第三話 いざとなったら私と逃げてね
「えっと……」
「あっ、すみません! お怪我はありませんか?」
最初に俺に声をかけてくれたのはおナミちゃんと呼ばれていた少女だった。姫君はその様子を相変わらず興味深げに眺めている。
「あはは、俺は大丈夫だけど、そっちのスケサブロウ君だっけ? 平気だったかな」
「スケサブロウ君なら大丈夫です!」
「おナミちゃん、苦しいよ……」
「ダメ! 離したらまた逃げるもん」
そう言っておナミちゃんは、更に彼を締め付ける腕に力を入れたようだ。半分ヘッドロックのような感じになってるから、あれは相当苦しいと思うよ。現にまともに声を出せないみたいだし。
「と、ところでその彼、何か悪さでもしたの?」
「違うんです! 聞いてくれますか?」
「聞くのはいいけど彼、本当に苦しそうだよ」
「あっ!」
多分息の根が止まる寸前だったんじゃないかな。スケサブロウ君はようやく呼吸が出来るようになって、地面に両手をつきながら肩を上下させている。それでもおナミちゃんは完全に彼を解放する気はないようで、腕だけはしっかりと絡めていた。
おナミちゃん曰く、彼女とスケサブロウ君は幼馴染みらしい。それこそよくある、大きくなったら結婚しようという子供の約束までしていたそうだ。その約束を頑なに信じ続ける彼女と、幼い頃の戯れ言と逃げまくる彼、そんな状況だったようだ。
「だっておナミちゃん、ウメチヨ様と付き合うんでしょ?」
「だからあれはウメチヨ様が勝手に言ってるだけだってば!」
「でもウメチヨ様は僕なんかと違ってすごいイケメンだし、おナミちゃんとならお似合いじゃないか」
「スケサブロウ君、それ本気で言ってるの?」
なるほど、可愛いおナミちゃんにウメチヨというイケメンが言い寄っていて、醜男スケサブロウ君は勝ち目がないと思って逃げていたわけか。
「それに向こうは貴族様だし、どう考えてもウメチヨ様の方がいいに決まってるよ」
「あら、それは違うと思いますわよ」
それまで黙って事の成り行きを見守っていた姫君が、急に割って入ってきた。
「私はおうぞ……」
「ウイちゃん!」
「こほん、女は身分なんかにはとらわれませんの。もちろんそういう方もいらっしゃることは存じておりますが、少なくともおナミ殿は身分や容姿のことなど気にしておいでではないようですわ」
一瞬自分が元王族であることをバラすのかと思ってヒヤッとしたけど、姫君にしては珍しくまともなことを言っていると思う。それに人の心が読める彼女は、おナミちゃんの心の中も覗いた上で言っているのだろう。
「この人、ええと……」
「申し遅れました。私はウイと申します。気軽にウイちゃんと呼んで下さいね。ついでにこちらはヒコザ様、コムロ・ヒコザ様ですわ」
姫君はよほどウイちゃんという呼び名が気に入ったと見える。てか俺はついでかよ。
「そう、こちらのウイちゃんの言う通り! 私は子供の時からずっと、誰が何と言おうとスケサブロウ君のお嫁さんになるって決めてるんだから!」
「でも……」
「それともスケサブロウ君は私のことが嫌い?」
「そ、そんなことあるわけないじゃないか。ただおナミちゃんと僕とじゃその……色々と釣り合いが取れないというか何と言うか……」
「ねえスケサブロウ君、私たちは平民同士だから身分の差はないし、一度でも容姿のことでスケサブロウ君をバカにしたことがあった?」
「ない……と思う」
「ないわよ! 断言出来るもん! それに私にとってはスケサブロウ君の方がウメチヨ様よりイケメンに見えるし」
あ、おナミちゃんがちょっと照れてる。うん、これは間違いなくホンモノだから信じていいと思うよ、スケサブロウ君。
「じゃあウメチヨ様からの結婚の申し込みはどうするんだよ?」
「断るわよ、決まってるじゃない!」
「でもそれじゃ……」
「スケサブロウ君は心配しなくていいの! それよりいざとなったら私と逃げてね」
あれ、二人の会話からすると、断ったら何かマズいことでもあるような口ぶりだな。姫君の好奇心に火が付かなければいいんだけど。それでも何となくおナミちゃんとスケサブロウ君が仲直り出来たようなので、ウイ姫も一安心といったところだろう。
「ところでヒコザ様、珍しく、とはどういう意味ですの?」
「あ、あれ、そんなこと言ったっけ?」
マズい、この幽霊は何だかんだと根に持つタイプらしい。さっきうっかり考えたことを思い出して、俺の顔に滝のような汗が湧き出ていた。




