第四話 誰にも言っちゃだめですよ!
ある日のこと、俺は村の外れでトモゾウさんのところのカスケが一人泣いているところに出くわした。
「どうしたカスケ、男が泣くなんてみっともないぞ」
そう言った俺に対して、カスケは幼いながらも強い視線で睨み返してきた。話を聞いてみると、ガキ大将のライタがカスケを貧乏者呼ばわりして仲間外れにしたらしい。ライタは村長の親戚の一人息子で、親戚とはいえさすがに村長一族だけあって金持ちの家柄である。
そのライタだが、親に目新しいおもちゃを買ってもらっては村で見せびらかすという、子を持つ村人が頭を抱える問題児でもあった。皆子供におもちゃを買い与える余裕などなかったからである。
さらに残念なことに、子供たちの社会でも家柄はものを言うためライタに逆らえる者はおらず、皆何でもライタの言いなりになるしかない。そんなライタは自分が気に入らないと、誰彼構わずすぐに仲間外れにするのだった。
「そうか、カスケも悔しいか?」
「うん、おいら悔しいよ。ミヨちゃんだってライタの言いなりだし」
「カスケはミヨちゃんのことが大好きだもんな」
「うん、おいら将来はミヨちゃんを嫁さんにしてえんだ」
ミヨちゃんというのはカスケと同じ長屋に住むトクさんの娘さんだ。トモゾウさんもトクさんも村長の畑を借りて生活しているので、暮らし向きは決して裕福ではない。しかしミヨはカスケと同じ八歳ではあったがおへちゃな容姿、つまりこちらの世界では美少女であるため、村の男の子たちの憧れの存在だった。ちなみにミヨはおませさんなので、すでに俺に恋心を抱いているようである。
「そうかそうか、ミヨちゃん可愛いもんな」
俺から見ていくらおへちゃでも子供に罪はない。というかここで俺がカスケに美醜感覚の違いを説いたところで何も生まれないのだ。だから基本的にこのような場合、俺は極力周りの考え方に合わせるようにしていた。
「うん! ヒコザ兄ちゃん、ミヨちゃん取らないでくれよな」
「あはは、心配すんな」
「ヒコザ先輩、こちらにいらっしゃいましたか」
そこへ突然ユキさんが現れた。まさか王女殿下も一緒なのかと思ったが、どうやら今日は一人のようである。
「あれ、ユキさん? 突然どうしたんですか?」
「ヒコザ先輩、敬語は……」
「あ、そっか……って、ほら、今はカスケがいますから」
「ヒコザ兄ちゃん、この人だれ?」
「ん? この人はタノクラ……」
そこでユキさんがわざとらしい咳払いをした。身分は言うなってことか。なるほど、今日も刀は持っていないようだ。
「えっとな、ユキさんって言って、学校の後輩だ」
「カスケ君でいいのかな、はじめまして」
「うん、カスケってんだ、よろしくな!」
「それはそうとユキさん、何かご用ですか?」
「あ、えっと、用ではなくたまたま散歩していたら、その……」
さっき俺にこちらにいらっしゃいましたかって言いませんでしたっけ。まあ、その辺追究するとへそを曲げられたりするかも知れないので、これ以上は詮索しないことにしよう。そもそもこんな村までやってくるなんて、ユキさん散歩の範囲広すぎて不自然だと思うよ。
「ヒコザ兄ちゃん、どうしてこの人赤くなってるのかな」
「カスケ、余計なこと言わなくていいから! それよりなんで貧乏者なんて言われたんだ?」
カスケの言う通りユキさんは真っ赤になっていたが、俺は気にしないフリをして話を逸らした。
「それがよう、おいらだけヒモ玉持ってなかったんだ。ミヨちゃんも持ってたから、おいらの方が貧乏者だって……」
ヒモ玉というのはけん玉のような物のことである。
「ヒモ玉くらいでしたら私が……」
「いや、ユキさん、買ってやるのは簡単なんですが、俺にもっといい考えがあります」
そう言って俺は二人に向かってニヤリと笑った。
「さあ、出来たぞ」
一度家に帰った俺は大急ぎで竹ひごやら障子紙やらちょっと太めの糸やらを持ってきて、その場で簡単な角凧をこしらえた。
こっちの世界には凧なんてものはないので、これならいくらライタでも、街でもっといい物を買ってもらうなどということも出来ないはずだ。つまりは一点物、カスケがガキ大将の座を奪い取ることも夢ではないだろう。もっともカスケの度量ではそこまでは見込めないが。
それにしても凧の作り方なんて覚えててよかったよ。日本での若い頃は何でもかんでも自分で作ったりしたものだからな。しかしそれも何十年も前の話で、正直ちゃんと作れるかどうかは不安だったってことだ。
「ヒコザ兄ちゃん、これどうやって遊ぶの?」
「ん? あ、そうか、これはな……」
俺は凧に括りつけた糸を持つと、そのまま風上に向かってダッシュをきめた。すると風を受けた凧が舞い上がる。こっちには凧糸なんて丈夫で長いものはないので今はせいぜい五メートルほどの糸しかついてないが、それでも飛ばすだけなら充分である。あとはこれに糸をつぎ足して数十メートルの長さにすれば、風に乗せて浮いたままにすることも出来るだろう。
とは言ってもそんなに長い糸を用意するのは、貧しいトモゾウさんの家では難しいかも知れない。今のままでもカスケは自分にもやらせろと言って、大喜びで俺の手から凧糸を奪い取って走り始めたほどだし、余計な知恵をつけて逆に悲しませる必要はないように思う。だから糸を長くすれば空に浮いたままに出来るということはカスケには黙っておくことにした。
「ヒコザ先輩って、実はすごい方なんですね。あんなもの初めて見ました」
「あはは、実は糸を長くすればもっと高く上がるし、うまく糸を引くと走らなくても空に浮いたままになるんですけどね」
「は……はい?」
「え? 俺なんか変なこと言いました?」
ユキさんにだけはこっそり凧あげの醍醐味を語ろうとしたのだが、突然彼女の顔色は青ざめ、唖然とした表情になったように見えた。どうしたんだろう、具合でも悪くなったのかな。どうせなら彼女にもすごいすごい、みたいなノリではしゃいでほしかったんだけど。
「あの……凧というのが浮いたままに出来るというのは……ほ、本当なのですか?」
「え? あ、はい。今言った通り風があって糸の長さが充分なら」
「ヒコザ先輩……」
「はい?」
「それ、誰にも言っちゃだめですよ!」
どういうわけかユキさんは険しい表情になって俺に耳打ちした。彼女の懸念はしばらくして現実のものとなるのだが、その時の俺にはなぜ彼女がそんなことを言ったのか理解出来なかった。