冬の女王と聖薔薇の騎士
さようでございます。
私は侍従女官のマリエと申す者でございます。
女王陛下の身の回りの世話が私の仕事でございます。
都のフォーシーズン城に奉公に上がってから早いものでもう三十年余。”光陰矢のごとし”とは、このことを指すのでございましょう。
ええ、その通りでございます。
陛下のお気に入りのお召し物やお好きなお食事は、季節ごとに変るのでございます。ですから、どれだけ私どもの仕事が大変で苦労が多いか、おわかりいただけるでしょうか......。
いや、これは失礼いたしました。こんなところで愚痴などこばしても仕方ありますまい。
ご承知のとおり、わが『四季の王国』では、季節ごとに国を統治する君主さまが交替するという、世界でも珍しい政治の仕組みを採用してございます。
先代の国王陛下とお妃さまの間に四つ子のお姫さまがお生まれになりましたが、お姫さまたちが成人になられると国王陛下は生前退位をご決意され、自らは上皇となられ、お妃さまと辺境のお城にお住まいになられました。
一方、四つ子のお姫さまたちはそれぞれ女王さまに即位され、四つの季節ごとにご順番にこの国を統治なさるようになられたのでございます。
都のフォーシーズン城の中央にそびえる塔の最上階が、その季節の女王さまのお住まいでございます。
四人の女王さまは、春の女王さま、夏の女王さま、秋の女王さま、冬の女王さまと呼ばれておりますが、四季のうち、ご自分の季節が巡ってくると、フォーシーズン城の塔に住まわれ、『四季の王国』を治められます。
またご自分の季節が過ぎると、それぞれ春の宮殿、夏の宮殿、秋の宮殿、冬の宮殿に戻られ、そこで一年の四分の三を過ごされるのでございます。
上皇さまはこの国の政治にはいっさい口をはさまず、ご子女である四人の季節の女王さまにすべてお任せしておられます。
ただ一つ、女王さまたちが季節の変わり目につつがなく交替し、季節ごとにその季節の女王さまが宮殿の塔にお住まいになることだけを、上皇さまはお気にかけていらっしゃいました。
つまり上皇さまは、この国の四季が滞りなく規則正しく繰り返すことを、心から望んでおられたのでございましょう。
ところがそのような上皇さまのお心をかきむしるような、世にも恐ろしい事件が起こったのでございます。
あれは忘れもしない、三年前のことでございます。
あるとき冬の女王さまが、春を過ぎてもどういうわけか塔にお籠りになり、春の女王さまに交替なさろうとしません。
四人の女王さまたちは、即位されてから不思議な霊力がお備わりになられたことはご存じでしょうか。
もともとフォーシズン城には、春が来たら春の女王さまが入城、夏が来たら春の女王さまが入城、というように季節ごとに女王さまが入城されていたのですが、いつしかこれが逆になったのでございます。
すなわち、秋の女王さまが入場されたら季節が秋になり、冬の女王さまが入場されたら季節が冬になる、といった具合です。
したがいまして、冬の女王さまがいつまでも塔にお住まいになられると、季節はいつまでも冬のまま。国中の土地という土地はいつも雪に覆われ、そのうちに国中の食べる物が尽きてしまいます。
上皇さまはことのほか心配され、都のフォーシーズン城に赴きになり、冬の女王さまを説得なさろうとご尽力されました。ところが、冬の女王さまはどうしても塔からお離れになりません。
そこで上皇さまは国中にお触れを出されました。
「冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。
ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。
季節を廻らせることを妨げてはならない。」
すると国中から、「われこそは」と思う多くの応募者がフォーシーズン城に駆けつけました。
最初に応募してきたのは、腕っぷしの強そうな木こりでした。
木こりが現れると、上皇さまは数人の家来をお連れになり、木こりとともに塔に上りました。
冬の女王さまの部屋へは鉄の戸で遮られ、戸に開いた小さな窓から、冬の女王さまは訪問客を覗かれるのでございます。
「おそれながら女王陛下」
木こりが言います。
「冬の季節はとう過ぎました。どうか冬の宮殿のお戻りになり、春の女王さまをここにお導きくださいませ」
「わらわをここから追い出したければ」
冬の女王さまが鉄の戸の向こうから、お答えになります。
「わらわがこれから言う、望みをかなえよ。かなえたらお前の望みをかなえよう。かなえられないときは、お前を処刑する」
冬の女王さまは鉄の戸の窓のところに、枯れた花を持ってきました。
「これはわらわがこの部屋で大切に飾っていた花じゃ。この花をもう一度咲かせてみよ」
「そんなことは.....とても私ごときにはできません」
結局、木こりは処刑されてしまいました。
次の応募者は祈祷師でした。
同じように上皇さまたちと塔を上り、鉄の戸の前まで来ました。
「明日までにドラゴンの卵をここに持ってまいれ。できないときはお前を処刑する」
祈祷師は、その夜、すぐにドラゴンの住む森に出かけましたが、そのままいつまでたっても戻って来ません。
