01-05 スタンピード
急いで村に戻った二人は、村人達を集めて事の経緯を説明する。
「“魔物の暴走”だと…」
村中が言葉を失う中、村長のグレゴリーが言葉を零した。
「はい。 残念ですが“魔物の暴走”がこの村を襲う確率は非常に高いでしょう」
「うん、村と迷宮の距離が近過ぎるんだよ」
実は“魔物の暴走”の実態は解明されていない部分が多い。
迷宮が囲っていた魔物を解き放つ際、その方向はどうやって決めているのか?
それは一方向なのか? それとも多方に渡るのか?
成長し切り、寿命を迎えた迷宮の調査は慎重に行われたが、解放された魔物達を調べた者はいないのだ。
二人は帰り道に話し合った結果、魔物は人里に向かい暴走するだろうとの結論に達していた。
いくら迷宮が討滅されないからとは言え、“魔物の暴走”で滅びる村々が多過ぎると考えたのだ。
だから人口の多寡によって方角を決めているのではないかと結論付けた。
いや、結論と言うよりも、そう仮定して対策するべきと考えたのだ。
最悪、第一波から最後の第三波まで、三回もの襲撃に合う事を前提に対策するべきだと。
当然、その対策とは“一刻も早く避難する”だった。
「だからと言って、この村を捨てて避難するなど出来る訳が無い」
言葉が零れた事で意を決したのか、グレゴリーがはっきりと口にした。
「でも村長さん、家に籠って祈ったって魔物は避けてはくれないよ!?」
ナツは声を上げて説得する。
「神官様、あんたもこの村を見て回ったなら判るだろう? この村には、もう一度改めて村を作り直すだけの余力は無いんだよ」
そう言ったのはユージーンの父、ダレルだった。
「そう言うこった。 うん十年前と違って、この村は寂れちまった。 今を生きるだけで精一杯なのさ。 魔物がこの村を襲うと言うのなら、それが村の寿命なんだろうさね」
これは宿の女将の声だ。
「そんなあ…」
ナツが愕然とした声を零す。
「神官様、教えてくれてありがとう。 神官様だけでも逃げてくれ。 さあ、早く」
再びダレルの声。
だがナツは納得がいかない。
「ユージーンはどうするんだ!? ヒラリーは!? あんな小さな子供まで巻き添えにする気かよ!?」
「子供達は村中の金を集めて持たせ、村から出す」
ナツの怒りの籠った声に、グレゴリーが冷静な声で答えた。
「え…」
「その上で、何とか生きて貰うしかない」
その冷静な声には確かな覚悟があった。
方法とも対策とも言えないやり方だが、そこには子供達に対する精一杯の願いが込められている。
「…分かりました…」
それに気付いたナツには、もう反論する事は出来なかった。
「それで、どうするのですか? このまま尻尾を巻いて逃げ出しますか?」
宿の部屋に戻り、ハルの尋ねる声が刺々しいを通り越して毒々しい。
このまま逃げ出すような男に育てた覚えは無い、とでも言いたいのだろう。
「そんな訳ないでしょ、戦うんだよ」
「戦うとは、諦めず村人達を説得すると言う事ですね?」
「白々しいなあ。 判ってて言ってるよね?」
「私の気のせいかと思い、確認したまでです」
茶番ではあるが、二人にとって、ある種の儀式みたいなものだ。
「“魔物の暴走”を潰すんだよ」
ナツは、きっぱりとそう宣言した。
「はあ、やっぱりそうなりましたか」
ハルは諦め気味に溜息を吐いていた。
だが、その顔はそこはかとなく嬉しそうだ。
かくして、二人は“魔物の暴走”を物理的に潰す事に決めたのだった。
翌日から二人は村の周囲に手を加え始める。
村長には「どうせ滅びる村だから何したっていいでしょ」と言って強引に許可を貰った。
言葉に刺が混ざるのはしょうがない。
まだナツは村の対応に納得がいっていないのだ。
「“大地よ”――」
ハルは村の迷宮側の地面を隆起させていく。
防壁を造るつもりなのだ。
ナツはレーザーライフルを始め、各種兵装の入念なチェックだ。
「なんか面倒くさくない? いっそ、えいせ――」
「ストップ! ナツ、そこまでです」
ナツの言葉をハルが遮った。
「迂闊な事を口にしてはいけません。 それは禁断の手段です」
「う…はーい」
