第五話 手合わせはご辞退させて頂きます
陛下が壇上に現れるとアヤカ王女殿下も優雅な歩みで続き、来賓たちはそのあまりの愛らしさに溜め息さえ漏らしていた。突然の姫殿下の登場に焦りまくっていたスケサブロウ君とおナミちゃんも今は落ち着いており、豪華な宮廷料理を口にする余裕も出てきたようだ。もちろん、周囲にならって陛下が出てきてからは手を止めているけどね。
「皆の者、よく参られた。今宵は存分に楽しんでいかれよ」
陛下は短い歓迎の言葉を締めくくり、いよいよ本格的に晩餐会が始まった。壇上に続く階段には、少しでも陛下の覚えがよくなりたいということなのだろう、多くの人たちが列を作っている。また姫殿下の前には主に衣装やアクセサリーの販売業者と思しき者たちが、我先にと商品を広げて媚びを売っている姿が目についた。
「こうして見ると王女様も大変そうですね」
おナミちゃんが、つまらなそうに業者の相手をしている姫殿下に目を向けて呟いた。
「それでもあのように大人しくされているのは陛下がお側においでだからなんですよ」
ユキさんがクスクスと笑いながら受ける。
「普段ならよきに計らえ、で終わりですから」
「そうなの? でもそれじゃ業者に好き放題されちゃうんじゃない?」
「アヤカ様に聞いた話では以前そのようなこともあったそうです。その業者は粗悪品を最高級品と偽った上に、衣装だけで千点以上も納品したって言われてました」
「それはまた悪質な……」
俺の感想に一同が何度も肯く。
「もちろんそんなことを王家が放っておくはずがありません。アヤカ様も激怒されたそうで、よきに計らえとは好きにしていいという意味ではない。双方にとってもっともよい計らいをせよという意味じゃ。との名言を残されたようですよ」
ユキさんが姫殿下の口調を真似たもんだから、危うく口に含んだ料理を吹き出すところだったよ。
「さすがは王女様、お若くてもしっかりされているんですね」
おナミちゃんはいたく感心しているが、逆に俺はあの歳でしっかりし過ぎてると思うよ。年齢相応なところももちろんあるけど。
「で、その業者はどうなったの?」
「王家を詐欺にかけた罪は重いですね。全ての財産を没収されて国外に追放されたそうです」
「死罪にはならなかったんだ」
「人を殺めたりしたわけではありませんから」
ユキさんによると、その話がお城に出入りする様々な業者に伝わったため、今では不正を働く者はいなくなったそうだ。それでも王家は値切ったりしないため、業者にとっては美味しい商売相手ということらしい。
「それはそうと陛下の話って何だろう」
「アヤカ様も同席するって言ってましたね」
「また皆でタケダ国に行けとか!」
「それはやめて!」
アカネさんの呑気な予想を、俺とユキさんが見事にハモって拒絶する。前回タケダ国に行った時も最初は国賓扱いだったはずだ。それが危うく殺されそうになったのだから、タケダ国はむろんのこと国外に出るのすらもうごめんである。
「分かりました! きっとご主人さまにすごいご褒美を下さるのですよ。お城とか領地とか」
「いやいや、そんなものもらってもどうしようもないから」
他愛ない馬鹿話をしながら俺たちは宮廷料理の味に大満足していた。料理も飲み物も、どれ一つ取っても最高の味である。
「コムロ・ヒコザ殿とそのご一行は壇上へ上がられよ」
そこへ突然、ガモウ閣下の声が響いた。王城内で粗相をやらかすわけにはいかないので、今日は一滴の酒も口にはしていない。だから聞き間違いではないはずだ。
「今呼ばれたよね?」
「呼ばれた気がしますね」
「僕たちもご一行なんでしょうか」
スケサブロウ君、そうじゃなかったら君は誰に付いてきたっていうんだよ。おナミちゃんもまさか自分が壇上に呼ばれるとは思わなかったのだろう。姫殿下と対面した時より驚いているようだ。
一方アカネさんとカシワバラさんは特に緊張している様子は見えない。脳天気なのか肝が据わっているのか、いざという時に怖じ気づいたりしないのは心強いからいいんだけどね。
こんな調子でまごまごしていると、見かねたメイドさんが俺たちの許へやってきて案内してくれた。来賓の好奇の目に晒されながらも、彼女に導かれた一行はすごすごと壇上への階段を昇る。その先では陛下と姫殿下が、わざわざ立ち上がって待っていた。
「よく来たな。そちがアツミ・スケサブロウか。イシダの件、見事であった」
陛下はまずスケサブロウ君の肩に手を置いて、彼の功績を称えた。そして次に目を向けられたのはカシワバラさんである。
「そなたがカシワバラ・スズネだな」
「はい、国王陛下におかれましては益々のご健勝、とても嬉しく存じます」
「うむ。此度のそなたの働きにより、我が国に巣くう逆賊を滅ぼすことが出来た。礼を申すぞ」
「勿体なきお言葉、有り難き幸せにございます」
次はアカネさんの番だ。アカネさん、分かってると思うけどさすがにここでは変なこと言わないでね。
「して、そちがアカネだな。アヤカから話は聞いた。剣術の腕も相当なものとか。機会があれば一度手合わせ願おうか」
「国王陛下に申し上げます」
「うん? 許す、申してみよ」
「手合わせはご辞退させて頂きます」
その時俺は全身の血が逆流するのを感じていた。




