第七話 行ってきます!
「この辺りの警察は規模が小さく、盗賊を相手にするには些か心許ないのです。その上屋敷はタノクラ家の支配下にはございませんので、ご協力を仰ぐこともままならず」
あそこは外国と同じ扱いだから、こちらの警察も動くに動けないということか。
「ですが私たちもタノクラ家の者ですから同じだと思いますけど」
「はい。もちろんご協力いただけるということでしたら、我がアザイ家は皆さまの領内立ち入りを拒むものではございませんので」
「あの、一ついいですか?」
そこで俺はどうしても解せない疑問を投げかけることにした。
「どうぞ」
「見ての通り俺たちは十代半ばの少年少女です。それはこのユキさん、タノクラ男爵令嬢も同じ事です。それなのにどうして危険な盗賊相手をさせようと考えたのですか?」
「ごもっともなご指摘です。しかしながらあなたたちは並の大人より頼りになりそうだ」
確かにユキさんにアカネさん、カシワバラさんはそこらの警官や兵士よりも戦力になると思う。だけどカイホウさんがなぜそれを知っているのかが分からない。心の中にそんな疑問も浮かんだのだが、その時の俺はどういうわけかそれが些細なことにしか感じられなかった。
「どうでしょうヒコザ先輩、お姫様の事も気になりますし、ここは私たちで力をお貸しするというのは」
「私もお嬢様に賛成です。盗賊は斬っても構わないのですよね?」
アカネさんは物騒なことを言っているが、物盗りならいざ知らず拐かしは死罪である。そして王国にあっては警察権のない者でも、人質救出のためであれば賊を討っても罪に問われることはないのだ。
「貴国の法ではそのように定められていると存じております。無論我がアザイ家も同様です」
王国とアザイ家を並べて語るということは、やっぱりどこかの国の王族なのかな。ここまで出かかっているのにどうしても思い出せないのがもどかしい。
「なら私も加勢します」
カシワバラさんも賛同したということは、これでタノクラ家女傑三人衆が揃い踏みだ。
「あの……私は……」
「サトさん、俺と君は戦力にはならないけど何か出来ることはあると思う。だから一緒にどうかな?」
「はい!」
いい返事だ。
「そういうことですのでカイホウさん、俺たちはお姫様の救出にお力添え致します。賊について分かっていることがあれば教えて下さい」
「何と心強い! 感謝致します」
賊のことで分かっていることは相手は三人で、いずれも忍びの心得があるらしい。手裏剣と忍者刀の使い手で、易々と屋敷に忍び込んだことを考えると、中に魔法使いが混ざっているかも知れないということだった。
「魔法使いがいるとなると厄介ですね」
「魔法使いとは言っても、忍びであれば使える魔法はせいぜい気配を消したり目眩ましをしたりといった程度だと思います。忍びの術と魔法の両方を会得するのは困難ですので」
これはカシワバラさんの言葉だ。
「魔法使いについてはいるかも知れないと申し上げただけで、実際にいたとしてもそちらのお嬢さんの言う通り、補佐的な魔法しか使えないと思います」
「と言うと?」
「専門の魔法使いであれば、姫様を攫うのに忍者の助けは必要ありませんので」
言われてみれば確かにその通りだ。魔法使いなら人知れず屋敷に忍び込み、中にいる人を攫って立ち去るなど造作もないことだからである。それにどの国でも高いレベルまで魔法を極めた使い手は希少で、一国に一人いればいい方だとも聞いた。そんな貴重な魔法使いを、捕まれば死罪となる拐かしなんかに使うというのはとても考えられないということだ。
「なるほど、他には何かありますか?」
「姫様が捕らえられている場所は、おそらく屋敷の南にある海蝕洞の中かと思われます」
「あ! あそこの!」
海蝕洞とは波に侵食されて崖などに出来た洞窟のことである。
「ユキさん、何か知ってるの?」
「そこも子どもの頃に母上から行ってはいけないと言われていた場所だと思います。確かあそこもうちの領地ではなかったはず……」
「はい、我がアザイ家の領地です。潮が引けば歩いて入ることも出来ますが、舟があった方が便利でしょう。舟はこちらでご用意致します」
カイホウさん曰く、舟は必ず洞窟の奥に繋ぐようにとのことだった。そうしないと潮が満ちた時に流されてしまうそうだ。
それと満潮になっても、洞窟の奥が海水で満たされて溺れるようなことはないと言っていた。つまり満潮時には入り口は完全に海に飲まれてしまうから出入りは出来ないが、慌てずに潮が引くのを待てばいいということである。
「敵はその洞窟に潜んでいるということでしょうか?」
「申し訳ございません。そこまでは分かりかねます」
そこに囚われていると分かっていながら、今まで一度も救けに行かなかったのだろうか。そんな疑問も浮かんだが、またしてもそれが俺の口から出ることはなかった。
「では善は急げ、ですね!」
アカネさんがやる気になっている。それに釣られるようにユキさんとカシワバラさんも大きく頷いていた。どうやら今日の海水浴はお預けになるようだ。もちろんそんなことより捕らえられたお姫様救出の方が優先だから、俺に異存はない。
それから俺たちはすでに身に付けていた水着の上から服を着て、俺とユキさん、それにアカネさんは腰に刀を差した。海水に浸かることも考えると水着から着がえる必要はないと思ったからだ。
カシワバラさんも刀に加えて何本もの苦無を用意している。サトさんには武器はないが、代わりにお姫様が牢などに入れられていた時のことを考えて金槌やら鉄切り鋏やらを持ってもらうことにした。これらは全てカイホウさんが用意してくれた物だ。
「行ってきます!」
「ご武運を」
それにしてもこの救出作戦にカイホウさんが加わらないのが不思議と言えば不思議である。しかしこれもまた些細なこととして、俺が口に出すことはなかった。




