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01-07 奇蹟

魔物の暴走(スタンピード )”の第一波を乗り切った事で村は活気付いていた。

防壁の外には無数の魔物の死体が横たわっていたが、それをハルが炎で焼こうとすると待ったが掛かる。


「せっかくの魔物の死体だ、剥げる物は剥いでしまおう」


滅びる覚悟はどこへ行ってしまったのか。

随分と逞しくなったものである。

しかし、活気があるのはいい事だ。


村人達は、自分達にも出来る事をと言う事で、前線近くに落とし穴を掘ったり、バリケードを立てたりと、とにかくやれる事を徹底的にやっていた。

この調子で第二波を乗り越えられれば生きる目も出て来ると言う物だろう。


そんな村の中で、ナツとハルは(あぶ )れていた。

何か手伝おうとすると断られるのだ。


「いやあ、あんたらにそんな事させられねえよ、いいから休んでいてくれ」


必ずと言っていいほど、そう言って断られてしまう。

ナツの機嫌は下降気味だ。


「なんだよ~、ここまで来て余所者扱いとか酷いよ~」


そんな中、構ってくれるのはユージーンとヒラリーだけであった。


「兄ちゃん」


「お兄ちゃ~ん」


まあ、それだけでナツの機嫌は直るのであるが。

実際の所、村は今、非常事態だ。

子供達は当然の事、客を持て成す余裕すらないのだろう。

宿は開店休業状態だったし、他の雑貨屋などもそうだ。

今は村中が総出で“魔物の暴走(スタンピード )”に対応しなければならないのである。




子供達を散々構った――否、構って貰った――後、ナツはハルと第二波の対策を練る。


「もうマルチスコープは通用しないだろうね」


「同意します。 役割を変えた方がいいでしょう」


「うーん…自信無いんだけどなあ」


「大丈夫、私が保証します。 ナツならば何の問題もありません」


「えへへ、ありがと。 ハルお姉ちゃん、大好き」


「私もです。 愛していますよ、私のナツ」


結局は二人でいちゃついているだけなのだが、対策は決まったようなのでよしとする。




三日過ぎた所で、外の魔物の死体は強制的に燃やして灰にした。

あまり時間を掛けると腐敗した死体は細菌の塊となり、村に悪影響を及ぼすからだ。


更にハルは防壁を重ね、第二波に備えた。

そんな彼らを見て、村人達も浮かれた気分から、第二波へ向けて緊張した面持ちへと変わっていく。







そして、その時はやって来た。


「来たよ。 第二波だ」


ナツがスコープ越しに見た事を告げる。

村人達に緊張が走った。

ごくり、と誰かが喉を鳴らす。


とは言え、今回彼らは出番が無い。

第一波の魔物にすら手を焼いた彼らに、第二波の魔物は荷が重過ぎる。

今回前に出るのは唯一人。


「じゃあ、行って来るね」


ナツが宣言した。


「お、おい、待てよ。 まさかお前が出るのか!?」


イントッシュが声を上げる。

そう、今回前に出て魔物の群れを止めるのはナツである。


ナツの両腰にはホルスターが装備されており、そこに入っているのはゴツイ拳銃だった。

例えるなら44マグナム弾を撃てるM29とかデザートイーグルとか、そんな感じだ。

但し、ナツの持つ銃に反動は無い。

当たり前だ、でなければ推定十歳児に撃てる訳が無い。


閑話休題。


さすがにナツが前に出ると知って、村人達に動揺が走る。

子供一人に頼り切りになるなど大人としての矜持が許さないのだろう。


「煩いですよ。 あなた方が出ても犠牲者が増えるだけです。 黙って見ていなさい」


ハルが、普通ならとても言い辛い事をハッキリ、キッパリ、ぴしゃりと言った。


「あはは、心配してくれてありがとう。 でもね、これが一番なんだ」


ナツもはっきりと宣言する。

これが一番の手なのだと。

そして、これは村人達には解らない事だが、ハルがこの作戦を認めているのだ。

ナツに対して過保護なハルが、である。

充分な勝算どころか、掠り傷一つ負わない確証が無ければ送り出したりしないだろう。

と言うか、この作戦を勧めたのはハルだ。

この時点でナツの安全は保障されている。


そうして、心配する村人達の視線を背に、ナツは前線へと向かった。

同様にハルも防壁の射撃場へと向かう。




そして二人が配置に着くと迎撃が始まる。


「“炎よ(サモンフレイム )”――“壁と成れ(フレイムウォール )”」


ハルが魔術により第二波の魔物の前に炎の壁を造り出した。

第二波の魔物は、主にミノタウロスやライカンスロープ系等、動物としての生態を併せ持つ者達が主流であった。

要は火に弱いのが多そう、と言う単純な理由からだ。

だがそこは“暴走”などと言う言葉からも判る通り、通常とは精神状態も違うようなのである。

真っ直ぐ“壁”に突っ込んで燃えているのが多い事、多い事。


「所詮は獣と言う事ですね。 “雷よ(サモンライトニング )”」


ぼそりと感想を漏らしつつ、次の詠唱に入るハル。

炎の壁を通過する魔物に狙いを定めて魔術を放つ。


「――“貫け(サンダーボルト )”」


第一波の時と同様、始まったばかりではあるが、ハルの魔術を超えてくる魔物はいなかった。







「凄え、あんな魔術初めて見たぜ」


「俺なんか、魔術自体初めて見るよ」


「俺もだ」


そんなハルの背後で事態を見守っていた自警団の連中がそれぞれ感想を述べていた。

その中でイントッシュは安堵の息を吐いていた。


(この調子なら、坊主が出る事は無さそうだな)


彼はナツが前に出る事に、今でも納得していなかった。

しかし今、ハルの魔術を見て、ナツはあくまでも予備戦役だと判断したのだ。

魔術で魔物達を殲滅する作戦なのだろうと思ってしまった。

だが、不要な位置に人員を配置するようなナツ達では無い。

すぐに彼は自分の判断が間違っていた事を知る。




第二波と交戦して二時間が経過した。

魔物達の圧力は増し、ハルの魔術を抜ける魔物が出始める。


「お、おい、まさか…」


思わずと言った風にイントッシュの口から言葉が漏れる。

そう、第二波におけるナツの戦いが始まったのだ。


“ガアン!”


