第十二話 攻防
ツチヤさんが語ったのは驚くべき陰謀だった。まず次期国王となるイチノジョウ王子の暗殺に始まり、次の狙いは姫殿下ということらしかった。
この計画はオダのキノシタ公爵が立てたもので、たまたま王子そっくりの俺の存在が引き金となったらしい。イチノジョウ王子を殺した後は俺を国王の座に置き、姫殿下を殺してオオクボ王国にタケダを攻めさせる。そして双方が戦争により疲弊したところへ、オダの軍勢が一気に攻め込むという筋書きらしかった。
「そ、そんなことさせる……ものか!」
俺は背中の激痛に耐えながら、ユキさんの腕の中で半身を起こして叫んだ。
「三日天下というのは聞いたことがあるが一日国王とは、コムロ殿も災難だったな」
「アンタの好きに……くっ!」
「ヒコザ先輩! もうしゃべってはいけません!」
痛みに顔をしかめた俺を半泣きでユキさんが抱きしめる。だからユキさん、嬉しいけど痛いですってば。
「元々はコムロ殿を殺す予定だったのだがな、王女殿下がのこのこと現れてくれたので予定が変わったのだよ。その方がオオクボ国王の怒りも大きかろう。もっとも結局二人とも仲良く死んでもらうことになるのだが」
「妾たちがそう易々と外道の思い通りになると思うのか?」
「確か王女殿下は裳着を終えられたばかりでしたな。そのお歳で命を落とすとは、何ともおいたわしや」
「ぐわっ!」
その時背後で断末魔の叫び声が上がった。見るとガモウ閣下と、それに加勢したオオノ・ショウゴロウさん率いる数人の兵士が、衛兵に化けた二人の刺客を仕留めていた。
「ツチヤ殿、もう猶予はないようだ。我の後ろに下がられよ」
「ハチスカ殿!」
神官姿のままのハチスカと呼ばれた間者は、再び両手に苦無を構えて姫殿下に狙いを定める。
「いけない! ユキさん、姫殿下を早く!」
だがユキさんが俺を寝かせているうちにハチスカは姫殿下に向かって走り出していた。
「そうはさせません!」
その時だ。姫殿下の前に立ち塞がり、一刀のもとに苦無を弾き飛ばしたのはアカネさんだった。
「女、なかなか出来ると見える」
「私のご主人さまを傷つけ、我が王国の至宝とも言うべき王女殿下を狙うとは不届き千万!」
「ほざくな! 女の細腕で何が出来ようか!」
言いながらハチスカは袖の中から新しい苦無を出して、またもや両手にそれを構えた。
「アカネさん! 私も!」
「お嬢様はご主人さまをお願いします! ここは私にお任せ下さい」
アカネさんがしゃべっている時を隙と見たのか、狡猾にもハチスカはそこを狙って彼女の懐に飛び込もうとした。しかしそれを難なく躱し、アカネさんは後ろに大きく飛び退く。
「間者ごときの貴方に私は殺せません」
「女、まさかお前……」
そこでハチスカな何かに気づいたようだ。それまでの勢いに任せた姿勢から、一転して身を低く構えていた。明らかにアカネさんを警戒している様子が窺える。
「私はミヤモト・ヤマトが娘アカネと申します。ハチスカ殿、ミヤモト剣術奥義二刀流、あの世での語り草になさいませ!」
そう言い放ったアカネさんは鞘を上からポンと叩く。すると腰を支点に鞘の上下が入れ替わり、そこから彼女はもう一本の刀の抜いた。あの長く太い鞘の正体は仕込み刀だったということか。
直後、アカネさんの姿が俺たちの視界から消え、気づいた時には両腕を落とされ腹から血を噴き出して膝をつくハチスカの姿があった。
「ミ……ミヤモトの娘……だと?」
「地獄の魔王に慈悲を請いなさい」
更に一太刀、アカネさんの目にも留まらぬ刀捌きによって、ハチスカの首が胴から切り離されていた。
「アカネさん、あなた……」
「お嬢様、今まで隠していて申し訳ありません。ですがミヤモトの奥義は秘伝中の秘伝なのです」
言いながらアカネさんは倒れたハチスカの体の後ろで尻もちをついているツチヤさんに切っ先を向ける。
「ひ、ひぃっ!」
「言い残す言葉があれば伺いましょう」
「た、頼む! こ、殺さないでくれ!」
「他には?」
「な、何でも言うことを聞く! だから命だけは、命だけは助け……ぐぇっ!」
命乞いの言葉半ばでツチヤさんを刺したのは、オオノさんの刀だった。
「王子殿下の暗殺に加担した罪、生きながらえるとでも思ったか!」
「ご主人さま!」
その様子を見てアカネさんは自分の役目を終えたと考えたのだろう。二振りの刀を鞘に収め、急いで俺の方へと駆け寄ってきてくれた。
「ヒコザ! 傷は浅いぞ! 気を確かに持て!」
これは姫殿下の声だ。お願いですから死亡フラグ的なお言葉はなしにして頂けませんか。
「すぐに医者を!」
オオノさんはツチヤさんに止めを刺したあと、俺の傷の状況を見てそう叫んでいた。幸いなことに苦無には毒も塗られておらず、急所も外れていたので痛みは酷かったが俺は命を落とすことはなかった。ただ事が一段落したのを見届けた俺は、二人の未来の妻に抱きかかえられたまま意識を失っちゃったんだけどね。
ところでこれは後で聞いた話だが、ヤシチさんは見物人に紛れ込んでいた他の密偵をやっつけていたらしい。お陰でいずれはオダ方にハチスカ一味の失敗が知れるとしても、それはしばらく先になるだろうとのことだった。
こうして大騒動となった戴冠式は王子負傷により延期ということで幕を閉じ、このことに関しては民衆にも箝口令が敷かれる結果となった。