戻って来ないので祈祷師は処刑されませんでしたが、ドラゴンの卵を採取しようとして、ドラゴンに食い殺されたとの噂でございます。
このような感じで冬の女王さまは応募者たちに無理難題を押し付け、応募者は次々に命を落としました。
いつまでたっても冬の女王さまがフォーシーズン城の塔をお去りになるご様子はございませんでした。
頭を抱えた上皇さまは、大臣たちの反対を押し切って、お触れに次のような文言を追加なさいました。
「冬の女王を春の女王と交替させた者が男子の場合、冬の女王の婿となり、
王配ならびに公爵の称号を授けるものとする。
ただし、交替できなかった場合、ただちに処刑いたす」
四人の季節の女王さまたちが、いずれも類まれなる美貌をお持ちであることはご存じかと思います。中でも末娘の冬の女王さまは一番お美しく、国中の殿方なら誰もがお慕い申し上げていると言われるほどでございました。
ところがお触れに「処刑いたす」の文字が書かれたせいでしょうか。冬の女王さまと結婚できるという条件が追加されても、今度は誰も応募しなくなりました。
しかしながら、上皇さまがお触れに文言を追加されてから一週間後に、一人の奇妙な男がフォーシーズン城に現れました。
大変醜い、背中の曲がった年老いた男です。男はハンスと名乗りました。
上皇さまはいつもと同様、家来を連れて、ハンスとともに塔を上りました。
冬の女王さまは、鉄の戸の向こうからハンスを見つけると、戸の窓のところに枯れた花を持ってきて、咲かせるように言いました。
ハンスは何やら奇妙な呪文を唱えます。
すると不思議なことに枯れた花の茎がまっすぐに伸び、黄色い花が咲きました。
「いかがでございましょう」
ハンスが言います。
「ならば、ドラゴンの卵を明日までに持ってまいれ」
冬の女王さまは毅然としておっしゃいます。
ハンスは背負っていたバッグから大きな白い卵を取り出します。
「陛下がそうおっしゃると思い、事前に用意しておきました。正真正銘、ドラゴンの卵でござます」
すると鉄の戸が開きました。戸の外にいたハンスはもとより、上皇さまとその家来たちが冬の女王さまの部屋に入りました。
「わらわと剣で真剣勝負せよ。わらわに勝たなければ、わらわは塔から外には出ない」
冬の女王さまは一本の剣をハンスにお渡しになり、別の剣をお持ちになると、いきなりハンスを襲撃なさいました。
ハンスの剣さばきは見事でした。剣を二つ三つ切り結ぶと、冬の女王さまは剣を落としておしまいになられました。
「さあ、その剣でわらわを刺してみよ。殺してみよ」
冬の女王さまは、女の声とは思えない、おぞましい低い声でハンスにお叫びになります。
だがハンスは冬の女王さまは刺さず、部屋の壁に嵌め込まれた巨大な鏡に剣を突き立てます。
「おまえの仕業だということはわかっていたぞ、ルシファー。正体を現せ!」
すると不思議なことに鏡に悪魔の姿がうつり、剣を刺されてもがき苦しんでいるのです。
剣の先から血が流れています。
やがて鏡から悪魔の姿が消えると、鏡から煙が出て、冬の女王さまとハンスの全身を包みました。
冬の女王さまは意識を失って、床にお倒れになりました。
上皇さまが冬の女王さまに駆け寄られ、抱き起こされます。
「姫、だいじょうぶか」
「......お父さま、ここは...どこ?わらわは今まで何をしていたの?」
煙に包まれたハンスの体はみるみる変化し、醜い老人から、凛々しく美しい青年になりました。
「私はハンスではありません。私の正体は聖薔薇の騎士、アルフレッドです」
アルフレッドと名乗る青年が言いました。
「実は悪魔ルシファーの呪いにより、私は醜い姿に変えられていたのです。私がこの国を訪れたのはルシファーを退治するため。
ルシファーはフォーシーズン城の塔の鏡に憑依していたのです。冬の女王さまが春になっても塔を去らないのは、ルシファーにたぶらかされたからでしょう。
でも、もう大丈夫。ルシファーを倒した今、呪いはすべて解けました」
後から知ったことでございますが、聖薔薇の騎士団は、人間の兵士ではなく、悪魔や怪物などを倒すために特化した、国境を越えた国際的軍事組織とのことでございます。
冬の女王さまはその翌日、フォーシーズン城をお発ちになり、春の女王さまと交替なさいました。
冬の女王さまとアルフレッド公の挙式は、冬の宮殿で営まれました。
不肖ながらこの私めも挙式に参列させていただきましたが、ウエディングドレスに身を包まれた冬の女王さまは、この世のものと思えない美しさでございました。
その年の春は短く、春の女王さまはフォーシーズン城にお着きになられたと思ったら、すぐに夏の女王さまに交替なさいましたが、それでも上皇さまはとてもご満悦のご様子でした。
春夏秋冬の季節が滞りなく巡ること、これこそが上皇さまの御心であらせられるとともに、いにしえからの『四季の王国』の国是なのですから。
さあ、お差支えなければ、今これをお読みのあなたさまもご起立ください。
栄えある『四季の王国』のさらなる発展と女王陛下ならびに国民の永遠の至福を祈念して、万歳!
(了)