第十三話 破談は絶対に嫌です!
「ちょっと待って、一緒に風呂ってのはさすがにマズいってば!」
俺は今、ウイちゃん以外の女の子たちに腕を引かれ、背中を押されして風呂場まで連れて行かれそうになっている。必死に抵抗してはいるが、相手が女の子とはいえさすがに四人の力には敵わない。何とかこの場を乗り切る方法はないものだろうか。
「いいじゃないですか先輩。私たちは水着を着れば済むことですし」
「そうです。そしてご主人さまの体は私たちがきちんと洗って差し上げますから」
「いや、だいたい皆水着なんて持ってきてないでしょ?」
「えへ、バレちゃいましたか」
えへ、じゃないってばアカネさん。それに皆で俺の体を洗うって、今はまだある意味拷問みたいなものだから。想像するだけで昇天しそうになるけど、そういうのはちゃんと結婚してからにしてくれ。叶うならすぐにでも結婚したいとは思うけどね。
「こんなのが母ちゃんにバレたら、皆母ちゃんの信頼を裏切ることになるんだよ」
「え? お母様の信頼……どうしてですか?」
「母ちゃんはまさか皆がこんなことするなんて思ってないから泊まっていいって言ったんだし、信頼してるから俺たちを残してわざわざ一度行って帰ってきた山小屋に出かけたんだと思う」
ようやくここで俺を引っ張る皆の力が緩んだ。本当ならその隙に逃げたいところだが、そうすると俺が彼女たちを嫌がってるみたいだからね。俺も皆のことを信頼することにするよ。
「一緒に風呂に入るのが嫌だってわけじゃないんだ。俺も皆も水着を着てとかなら全然問題ないよ。でも俺たちはまだ結婚したわけじゃないし、サトさんは違うけど学生で年齢だって若いでしょ。それに俺だってさすがに全裸の皆に体なんか洗われちゃったら我慢出来る自信ないし」
全裸と言ったところで、幽霊姫まで含めた全員が頬に手を当てて恥ずかしがる素振りを見せてくれた。よし、あと一押しだ。
「そうなったら誰かが妊娠しちゃうかも知れないし、閣下や母ちゃんに俺は何て説明すればいいのかな」
「そ、それは……」
ユキさんはもし自分が妊娠してしまったとして、それを父である男爵閣下に説明する場面を想像したのだろう。俺の腕から手を放し、困惑気味にうつむいてしまった。ちなみに男性の割合が少ないこっちの世界では、基本的に避妊は考えられないのである。
「今はアカネさんは第二夫人、サトさんは第三夫人、カシワバラさんは第四夫人て予定になってるよね」
名前を呼んだ三人が真剣な面持ちで肯く。
「正妻になる予定のユキさんより先に妊娠しないって言い切れるのかな」
「うぅ……」
「俺は閣下から皆と結婚することに関してはお許しを頂いてるんだ。だけどその条件はユキさんを一番にすることなんだよ。これが守れなかったらどうなると思う?」
「旦那様に怒られると思います」
恐る恐るアカネさんが応えてくれた。しかし俺はそれに対して大きく首を横に振って否定する。
「怒られるだけじゃ済まないと思う。ユキさん以外は仕事を失ってお城を追われることになるんじゃないかな。でもって俺は出入り禁止、最悪は全員と破談になるだろうね。そんなの俺だって考えられないし、皆も嫌でしょ?」
「は、破談……」
これにはユキさんも含めた未来の嫁たち四人ともが、ショックのあまり真っ青になっていた。一人ウイ姫だけは、興味深げに事の成り行きを見守っているといった感じだ。頼むから余計なこと言ったりやったりしないでね。
「だからさ、お風呂に一緒に入るならちゃんと水着があるときにしようよ。それから今は洗いっこはなし。結婚してからの楽しみにとっておかないか?」
「そ、そうですね。ヒコザ先輩の言うとおりだと思います」
「私も、ご主人さまの意見に賛成です。破談は絶対に嫌です!」
「私も!」
「私もです」
「皆分かってくれてよかった。ありがとうね」
ここでようやく俺は完全に解放されたので、せめて一人ずつ抱きしめることにした。大きなチャンスを捨てたのだ。俺にだってそのくらいのご褒美があっていいと思う。皆柔らかくていい匂いがして、俺はバレないように目から心の汗を流すしかなかったんだし。
かくして童貞卒業の機会を自ら潰した俺は、悶絶しながら一人で夜を過ごしたというわけだ。まあこの状態で夜這いなんかに来られたら、間違いなく理性は吹っ飛んでいただろうね。
ところが翌朝、早々に山小屋から戻ってきた母ちゃんが、選りによって皆のいる前でとんでもないことを口走った。
「それでヒコザ、孫の顔はいつ見られるんだい?」
台無しだよ。母ちゃんのこの言葉で、皆が一斉に俺を睨みつけてきたのは言うまでもないだろう。