“ガアン!”


ナツの銃が火を噴いた。

一体に付き一発。

弾は確実に魔物の急所を貫き、屠っていった。


第二波の魔物は動物交じりだ。

だが、タフネスと外皮の頑丈さを誇る種でもあった。

そんな魔物に対し、不利なはずの実弾銃で対抗するナツ。

銃弾は衝撃を高効率で伝えるホローポイント弾ではなく、貫通力を重視して徹甲弾(AP弾ではなくフルメタルジャケット弾)を使用している。

ピンポイントで急所を狙える腕前と、ゴツい見た目通りの威力を誇る拳銃とのコラボレーションにより可能とした妙技であった。


撃ち尽くした際のリロードも見事な物である。

流れるような動きで必要最低限の時間で完了させる。

しかもそれを二丁拳銃で行うのである。

とても十歳児とは思えなかった。


「うおおお! 凄えぞ、あの小僧。 前に出るだけの事はあるな。 なあイントッシュ」


「あ、ああ。 そうだな」


言葉とは裏腹にイントッシュの顔は晴れない。

彼はナツの出番が増えるほどに不安が増していくのを止められなかった。




更に数時間が経過した。

魔物の暴走(スタンピード )”の圧力はピークに達している。

ハルの魔術が追いつかなくなってきていた。


(一旦、立て直す必要がありますね。 その分、ナツの負担が増えますが…)


ちらとナツを見れば、彼もハルを見ていた。

そして力強く頷く。


(ああ、ご主人様。 私のナツ。 信じています)


ハルは呪文を選択する。

立て直す時間を稼ぎ、且つナツの援護を可能とする魔術を。


「“酸の雨よサモンアシッドレイン ”――“雲と成れ(アシッドクラウド )”」


ハルの作り出した“酸の雲”に突っ込む魔物達。

だが、溶かし切る事は出来ず、魔物達は酸で焼け爛れながらも雲を通過する。

これは初めから魔物を倒すための魔術では無かった。

酸で外皮の溶けた魔物はナツの銃で倒しやすくするためのアシストでしかない。

ナツに頼り切った、時間を稼ぐための選択であった。


ハルに頼られたナツは奮起した。

俄然やる気になっている。


“ガアン!”


(頼ってくれた!)


“ガアン!”


(ハルお姉ちゃんが僕を頼ってくれた!)


ぶっちゃけ浮かれていた。

もー、脳内お祭り状態だった。

踊らにゃ損々てな具合だ。


“ガアン!”


それを油断と言うには、余りにもナツは幼過ぎた。


“カチッ”


「あっ!?」


浮かれたナツは残弾数を見誤ったのだ。


倒せるはずの魔物。

しかし倒せなかった魔物。

体表の七割を酸で焼け爛れさせたケンタウロスが、もう目の前まで迫って来ていた。


(やられる!)


思わず目を瞑るナツ。

衝撃が来た。


だがその衝撃は、予想より遥かに小さい。

また方向もおかしい。

前か上から来るものと思っていた。

なのに衝撃は横から来たのだ。


恐る恐る目を開けるナツ。

そこには――


ケンタウロスの体当たりを受け、吹き飛ばされたイントッシュの姿があった。


イントッシュは直前にナツを突き飛ばした。

ナツが喰らうはずだったケンタウロスの体当たりをイントッシュが代わりに受けたのだ。


「な、なんで…?」


その問いに答える者はいない。

イントッシュはすでに事切れていた。

即死だったのだろう。


「ナツ!」


――はっ


呆けているナツにハルが激を飛ばす。

ナツは正気に返り、魔物の迎撃に戻った。

後ろ髪を引かれる思いだったが、ナツは戦いに専念する。

その後、体勢を立て直したハルが戦線に復帰し、魔術が復活すると大勢は決した。


バイロン村は“魔物の暴走(スタンピード )”の第二波を乗り越えたのだ。


一人の犠牲者を残して。







イントッシュの遺体を前にナツが佇んでいた。

その両目は青く光っている。


周囲の者は声を掛けられない。

それほどナツは威圧感を纏っていた。

そんな彼に声を掛けられるのは一人だけだ。


「いいのですか? “死者蘇生”は太古の昔、大聖人アポストロフィだけが成し得た“奇蹟”です。 伝説どころか神話と言っていいほどの出来事なのですよ」


死者蘇生。

それはもはや、神話か眉唾物の騙りでしか聞かない言葉だ。

それを行えば、ナツは神官どころの扱いでは済まなくなるだろう。

そうハルは言っているのである。


「うん。 でも、もう決めたんだ」


ナツは、ハッキリと言葉にして返した。


「そうですか、分かりました」


ナツが決めたと言うのならハルは従うだけだ。

これでナツに仇成す者が現れるようなら排除するまで。

そう決意していた。




「“apostrophe” お願い(プリーズ )奇蹟を(ザ ミラクル )――“死者蘇生ザリザレクションオブザデッド”」




その日、バイロン村で“奇蹟”が起きた。







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