第六話 行くってどこへですか?
タノクラ城の食堂では、メイドさんたちによってテーブルに次々と料理が並べられていた。肉料理に魚料理、サラダに飲み物や菓子の類まである。どれも美味そうだが、その量はとても女の子四人で食べきれるとは思えない。
「皆本当にやるの? サトさんは分かってるんだよね?」
「それはそうですけど……でも、コムロ様に呼び捨てにして頂けるならがんばります!」
「そもそも先輩がウイ姫様をウイちゃんなどと呼んだからこんなことになったんです」
「だからそれは……」
これは言っても聞いてもらえそうもない。とすれば後は姫君に手加減してもらうより他はないのだが、かと言って負けられると俺が皆を呼び捨てにする羽目になる。嫌ではないが、急に呼び方を変えるのはちょっと気恥ずかしい。何か妙案はないものだろうか。
「これは一体何事かね?」
そこへ現れたのはこの城の当主でありユキさんの父親でもある、タノクラ・サキノスケ男爵閣下だった。俺たちがお城に着いた時は外出中とのことだったが、民族衣装のような正装を身に纏っているということは、行っていた先は王城だったということだろう。俺は閣下にウイ姫の紹介と、事の成り行きを簡単に説明した。
「馬鹿者!」
ところが粗方の内容を聞いたところで閣下は険しい表情で大声を張り上げた。俺が驚いたのは言うまでもないが、普段から仕えているアカネさんたちの怯えようは尋常ではなかった。
「お前たちはこの食糧が何なのか分かっておらんのか! これは我が領民が汗水垂らして作り、育てた大変に貴重な物なのだ。それをこともあろうに下らん勝負などに費やそうなどとは言語道断! 恥を知るがよかろう」
「旦那様、申し訳ございません」
アカネさんが深く腰を折って詫びると、サトさんとカシワバラさんもそれに倣う。
「許さん! 罰としてアカネ、サト、スズネは三日間この城での食事は抜きだ。それからユキ、お前もだ」
「そんな、父上……」
「タノクラ殿、悪いのは私でございますわ。罰をお与えになるのでしたら私に」
「アザイの姫と申されたな。済まんが儂は幽霊に罰を与える術を持たぬ。だがこの世に留まり続けると言うのであれば、軽々しい行動は慎んで頂きたい」
「肝に銘じます」
これにはさすがのウイ姫様も少しばかりシュンとしていた。元王族の姫君として、庶民のことに考えが及ばなかったのは浅はかだったと思っているのだろう。
「それからコムロ君、君はもっとしっかり娘たちを導いてもらわんと困るぞ」
「はい、申し訳ございません。ですが閣下、三日もの間食事抜きというのは……」
そう言いかけたところで閣下は人差し指をちょいちょいとやって、俺を彼女たちに気付かれないように呼び寄せた。
「……ということだ」
「な、なるほど」
「分かったら娘たちを連れてさっさと行け。この料理は儂らと残った城の者で頂くこととする」
「アカネさん!」
その時俺の目に、こっそり料理を摘まもうとしているアカネさんの姿が映った。きっと三日間食べられないと思って、少しでも腹に入れておこうと考えたのだろう。子供というか何というか、行動が彼女らしくて微笑ましい。
「皆、行くよ」
「行くってどこへですか?」
席を立った俺を見て半分腰を浮かせながら、ユキさんが不思議そうに尋ねてくる。
「まあいいから付いてきて。アカネさんもサトさんもカシワバラさんもね」
「あの、私は……?」
「もちろんウイちゃんもだよ」
そこでまた四人の鋭い視線が俺に突き刺さったが、それも一瞬のことだった。彼女たちはこれまでのやり取りを思い出したのか、その後すぐに項垂れていた。
大丈夫、皆には辛い思いはさせないから。俺はそう心に決めて、女の子たちを引き連れてタノクラ城を後にするのだった。




