第十一話 褒美はそうだな、アヤカではどうかな?
「ね、ねえ、ユキさん」
「はい?」
「本当に俺が陛下に言上するの?」
俺はユキさんに連れられて今、王城の中を謁見の間に向かって歩いている。案内役の人が同行しないのは、彼女が単独でも城内通行を許可されているかららしい。他の女の子たちと幽霊姫は、さすがに王城にはおいそれと入れないのでお留守番である。
「もちろんです。言いだしっぺはヒコザ先輩なんですから」
「言いだしっぺって。でもこういうことはちゃんとお父上……男爵閣下にお伝えして、閣下から陛下に伝えてもらった方がいいんじゃない?」
「お父上には私から後で伝えておきます。それより先輩いいですか、よく聞いて下さい」
ユキさんは急に立ち止まり、体を俺の方に向けて人差し指を立てた。
「な、なに?」
「イシダ家は私のタノクラ家と同様、陛下に忠誠を誓った貴族です。その逆賊の行為を陛下にお伝えするというのは、大功を立てるということなのです」
「そんなにすごいことなの?」
「考えてもみてください。逆賊が謀反を起こして内乱にでもなれば地は踏み荒らされ、罪のない多くの領民が犠牲になることでしょう。それが未然に防げたとなれば、恩賞は領地付きで爵位という可能性だってあるんですよ」
「え……しゃ、爵位?」
「もしかしたら先輩がタノクラ家に婿入りするのではなく、私がコムロ家に嫁入りすることになるかも知れません」
「てことはコムロ……ユキさん?」
「はい!」
試しに呼んでみると、ユキさんは少し赤くなりながらニッコリ微笑んで応えてくれた。俺がタノクラ・ヒコザになるよりも、コムロ・ユキの方が何となく響きがいいじゃん。
「まあ今回は内乱まではいかなかったでしょうけど、それだって今後は分かりませんからね。どちらにしても大手柄だと思いますよ」
「そっか、分かった」
ユキさんのお陰でちょっとだけ勇気が出たような気がする。それから程なくして俺たちは謁見の間に辿り着いた。
「よく参った、コムロ・ヒコザ。久しいのう。息災であったか?」
「は、はい!」
大きな部屋に入ると側近のガモウ閣下から堅苦しい挨拶は不要と言われ、陛下は玉座から立ち上がって俺とユキさんを歓迎してくれた。
「突然の来訪には驚いたが、ユキとそなたならいつでも歓迎するぞ」
「もったいなきお言葉、感謝の念に堪えません」
ユキさんが優雅にスカートの裾をつまんで一礼したので、俺も教えられていた通りに右腕を胸に当てて腰を曲げた。
「して早速だが用向きは何かな?」
「それはこちらのコムロ・ヒコザ殿より申し上げます」
「ほう、さてはコムロ・ヒコザよ、ユキを孕ませでもしたのか?」
「は、孕ま……」
ユキさん、真っ赤になって絶句しないで。にしてもうちの母ちゃんだけでなく陛下までそんなことを。
「陛下、お言葉が下品ですぞ!」
「ノリヒデ、気にするな」
「うぬぬ……で、どうなのだ?」
「はい?」
陛下にこれ以上言っても無駄だと思ったのか、ガモウ閣下はその矛先を俺の方に向けてきた。
「はい? ではない。ユキ殿を懐妊させたというのは本当かと聞いているのだ」
「し、してません!」
「何だ、つまらん。てっきり余はその報告に参ったのかと思っていたぞ」
「陛下に申し上げます」
「どうしたユキ、許す。申してみよ」
「私が妊娠したとして、何故その報告を陛下がお待ちになられておいでなのでしょう?」
そうか、ユキさんは自分の本当の素性を知らないんだった。だがそこはさすがに陛下だ。
「そなたはアヤカの付き人でもあるから気にするのは当然であろう?」
顔色一つ変えることなく、あっさりと切り返してしまった。
「左様でございましたか」
ユキさんは自分の質問と微妙にずれた応えが返ってきたせいで複雑な表情だ。しかし相手が陛下だということで、これ以上の追及は出来ないと判断したのだろう。ユキさんが本当に聞きたかったのは多分、何故陛下が報告を楽しみにしているのか、ということだったはずだ。
「ところで話がそれでないとすると、余に何が言いたいのだ?」
「は、はい、陛下に申し上げます!」
「だから早く申せと言っている」
ユキさんの真似をしたのに、何か間違ってたのかな。ガモウ閣下に急かされてしまった。
「実は――」
そこでようやく今日の本題、イシダ家の反逆の事実を話すことが出来た。でもあれ、何だかあんまり緊張せずに話せたぞ。もしかして今までのやり取りは俺の緊張をほぐすためのものだったのだろうか。そうだとしたらやっぱり陛下はすごい人だ。
「それは誠偽りのない話なのだな?」
「はい。陛下もご存じかと思いますが、元タケダのくノ一だったカシワバラ・スズネの言でございます」
「相分かった。ノリヒデ、すぐにサキチを呼んで調べよ」
「御意」
「他に話はあるか?」
「いえ、ございません」
「ならば大儀であった。もしこのことが誠であれば、褒美はそうだな、アヤカではどうかな?」
「陛下!」
今度は慌ててユキさんが陛下に抗議している。王女殿下を褒美にって、それじゃ爵位じゃなくて王位になっちゃうじゃんか。
「冗談だ。いや、そうでもないか。とにかく追って結果は知らせよう。二人とも、下がってよいぞ」
そうでもないかって、めちゃくちゃ気になるのに陛下に下がれと言われた以上は帰るしかない。俺とユキさんはわだかまりを残したまま、王城を後にしたのだった。




