第二話 まずはいくつかお店を見て回りませんか?
「ご主人さまぁ!」
水着を買いに行く日である。市場の入り口で待ち合わせた俺たちだったが、会うなりアカネさんが半べそで抱きついてきた。
「ど、どうしたの、アカネさん?」
「勉強が……怖いぃ」
なるほど、きっとスパルタで勉強を叩き込まれたのだろう。ユキさんのことだから全く容赦なかったんだと思う。
「よしよし、そんなにユキさん怖かった?」
「違うんですぅ。お嬢様はご自分の勉強をされていたので。怖かったのはカシワバラさんです」
そんなアカネさんが可愛かったので頭をなでなでしてたのだが、予想外の応えが返ってきたのには驚いた。
「え? カシワバラさん?」
言われてみればユキさんより学年が一つ上のカシワバラさんが先生役をやるというのは道理に適っている。
「ちょっとヒコザ先輩、その言い方はあんまりじゃないですか? それとアカネさん、先輩から離れて下さい!」
「アカネさん心外です。あれでも私は優しく教えていたつもりですけど」
待って待ってカシワバラさん、言葉は普通だけど表情に怖い影が見えるような気がするよ。
「あれのどこが優しいって言うんですか!」
言いながらアカネさんは近寄って来たカシワバラさんに怯えて俺の後ろに隠れてしまった。女の子に盾にされるのって、男としては頼られているようで何となく嬉しい気分である。
「ユキさん、カシワバラさんてそんなに怖いの?」
「わ、私は何とも……」
「怖いなんてもんじゃないんですっ! 答えを間違えると机の上に手を広げさせて、苦無で指の間をトントンて往復させるんですよ。それもすごい速さで。ちょっとでもカシワバラさんの手元が狂ったら私の指に穴が開いてしまうんですよぅ」
ああ、俗にナイフゲームって呼ばれてるヤツだ。って、あれを苦無でやるってかなり怖いぞ。
「カシワバラさん、それ俺も怖い」
「あら、今まで一度も……一度しか失敗したことはありませんよ」
「あるんかい!」
このツッコミにはユキさんにサトさんも加わって、俺も含めた四人の声が見事にハモっていた。
それはそうと今日の四人のファッションは夏らしくてとても可愛い。ユキさんは青と白のギンガムチェックのブラウスで脇腹の辺りで結び目を作り、下は膝丈の白い薄手のスカート。アカネさんは薄いオレンジの前ボタンワンピースで、白い襟がアクセントになっている。カシワバラさんは白の肩出しカットソーに、ライトブラウンのタックボリュームフレアスカート。そして初めて見るサトさんの私服は、グレーの七部袖Tシャツに白地に細い黒の格子柄があしらわれたハイウエストのミニスカートだった。皆どこかに白を入れているのは夏を涼しげに演出するためだろう。それにしてもやはりサトさんの胸のボリュームは破壊力満点である。
「それで、今日はどこから回る?」
普通に考えればさほど時間を要しないと思われる俺の水着から先に選ぶのが妥当だと思う。女の子の買い物は時間がかかるだろうし、それが今回は四人分ときている。
「そうですね……先輩、まずはいくつかお店を見て回りませんか?」
「市場内に水着を売ってるお店ってどれくらいあるのかな」
「確か五軒くらいだったはずですよ。ただ男性用の水着もそれなりに扱っているお店は大きいところ一軒だけですね」
応えてくれたのはサトさんだ。ユキさんの話によると、買い物の話をした時に彼女は相当喜んでいたらしい。下調べも買って出たということだったので、よほど楽しみにしていたに違いない。そんなサトさんを見ていると微笑ましく思える。
「ではその大きいお店は最後に回ることにしましょう」
これはカシワバラさんの提案である。しかしそうなると俺の分も最後に選ぶということになりそうだ。つまり、うまく立ち回れば女子用水着の海に放り込まれなくても済むかも知れないということになる。
「ご主人さまに選んでいただく順番はお嬢様、私、サトさん、カシワバラさんでよろしいですか?」
「私はそれで構いません。持ち時間は各自最大で半刻、その後半刻で最終的にそれでいいか決めてから先輩の水着を選びましょう」
俺の微かな希望が潰えた瞬間だった。あ、ちなみに半刻とは約一時間である。