第十話 ヒコザ先輩が危ないのではないですか?
イチノジョウ王子が暗殺されてから三日後の今日、戴冠式の日がやってきた。俺は朝から赤を基調としたタケダ王国国王の正装に身を包み、マントまで着せられている。中身が俺だということを除けば、これこそが国王たる装いという感じだ。それにしても重い。
「殿下、これで身支度は整いました。次に私たちがお会いする時は陛下と呼ばせて頂きます」
俺の着替えを手伝ってくれたのは、事情を知らないお城のメイドさんたち数人だった。彼女らは元々イチノジョウ王子のファンだったのだろう。俺を着替えさせている間、ずっと頬を赤らめたり色目を使うような仕草を見せていた。もっとも俺は申し訳ないが彼女たちには興味がない。何故なら、などともう言わなくても通じるだろう。
「ありがとう」
それでも労力に対しては礼を言うべきだろうと発した言葉にさえ、メイドさんたちが色めき立つのが分かった。貴女たちが心酔している王子殿下はもうこの世にはいないのだ、と思うと少しばかり心が痛む。だがそれを彼女たちに知らせることが出来ないのは何とももどかしい限りだ。
ところで俺とイチノジョウ王子の見た目上の違いである肌の色は、白粉のような女性用の化粧品で誤魔化しが利くようだ。瞳の色はどうしようもなかったが、伏し目がちにしていればなんとかなりそうである。そもそもこれから国王になろうという相手に対して、面と向かって瞳の色が違うなどと言える者はそうそういないだろう。
「妾はヒコザの横に一歩下がって立つ。その左右にユキとアカネが控えるがよかろう。ツチヤ殿は神官殿の後ろにつくそうじゃ」
「あれ? ツチヤさんは私の後ろじゃないんですか?」
メイドさんたちが部屋を去って、俺たち四人だけになったところで姫殿下が不思議なことを言い出した。サナとリツの二人は別部屋に待機させてある。
ところでツチヤさんが神官様の後ろって、神官様も護らなければいけないってことなのか。まあその方が俺の背後に目が行き届くからということかも知れない。だが、そんな俺の疑問に対して姫殿下はもっと衝撃的なことを口にする。
「ヒコザもおかしいと思うじゃろ? あのツチヤという男、胡散臭いことこの上なしじゃ」
「はい? 私はそういう意味で言ったのではなく……」
「あの時刺客が壇上にいたヒコザではなく、来賓に紛れ込んでいた王子を正確に射抜けたのも腑に落ちん。じゃが敵を手引きした者がおれば話は別じゃ」
「それがツチヤさんだと?」
「確証はないがの」
「ですがアヤカ様、もしそのお考えが正しかったとすると、ヒコザ先輩が危ないのではないですか?」
ユキさんの言葉にアカネさんも大きく肯いて同意を示す。
「ご主人さまの後ろを護らず、神官様の後ろに立つということは……」
「ではコムロ君の背後と王女殿下は私がお護りしましょう」
「おお、着いたか!」
そこへ扉を開けて入って来たのはガモウ伯爵閣下の懐かしい顔だった。オオクボ国王の横にこの人がいる時は、他の護衛が付かないと聞くほどの強者である。権謀術数蠢くこのタケダの地にあって、何とも頼もしい味方と言えよう。
「王女殿下にはご機嫌麗しく」
「急ぎの旅で疲れているとは思うが、頼んだぞ」
「ははっ! 時に王女殿下、遣いのヤシチが我々への助勢を申し出て参りました。あの者は忍びの心得があるようですので使えるかと」
「ほう。ではオダの間者について探れと申し伝えよ」
「御意」
姫殿下の言葉に対してガモウ閣下が返事をする前に、扉の向こうからヤシチさんのものと思われる声が聞こえた。
「でも姫殿下、戴冠式には私たち四人の他は神官様とツチヤさんの六人だけにするはずでは……」
「なに、構うものか。ノリヒデの参列を承諾しないなら戴冠式そのものを取り止めると言えばいいだけのことじゃ」
確かに警備が心許ない状態での式典は気が進まないから、姫殿下の意見には俺も大賛成だ。その後ツチヤさんにガモウ閣下参列を告げると渋い顔をされたが、特に反対されるようなことはなかった。
いよいよ問題の戴冠式の予定時刻が迫ってきていた。