第七話 こちらのお嬢さん方も孕ませたんじゃないだろうね!
「おやおや、男爵様のお嬢さんと、それにアンタは確か不憫な子だったかね」
「母ちゃん、何でいるんだよ?」
俺がユキさんたちを連れて自宅に戻ると、避暑地に行っているはずの母ちゃんが出迎えてくれた。どうやら涼しい以外に何もない山小屋には早々に飽きてしまったらしい。
「何でって、ここはアタシの家じゃないか。馬鹿なことを言う子だよ」
さすがにユキさんを見ても、もう慌てるようなことはないようだ。ちなみに母ちゃん、アカネさんは不憫な子じゃねえから。
「それより他のお嬢さんたちは誰なんだい?」
そこでそれまで呑気に鼻歌を歌っていた母ちゃんの顔色が変わった。俺は危険を察知したが時すでに遅く、例によってまた首根っこを掴まれてしまった。
「ま、まさかアンタ、男爵様のお嬢さんだけじゃ飽き足らず、こちらのお嬢さん方も孕ませたんじゃないだろうね!」
「孕ま……」
飽き足らずって待て待て、どうしてユキさんを孕ませたって前提になってるのさ。それから四人とも、さも妊婦さんのように自分のお腹をさすらない。まだそういうことしてないでしょ。
「違うって! いいから母ちゃん、あっち行っててくれよ。あ、それから母ちゃん……」
俺はボソボソと母ちゃんに耳打ちして、何とか部屋の外に追い出した。これでようやく部屋が少し静かになる。
「はあ、食べられないと思うと何だかお腹が空いてきました」
「そうですね。三日間もご飯抜きだなんて、お父上もあんまりです」
アカネさんが情けない声で発した言葉に、ユキさんもがっかりした表情で同調している。
「自業自得だよ。俺が止めたのに聞かないから」
「でも元はと言えば先輩がウイ姫様をウイちゃんなどと呼んだからですよ!」
「い、いや、それは……」
そこを追及されると返す言葉もないんだけど。
「それより、おナミちゃんとスケサブロウ君のことはどうするのさ。このまま放っておくつもり?」
「先ほどヒコザ様はこの国の王女様に間に入って頂くのはどうかなどと申しておられましたわね」
「ダメですよ。アヤカ様は公務でお忙しいでしょうし、第一このような色恋沙汰に王家を巻き込むなど許されるはずがありません」
ユキさんの言う通りだ。自分で言い出しておいて無責任だとは思うけど、姫殿下に間を取り持ってもらおうという考えは思慮が足りなかった。それにあの姫殿下のことだ。言えば絶対に面白がって首を突っ込んでくるに違いない。
「おナミちゃんはあんなに可愛いのに一途だし、性格もいいから皆応援したいと思っているんです」
「皆って、クラスメイトとか?」
「彼女を知っている三年生女子全員ですね。男子は色々とやっかみもあるみたいですけど」
俺の目からするとおナミちゃんはケイ先輩よりも更にブサイクに見えるから、こっちの基準では別格の美少女なのかも知れない。それなのに性格がよく、追いかけているのが醜男のスケサブロウ君となれば、高感度が爆上がりになるのは当然だろう。
「そうなるとウメチヨ様を何とかするしかないってわけだよね。いっそ二人を剣術で勝負させるとか」
「貴族相手では、たとえ試合でも平民が打つのは難しいでしょうね。それに試合に勝った瞬間に無礼討ちされたら元も子もありません」
「まさか、いくら何でも試合なんだから、それで負けたからって無礼討ちにするなんて」
普通では考えられない。そんなことをすれば貴族としてのイシダ家の家名にも傷が付くのではないだろうか。しかし俺の言葉にユキさんは大きく首を左右に振る。
「先輩はご存じないでしょうけど、剣術の試合は言わば家の名誉を賭けたものなのです。その試合で平民が貴族に勝ってしまったとなると、勝ち負けより家の名誉を傷つけたということになるんです」
「それってもう試合じゃないよね」
「もちろんです。ですから公の剣術の試合では、貴族と平民が当たらないように対戦相手が組まれます。ただ、互いに望んだ場合には試合が行われることもあります。その場合でも実際に試合に負けた貴族が、相手の平民を無礼討ちにするなどということは滅多にありません」
「滅多にって、そういことも過去にはあったってこと?」
「平民が決まりを守らずに卑怯な手を使った、というのが以前にありました」
なるほど。それなら斬られた人には可哀想だけど、無礼討ちは周りも納得することだろう。だが町道場とは言え師範代まで務めるほどのスケサブロウ君が、そのような真似をするとは思えない。試合になれば正々堂々と勝負し、ウメチヨ様を打ち負かすのは間違いないだろう。
しかしそうなると問題は負けた後のウメチヨ様である。素直に引き下がってくれればいいが、飽きっぽい性格というのは得てして激情タイプが多い。その場の気まぐれで何をしでかすか分かったものではないのだ。それにそもそもウメチヨ様が試合に応じるという保証はどこにもない。
「あの、少しよろしいでしょうか」
そこに突然、申し訳なさそうに話に入ってきたのはカシワバラさんである。
「どうしたの?」
「そのイシダ家というのは、もしやイシダ・サキチ男爵家のことでしょうか?」
「そうですけどカシワバラ先輩、何か妙案でも浮かんだんですか?」
「いえ、妙案というわけではないのですが……」
カシワバラさんが語った事実、それは俺たちにとって予想もしなかった驚くべき内容だった。




