第十三話 私も連れて行って下さいね
「これからタケダ王国はどうなるんです?」
戴冠式から一週間ほどしてようやく起き上がることが出来るようになった俺は、見舞いに来てくれた姫殿下に尋ねた。
あれから身の回りの世話はユキさんとアカネさんがこなしてくれていたが、姫殿下も帰国を延期してまで俺を気遣ってくれている。何でも帰る時は全員一緒じゃ、と言って連れ帰ろうとしたガモウ閣下を追い返してしまったらしい。
「オオノ殿が頭を抱えておったの。直系の王子は一人も残っていないそうじゃが、何人かの姫はいるらしい。ただ水面下でその姫たちの間に争いが起きているようじゃ。オオノ殿は一人として女王たる器の人物はいないと言っておった」
「タケダの国王ですからね。その姫君の誰かが女王にならなくても、それなりの器を持った人を婿に取って国王にするというのはいかがですか?」
「オオノ殿もそこは提案したらしいのだが、タケダの姫たちにそのつもりはないそうじゃぞ」
「国より自分の権力優先ですか……」
なるほど、器じゃないとはそういうところか。
「それはそうとアカネ、そなたどうあっても剣術指南役を断ると申すのか?」
「王女殿下、お申し出はありがたいのですが、私は旦那様……タノクラ男爵閣下にお仕えする一介の使用人です。王城に入る気はございません」
「しかしそちの二刀流はすでに父上の知るところ。勅命ともなれば断れんぞ」
現在はまだ内々の打診だが、二刀流は陛下が直々に指南の命令を下されてもおかしくないほどの奥義といったところなのだろう。
「もしそのようなことになれば私は野に下ります。無敵の女盗賊が一人現れることになりましょう」
「ちょ、ちょっとアカネさん!」
その物言いはまずいって。いくら何でも無礼討ちにされるから。
「意思は固いようじゃな」
「申し訳ありません。どうか我が奥義のことはご内密に」
「うむ。父上にもそのように伝えよう」
「ひ、姫殿下! まさかそれでアカネさんが無礼討ちにされたり反逆罪に問われることは……」
「安心せい。曲がりなりにもアカネは妾の命を救った身じゃ。王国に反旗を翻そうというのならまだしも、単にこれまで通りの生活を望んでいるだけのこと。誰も責めることなど出来んわ」
よかった。どちらかと言えば王国側の我が儘でアカネさんが追われる身になるようなことがあれば、それはあまりにも理不尽としか言いようがない。
「じゃがユキと同様にアカネよ、今後は妾の護衛を頼むことがあるやも知れん。それは受けてくれよ」
「ご主人さまが一緒であればお請け致します」
「アカネさん! それはさすがに……」
一本筋が入っているとはこのことだろうか。とにかくアカネさんが意外に頑固なのには驚かされたよ。
「だって私は学校にも行ってませんから、そうでもしないとご主人さまに会う機会が増やせないんです!」
「アカネは揺るがんのう。ますます気に入ったわ。それにしてもそうか、そちは学校には行っておらぬのか」
「アヤカ様、それではまるで私が不甲斐ないように聞こえるのですが」
「ユキ、ヒコザに初めて会った頃の自分のことを思い出してもそう言えるかの?」
ユキさんの抗議は薮蛇に終わったようだ。確かに出会った頃のユキさんは自己嫌悪の塊だったような気がする。ま、あれはあれで可愛かったとは思うけどね。
「時にヒコザ、サナとリツについてじゃが移民の許可が下りたぞ。ヤシチに店を与えるので、そこで住み込みで働いて暮らすようにとのことじゃ。ヤシチも承諾しておる」
ヤシチさんは元はタケダの遣い人だったため、今回の功績にも表立って褒美を与えることは出来ないそうだ。しかしあの忍びの術は捨て置くには惜しいとのことで、城下に市民として住んでオオクボ王国を陰から支えるという大役を仰せつかったらしい。本人もそれで充分に満足しているということだった。
「それでお店って……?」
「料理屋じゃよ」
なるほど、料理屋なら身分や職業に関係なく色んな人が訪れる。情報を集めるにはもってこいということだ。それにサナとリツも食事に事欠くことはないだろう。あの娘たちは育ち盛りの食べ盛り。これまで苦労した分、たくさん食べて幸せになってほしいと思う。
「なら開店したらぜひ食べに行ってみたいですね」
「ヒコザ先輩、私も連れて行って下さいね」
「お嬢様、その際には私もお供致します」
「妾も忍びで参るかのう」
タケダ王国の今後は心配の種ではあるが、俺にどうこう出来る問題でもなさそうだ。それより今はようやく訪れた平穏を満喫しつつ、帰国する日を指折り数えて待つことにしようと思う。