第一話 野生の勘が働くみたいです
「海、ですか?」
タケダ王国から帰国して三カ月余り、気づけば季節は夏になっていた。背中の傷も完全に癒えた俺はこのところ平和な日々を過ごしている。そうそう、あの後姫殿下の計らいでアカネさんも同じ学校で学べることになったのだ。クラスは違うがユキさんと同じ学年だし、何より昼休みは二人の制服姿を堪能出来る至福のひとときである。久しぶりにカシワバラさんも一緒だ。
「ご主人さま、お嬢様と私とカシワバラさんと、それにサトさんも加えた五人で婚前旅行です。きゃっ!」
「アカネさん、モジモジしない!」
わざとらしく腰をくねくねさせているアカネさんをユキさんが嗜める。それを見ているカシワバラさんは口に手を当てて笑いを堪えているようだ。
それにしても未来の妻四人を引き連れて婚前旅行なんて、とうとう俺も大人の仲間入りを果たす時がきてしまったということだろうか。目の前の三人は薄い夏用の制服だしいい匂いするし、見ててなんかドキドキしてきたぞ。やっぱり一番最初はユキさんだよね。
「ヒコザ先輩、今エッチなこと考えてませんでしたか?」
「え? い、いや、その……」
「コムロさん、顔が真っ赤になってます」
相変わらずカシワバラさんは笑いを必死に我慢している。彼女のこんな楽しそうな姿を見ていると感慨深いものを感じるよ。
「お嬢様、皆でご主人さまを誘惑しちゃいましょう!」
「ちょ、アカネさん!」
「そうですね、それも楽しそう」
「ユキさんまで……」
「なら今度のお休みに市場へ行って、皆の水着をコムロさんに選んで頂くというのはいかがですか?」
「え、ええっ!」
「賛成!」
カシワバラさんの提案に、ユキさんもアカネさんもノリノリで賛成に回っている。そりゃ女の子の水着を選べるなんて男冥利に尽きるというものだが、俺の体力が持つかどうかが心配だよ。
「で、でもさ、女子用の水着売り場に男の俺が行ったら変態扱いされないかな」
「私たちの誰かと一緒にいれば大丈夫ですよ」
カシワバラさんはどうやら俺を逃がしてくれる気はないらしい。
「先輩、そんなこと言いながら鼻の下が長くなってますよ」
「ご主人さまとお買い物なんて初めてで楽しみです!」
「コムロさんは水着お持ちなんですか?」
「言われてみれば学校指定の水着以外はもうサイズが合わないと思う」
家族で海に行ったのなんて何年も前の話で、記憶すら曖昧なほどである。
「では先輩の水着は私たちで選びますね!」
ユキさんの言葉に、なぜか三人はハイタッチを決めている。まさか変なこと考えてないよね。頼むからあまり奇抜なのは選ばないで下さいよ。
「ところでどこの海に行くの?」
手頃な海水浴場と言えば九十九里辺りか。
「領内に一般にも開放している海水浴場があります。九十九里の東なんですが、そっちの方が有名ですので意外と人も少なくて穴場なんですよ」
「タノクラ家の海岸ってこと?」
「はい。そこなら宿代の心配もありませんので、のんびり出来ると思います」
さすがは由緒正しい豪族のタノクラ家。そういうのを聞くと急にユキさんがお金持ちのお嬢様に見えてくるから不思議だ。それに宿代の心配がないというのも魅力的な話である。
「では夏休みに入ったらすぐに行きましょう」
「その前にアカネさん、期末試験というのがあるけど知ってる?」
「ご主人さま、それどういう意味ですか? こう見えても私、試験には強いんですよ」
「そうなの?」
ユキさんに確認すると、彼女は何故か渋い表情ながらも深く肯く。アカネさんが勉強得意という話は聞いたことがないんだけど。
「中間試験で学年五位だったんです」
「え? ホントに?」
これにはカシワバラさんも驚いた顔をしていた。アカネさんはこの春から学校に入ったのだが、それまで勉強らしいことはしてきていないはずである。その彼女が学年五位とはとても信じられない。
「野生の勘が働くみたいです」
「お嬢様、それひどいですぅ」
「だってそうとしか……」
中間試験は全てが選択式となっているので、確かに勘でも何とかなるとは思う。それでも学年五位を取るとなると話は別である。
「ミヤモト家秘伝の鉛筆が教えてくれたんです。勘なんかじゃありません!」
あ、そっちか。
「ちなみにアカネさん」
「はい、何ですか?」
「期末試験は選択問題より記述問題の方が多いからがんばってね。赤点取ると補習で海に行けなくなるよ」
「え……?」
アカネさんが青ざめる姿って初めて見たような気がする。この後彼女が皆に勉強を教えてほしいと、泣きながら懇願したのは言うまでもないだろう。