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第九話 お嬢様はお怒りになってるんだろ?

 実のところうちの母ちゃんの料理はそこそこ美味いと思う。もちろんタノクラ男爵のお城で出されるプロの料理人のそれに比べたら劣るかも知れないが、家庭の味というのは何物にも代えがたいスパイスが効いているのだ。


「とっても美味しいです!」

「本当です。こんなの食べたことがありません」


 それでも、日頃から高級食材を使用した料理に慣れているユキさんたちの口に合うか心配したが、どうやら杞憂(きゆう)だったようだ。二人に加えてサトさんもカシワバラさんも、物凄い勢いで母ちゃんの手料理を口に運んでいた。


「嬉しいねえ、若いお嬢さんたちにそんなに美味しそうに食べてもらえると、作った甲斐があったってもんだよ」

「あ、母ちゃん悪い、こぼしちゃったから布巾(ふきん)絞ってきてくれるかな」

「何だいアンタは、行儀悪いね」

「母ちゃんすまん、水」

「全く、水くらい自分で汲めないのかい」


 俺が母ちゃんに色々頼んでいるのには訳がある。こうして母ちゃんが席を立った隙に、ウイ姫が俺に取り憑いて食事を堪能するためなのだ。誰かに取り憑かないと、幽霊である姫君は味や食感を感じることが出来ない。そこで仕方なく俺の体を貸しているというわけだ。


「ヒコザから聞いたよ。男爵様を怒らせて三日間も食事抜きって言われたんだって? どうせまたうちのバカ息子が何かやらかしてとばっちりを受けたんだろ。かわいそうに」


 母ちゃん、頼むから食ってる時に頭をひっぱたくのはやめてくれ。


「いえ、そんなことは……」


 まさか呼び方が原因でそうなったとは、さすがに言えないよね。四人とも恥ずかしいのか、ちょっと赤くなってて可愛い。


「そう言えば父ちゃんは?」

「ああ、何だか寒気がするとかで奥で寝てるよ。さっきまで元気だったのにどうしたのかねえ。幽霊がいるわけでもないのに」


 忘れてた。父ちゃんはわりと霊感があってたまに見えないものが見えたとか言うのだが、本人は幽霊の類が大の苦手なのである。きっと姫君に反応してのことだと思うが、父ちゃんごめん。でもこの幽霊は多分悪さはしないから大丈夫だと思うよ。イタズラはするけど。


「それはそうとヒコザ、アンタこの娘さんたちの中で誰が本命なんだい?」

「か、母ちゃん!」


 唐突な母ちゃんの言葉に、俺もユキさんたちも一斉に吹き出しそうになる。食事してる時にそういうのはやめてくれよ。大惨事になるところだったじゃないか。ところが母ちゃんは尚も続ける。


「まあ男爵様のお嬢様は身分的にあり得ないとして、他の四人は平民なんだろ?」


 ウイちゃん、そこで勝ち誇った顔をユキさんに向けるのはやめなさい。あとユキさん、あり得なくないから茫然(ぼうぜん)自失(じしつ)を絵に()いたように青くならない。


「い、いや、母ちゃん、実はさ」

「お母さまと呼ばせて下さい……きゃっ!」


 きゃっ、じゃないからアカネさん。いきなり何を言い出すのかと思ったら。いずれそうなるとは言っても今はまだ早いからね。


「私も、お母さまと呼びたいです」


 サトさんまで、アカネさんに(あお)られないでよ。


「私は母上さまと……」


 カシワバラさん、わざわざ居住まい正してまで言わなくていいんだよ。


「私は……」


 お願いウイちゃん、もうやめたげて。


「ヒコザ、アンタまさか本当に皆さんを(はら)ませたりしてないだろうね!」

「痛い痛い母ちゃん、痛いって」


 彼女たちの様子を見た母ちゃんは、俺の耳を力いっぱいつまんで引っ張る。ちぎれる、ちぎれるってば母ちゃん。


「お母さま!」


 ところがそこでいきなりテーブルに両手をつき、ユキさんが大きな声を出した。あまりの鬼気迫る表情に、その場にいた全員の動きが止まる。


「申し上げたいことがあります」


 ちょっとユキさん、何を言おうとしてるのかな。


「な、何ですか、お嬢様?」

「私は……私は……」

「……?」

「わ、私がヒコザ先輩の正妻です!」

「な、何ですって! ヒコザ、アンタ一体お嬢様に何をしたんだい! ほら、とにかく謝んな!」

「いや母ちゃん、何で謝るんだよ?」

「何でって決まってるじゃないか。アンタが何かとんでもないことをやらかしたからお嬢様はお怒りになってるんだろ?」


 母ちゃんの言葉に俺も含めた皆がキョトンとする。


「母ちゃん、いいから落ち着いてくれ」

「落ち着いてなんていられるもんかい! お嬢様、私からもお詫び致しますから、どうかうちのバカ息子を許してやって下さい。ほら、アンタも(ほう)けてないで頭を下げな!」

「あ、あの、お母さま……?」

「母ちゃん、どうしてユキさんが怒らなきゃいけないんだよ?」

「そんなの知らないよ。だけどお嬢様が今おっしゃったじゃないか」

「え、私?」


 ユキさんは自分で何を言ったのか思い出そうとしているようだが、怒りを表す言葉を吐いた覚えはないといった様子である。当然だ、そんなこと言ってないのだから。


「母ちゃん、ユキさんが何て言ったって言うんだよ?」

「聞いてなかったのかい、このバカ息子! お嬢様はアンタに制裁だとおっしゃったんだよ」

「俺に……せいさい?」


 母ちゃん、それは盛大な勘違いだよ。


 この後ユキさんが俺の正妻になる予定だと説明したのだが、ようやく意味を理解した母ちゃんは、そのまま気を失ってしまったのだった。

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本作の第二部は以下となります。

暴れん坊国王 〜平凡だった俺が(以下略)〜【第二部】

こちらも引き続きよろしくお願い致します。

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ストックはすでに五話ほどあります。

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