「それに、何でも強引に力尽くで解決を図っては、ナツのためになりません」
つまりハルはこの状況すらも、ナツのための成長イベントとして見ていると言う事か。
武器の確認作業に戻ったナツに、遠くから呼ぶ声が聞こえる。
「おーい、兄ちゃーん」
「お兄ちゃーん」
ユージーンとヒラリーだった。
「どうしたの、二人とも?」
「はあっ、はあっ」
「はー、はー」
ナツが声を掛けるが、走って来た二人は息が苦しそうだ
「どうしたの? じゃないよ。 なんか親から金渡されて村を出て行けなんて言われたからさ、問い詰めたら村が滅びるとか何とか」
「みんな一緒じゃないとヤなのー」
「ははあ…」
親達が説得に失敗したと言う事だろう。
「それで、兄ちゃんだけが村を守ろうとしてるんだろ?」
「あたしもお手伝いするのー」
「…(じーん)」 ←感動に打ち震えているらしい
そんな三人を、ハルが珍しく優しい眼で見ていた。
とは言え、子供達を危険な目に遭わせるのは意に反する。
「日持ちする食べ物や飲み水を確保しておいて」
「えー、そんな事でいいのか?」
「いいのー?」
子供達、と言うかユージーンは不満そうである。
「大事な事だよ。 それでね、戦いが始まったらそれを持ってきて欲しいんだ」
「むー、分かった」
「わかったのー」
それで何とか納得して貰い、ナツは作業に戻った。
それから数日経った。
大人達は普段通りの生活を行っている。
そんな中、子供達だけが忙しなく“魔物の暴走”の対策に精を出していた。
自分達も何かするべきではないか。
そんな考えを起こす者も少なからず出て来ていたのだが、最初に差し出された手を振り切ってしまった手前、素直になれなくなっていたのだ。
だがそんな大人達とは別に、更にナツ達を苦々しく思う者もいた。
「何だよ、神官だか魔術師だか知らねーが、偉そうに」
「全くだ、“魔物の暴走”だか知らねえけど、確実にここに来るって訳でも無いんだろ?」
「ああ、原因不明の現象だって話を聞いた事がある。 喰らった村は不運なだけだって言うぜ」
“魔物の暴走”の詳しい情報は一部の権力者しか知らされていない。
世界中の大部分の人間は、この程度しか理解していないのだ。
比較的若い世代の人間は、諦め顔の大人達にも不満を感じていた。
その鬱憤の捌け口を余所者であるナツ達にぶつけようとするのも、ある意味自然の成り行きかもしれない。
「よお、余所者がこの村で何してんだ?」
不満顔を隠そうともしない若者がナツに絡む。
「イントッシュ」
この若者の名だろうか、ユージーンが呟く。
「ユージーン! イントッシュさん、だ! 目上の者に対する口の利き方も知らねえのか!」
「しょうがねえよ、イントッシュ。 狩りに出て崖から落ちるような間抜けの子供だ」
「あっはははは、そりゃそうだ!」
若者三人の矛先がユージーンに向いた。
「父ちゃんをバカにするな!」
そんなキナ臭い空気にヒラリーが泣き出す。
「うわぁ~~~ん、おじちゃんたちきらーい」
「煩せえぞ! ガキ!」
収集が付かなくなってきた。
元々の原因が自分であるために、ナツが前に出る。
「まあまあ、幼い子供に大人気ないですよ」
「何だと!」
「ここで何をしているか、でしたね。 村長の許可を貰って“魔物の暴走”の対策をしている所です」
きちんと対応して説明する。
だが、そもそもいちゃもんを付けに来た人間に正論を言っても無駄である。
「それが余計な事だって教えに来てやったんだよ!」
「そうだ、そうだ、無関係のガキが! 今すぐ村から出て行きやがれ!」
その剣幕に、更にヒラリーが泣き出した。
「うわあああ~~ん」
「ああ、よしよし、ヒラリーこっちにおいで」
「お兄ちゃ~ん」
イントッシュ達の話を聞いているのかいないのか、ヒラリーを宥め始めるナツ。
「このガキ…」
さすがに若者たちの目に剣呑な光が混じりだした。
「兄ちゃん…」
ユージーンも不安を隠せないのか後ずさる。
一触即発。
そんな空気だが、争いは始まらなかった。
「ナツ! 来ました! “魔物の暴走”です!」
何故なら、それどころでは無くなったからだ。