第二話 陛下の騎士のクセに
「此度は皆に多大なる心配をかけた、すまぬ、と陛下よりお言葉を賜った」
その日、急遽開かれた全校集会の壇上には国王陛下側近中の側近、ガモウ・ノリヒデ伯爵閣下が陛下の代理として立っていた。本当は陛下御自らが強く来校を希望されたそうだが、公務山積のため致し方なくということだった。
「また、イシダ・ウメチヨの暴挙に果敢にも立ち向かい、尚もとどめを刺さなかった所業に陛下はいたく感服されておられた。よってアツミ・スケサブロウ殿には王城騎士団の席を一つご用意されるとのご意向である」
これは驚いた。王城騎士団は毎年不幸にして死んだ者がいた場合や、引退などで欠員が出た時にしか募集されることはない。その門は非常に狭く、一介の学生が在学中に入団を許されるなどというのは前代未聞であった。しかも王城騎士団に入れば自動的に騎士の称号も与えられる。特に剣の道を志す者にとっては大変に名誉なことだった。
「アツミ殿、そなたは卒業まであと三年あまりだ。それまでによく考えられるがよかろう」
最前列の中央に座っていたスケサブロウ君は、立ち上がって深く一礼した。
「次にコムロ・ヒコザ殿、タノクラ・ユキ殿、ミヤモト・アカネ殿、カシワバラ・スズネ殿」
名前が呼ばれることをあらかじめ知らされていた俺たちは、スケサブロウ君の隣から一列に席が用意されていた。
「そなたらは此度の騒動の抑制に尽力、またイシダ家の謀反を暴き王国の危機を救ってくれた。よって陛下より近く催される晩餐への招聘を賜っている。謹んでお受けするがよい」
あれ、何かくれるんじゃなくて晩餐会へのご招待なんだ。そんなことを考えながら一礼すると、ガモウ閣下はさらに一言付け加えられた。
「陛下がな、直々に話をされたいそうだ」
何を今さら、つい先日もそのイシダ家のことで話したばかりじゃないか。いや待てよ、俺やユキさんは陛下に謁見と言われてももう驚かないが、今回はアカネさんとカシワバラさんも一緒だ。王国の危機を救ったという偉業に対しての招待なら、わざわざ陛下が話をしたいなどと言う必要はないはずである。何だか嫌な予感がしてきたぞ。
「ユキさん、これって断れないのかな」
俺は傍らのユキさんに、他には聞こえないような小さな声で囁いた。
「陛下からの招聘ですから無理ですね。何故ですか?」
「いや、何かまた無理難題を押しつけられそうな気がしてさ」
「考え過ぎだと思いますけど」
そう言ってユキさんはクスクス笑っている。
「だけどさ、スケサブロウ君は半分叙勲されたも同然だよね。でも功績を考えたらカシワバラさんの方が大きいんじゃないかと思うんだよ。それなのにご褒美が食事に招待って、釣り合いが取れてない気がするんだけど」
「確かに一理あるかも知れませんが、陛下に謁見してお言葉を賜るなんて、大変に名誉なことではありませんか?」
言われてみればよほどのことでもない限り、平民に限らず貴族でさえ陛下に謁見出来る機会など、一生のうち一度でもあればいい方だ。俺が何度も陛下に会っていることの方が特殊なのかも知れない。ユキさんの言う通り、杞憂で終わればいいのだが。
「以上だ。皆よく学業に励まれるがよい」
ガモウ閣下はそう言うと、ゆったりとした足取りで壇上から袖へ姿を消した。全校集会はこれでお開きなのだが、スケサブロウ君が主に三年生を中心とした生徒たちに囲まれてしまったため、俺たちも戻るに戻れない状況となっていた。お祝いの一声くらいかけておくとするか。
「スケサブロウ君、おめでとう!」
「コムロ先輩、ありがとうございます」
「三年後には王城騎士団か」
「それなんですが先輩、一つお聞きしてもよろしいですか?」
「何だい、改まって」
スケサブロウ君は集まってきていた皆の目を気にしながら、俺に耳打ちで尋ねてきた。
「あの、騎士団ってやっぱり馬に乗れなきゃいけないんでしょうか?」
「多分そうなんじゃないかな」
俺は乗れないけどね。
「では先輩も馬に乗れるんですか?」
「そんなに意外か?」
乗れるとは言ってない。
「い、いえ、でしたら僕に乗馬を教えて頂けませんか?」
嘘つけ、今めちゃくちゃ意外そうな顔をしてたじゃないか。ここは少しおちょくってやるとするか。
「いや、断る」
「どうしてですか! 意地悪言わないで下さいよ」
「てか、何で俺が馬に乗れないと思ったんだ?」
「ですからそんなこと思って……」
「嘘をつく奴には教えてやれんな」
「すみません。先輩あまり運動神経よさそうに見えなかったもので……」
「失礼な奴だな。いつ俺が運動神経悪そうなところを見せた?」
「えっと、ウメチヨ先輩に突進された時の走り方が、その……」
「なっ!」
「私はヒコザ先輩のあの走り方、可愛いと思いましたよ」
「私もご主人さまの走り方好きです!」
横で聞き耳を立てていたユキさんとアカネさんが割り込んできた。それはいいけど二人とも、褒められている気が全くしないよ。
「正直に言ったんですから先輩、乗馬を教えて下さいよ」
「いやダメだ、絶対ダメ!」
「だから何でですか!」
「何でも! ダメなものはダメ!」
「先輩、お願いしますってば」
「スケサブロウ君、ヒコザ先輩に乗馬を教わるのは無理ですよ」
ユキさん、余計なこと言わないでいいからね。
「だって先輩が叙勲された時も、同じような事を聞いてましたから」
この時スケサブロウ君は何も言わなかったが、その目は明らかにこう言っていた。
『陛下の騎士のクセに』




