった気がするよ。
「ヒコザ、ユキ、アカネ、スズネにはアヤカを伴ってタケダに行ってもらう」
「それってお断りすることは……」
「ならん。余の命である。もっともそなたの懸念も存じておるのでな、護衛には我が騎士団よりこのマツダイラ以下数名を付けるつもりだ」
ははは、それはまた心強いことで。
「此度の旅にはいくつかの目的がある。その一つはヒコザ、そなたが馬に乗れるようになることだ。優に早駆けが出来るほどにはなって参れ」
ここで陛下が真剣な表情になった。それも怖いほどに。
「実はなヒコザ、タケダが危ないのだ」
「危ない、とは?」
「どうやらオダがタケダの国王不在に勘づいたようなのだ」
陛下の話ではオダに送り込んでいた密偵が知らせてきたということだった。それによるとオダ帝国の猛将シバタ、知将キノシタが連携して軍を率い、タケダに攻め込む準備をしているそうだ。今のタケダにはこれを返り討ちに出来るほどの軍を統率する能力がある者はおらず、未だ正式に同盟関係は成立していないものの、悠長に高みの見物というわけにはいかないらしい。タケダが滅ぼされれば、次にオダが狙うのはこのオオクボ王国だからである。
「それなら何も私ではなく、軍を動かせばよろしいのではありませんか?」
「今も申した通り、タケダとは正式に同盟を結んでおらん。よって我が軍がタケダの領内に入れば、それは侵略と同じことになるのだ」
さらにそうなればオダ軍も兵を進め、結果としてタケダ領を戦場にしたオオクボ王国とオダ帝国との戦争に発展するだろうとのことだった。陛下も出来ればそれは避けたいようだ。
「それで私に何をしろと?」
「うむ、まずはそなたがタケダの王になれ」
「なるほど、私は亡くなられたイチノジョウ殿下とは瓜二つでしたからね……って、はい? 今陛下は王になれ、とおっしゃいませんでしたか?」
「如何にも、そう申したぞ」
「ちょ、少々お待ち下さい! いくら顔が似ているからと言って、私に国王の代わりなんて務まるわけがないじゃありませんか」
「心配せずともよい。そのためにアヤカを同道させるのだ。公務に関してはアヤカに任せて、そなたはフリだけしていればいい」
いやいや、そういうことではありませんから。
「無理ですって。それにオダはもう国王不在に気付いているんですよね?」
「だからまずはその情報が間違っていたと思わせるのだよ。道すがらそなたはアヤカより国王としての振る舞いを教わるがよかろう。家令も一人付けてやるから王族のしきたりなどはその者から学べ」
「いや、ですが……」
「実はタケダには国王がいた、となればオダも二の足を踏まざるを得ないであろう」
確かに、いないと思っていた国王が実はいたということになれば、少なくともそのまま攻め込むのは躊躇するだろう。まして先代のハルノブ国王の死が知られていないとするなら、それだけで相手には驚異になるはずだ。
「そう言えばそなたにはここにいる以外にも嫁となる予定の者がおるのだったな。その者たち全てを連れて行ってもよいぞ。しばらくはタケダに留まることになるのだからな」
それでも本当ならそんな危険なところへは、ユキさんでさえ連れていきたいとは思わない。俺の大切な彼女たちを危ない目に遭わせるなんて、一体誰が望むというのか。しかし、そうは言っても本人たちは絶対に付いてくるって言うに決まっている。
「ユキさん、どうしよう」
「陛下のご命令ですから従わないわけには参りません。もちろん、私たちもお供させていただきます。ね、みんな!」
「はい! お嬢様」
「もちろんです、コムロさん」
ほらね、思った通りだ。もう観念するしかないよね。そうなると後はサトさんか。幽霊姫はどうするかな。彼女は嫁というわけではないけど。
「分かりました。ご命令に従います。ところでスケサブロウ君はどうするの?」
「もちろん、僕も行きます!」
おナミちゃん、ごめんよ。しばらく君の未来の夫を借りることになってしまったみたいだ。団長閣下も本人が行くと言っている以上、反対する理由がなくなって何も言おうとしなかった。
「学校のことは心配いらんぞ。そなたらは公務として休むのだからな。卒業に支障のないよう取り計らっておく」
これはガモウ閣下の言葉だ。前回は数日だったけど今回は長くなるのか。ちゃんと無事に帰ってこられたらいいんだけど。
「そういうわけだからおナミちゃん、僕は行ってくるよ」
スケサブロウ君が隣のおナミちゃんの手を握って力強く言った。スケサブロウ君、なかなか男らしい態度じゃないか。ところがおナミちゃんはそんな彼を見てクスッと笑った。
「何を言ってるのよ。私も付いていくに決まってるじゃない」
この一言で、一組のバカップルが俺たち一行に加わることが決まった。




