第一話 私もう待ちきれません
「それで、どうしてうちに姫君がいるんです?」
「嫌ですわヒコザ様、そんなつれないお言葉」
「俺たちが帰る日に成仏するんじゃなかったでしたっけ?」
「あら、あんまり冷たくなさると誰かに取り憑いて初めてを奪いますわよ」
ちょっと待った、それ本当にマズいから。誰に取り憑かれても抗える気がしないよ。しかもこの姫君の言うことはやたら真に迫ってるから質が悪い。
実はバーベキューの時、ウイ姫は一番耐性のなさそうなサトさんに取り憑いて、もの凄い勢いで肉を平らげていたのである。その後のサトさんの哀れなことと言ったらなかった。自分のキャパ以上に食べさせられたもんだから、翌朝まで苦しそうにしてたっけ。本人の名誉のために細かいことは言わないでおくけど。
「わ、分かりましたから。洒落にならないんでそれだけはやめて下さい」
「うふふ。ヒコザ様は私がお嫌いかしら?」
「そんなことは……」
嫌いではないですよ。幽霊にしておくのは惜しいくらいに可愛いし、生身なら第五婦人にってナシナシ、今のはナシ!
「私が成仏しないのは未練が出来ましたからですの。ヒコザ様のお嫁さんにして頂きたいという」
「いや、待って下さい。いくら何でも幽霊を嫁にするのは……」
「お嫁さんにして下さるとおっしゃって頂けたら、未練もなくなって成仏出来るかも知れませんわよ」
「その手には乗りませんから。そうしたら今度は本当に嫁になりたいって未練が残るんじゃないですか?」
「まあ、バレてしまいましたか」
海水浴から帰ってきた俺は久しぶりに一人、自宅でのんびりしているところだった。そこへ言葉通りに成仏しなかったアザイの姫君が現れたというわけである。どうやらこの幽霊姫は当分成仏するつもりはないらしい。
「そう言えば聞きたかったんですけど、俺が魔法刀から離れたら姫君のことは見えなくなるんですか?」
「それは定かではありませんけど、多分一度波長が合っているので見えなくなることはないと思いますわ」
「そうですか……」
「まあ、どうして残念そうにされますの? 私だって傷つきますのよ」
「あ、いや、決してそういうわけでは……」
いわゆる霊障的な悪さはしないのだが、どうもこの姫君はイタズラ好きというか何というか。すぐに調子に乗るきらいがあるので困る。
「ならばヒコザ様、今日は二人きりですし城下を案内して下さいませんこと?」
「はい?」
「私生前は自分の意思でアザイの領内から出たことがございませんの。ですからぜひこのオオクボの領内を散策してみたいと思うのです」
その程度の頼み事なら断る理由はないが、如何せん何をしでかすか分からない相手だ。ここは一つ条件を出すことにしよう。
「それは構いませんが姫君、守って頂きたいことがあります」
「何をですの?」
「普通の人として振る舞って下さい」
俺と一緒にいるということは、他の無関係な人からも姫君の姿は見えるということだ。だとするならば正体がバレたらとんでもない騒ぎになるだろう。
「心得ておりますわ。幽霊ということが分からなければよろしいのですわよね?」
「ま、まあそうですけど」
本当に大丈夫なのかな。
「では善は急げです! ヒコザ様、お支度をなさって下さいませ」
「分かりました。ちょっと待ってて下さいね……あの、着替えるので外に出ていてもらえませんか?」
「すでに色々と見せて頂きましたのに、今さら何を隠そうとなさるのです?」
「ですからぁ!」
「うふふ、冗談です。お早くなさって下さいね。私もう待ちきれません」
こうして不本意、と言うほどのこともないが、俺は姫君と城下でデートすることになってしまった。まあ普通にしててくれれば可愛い女の子なんだし、悪い気はしないんだけどね。
「ヒコザ様、手をつないだりあーんしたりしましょうね」
「あ、あーん?」
前言撤回、嬉しそうに笑う姫君はめちゃくちゃ可愛かったが、俺には嫌な予感しか感じられなかった。




