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01-04 予兆

村には小さいが宿屋があった。

村と同じ“バイロン”と言う名の宿だ。

女将に聞くと“バイロン”とは“牛小屋”と言う意味だと教えられた。

この村の起こりが放牧のための牛小屋だった名残りなのだそうだ。


「名前こそ“牛小屋”だけどね、キチンとサービスするから期待しておくれよ!」


「お兄ちゃん、期待してね!」


女将の娘が真似をする。

親の真似をしたがる年頃なのだろうか。

“お兄ちゃん”と呼ばれたナツは、それだけでもうメロメロだ。


「あ~、ヒラリーちゃん、可愛かったなあ」


そんなナツをハルは呆れ顔で見ている。


「そんなに年下が好きですか」


「そう言う訳じゃないけど、僕も弟か妹が欲しかったなあと思って」


「姉だっていいじゃないですか」


無表情の中にも寂しさが混じった顔をするハル。

中々器用だ。


「もちろん、ハルお姉ちゃんは大好きだよ」


ナツは素直に自分の思いを口にする。

その言葉に感動したハルはナツを抱き締めた。


「私もです。 愛していますよ、ナツ」


姉弟の仲は、変わらず良好なようである。







翌日の昼、ユージーン一家が挨拶に訪れた。

すっかり良くなったようで何よりだ。


「随分と世話になっちまったみたいで、息子共々お礼に伺った次第です」


「本当、ありがとうな、兄ちゃん」


「またこの子は。 礼儀知らずな子で申し訳ありません――」


等々、何度も礼を言われたナツが「もういいから」と断りを入れるまで、同じ事が繰り返し続いていた。

父親は名をダレルと言い、母親はハリエットと言った。

実は結構危ない所だったと告げると、ダレルは青い顔をしていた。

ダレルだけでは無い、ハリエットとユージーンも同じであった。

ここからまたお礼の言葉が続き、


(失敗したよ。 言わなきゃよかったなあ)


と後悔する事になる。




その日の内に、宿屋に奇跡を使う神官が泊まっていると言う話が村中に――と言っても小さな村だが――広まった。

とは言え、この前の街と違い、ナツに対する反応は概ね好意的で、旅の話を請われたり、反対にこの村の話を聞いたりで、普通の村に居るのと対して変わりは無かった。

むしろ宿の女将が


「へー、あんたがねぇ。 まだ子供なのに大したもんだよ」


と言って、よりサービスしてくれた事の方が大きかったくらいだ。


「神官さま~」


と娘のヒラリーが頻繁に顔を見せに来るようになって、ナツは大喜びだった。


「神官じゃなくて、お兄ちゃんって呼んでね」


呼び方を訂正するのを忘れはしなかったが。




「そう言えば、どうしてこの村には宿屋があるんですか?」


夕飯の際にナツは疑問だった事を口にする。

この程度の規模の村では、宿など無いのが普通なのである。


「ああ、ここの近くに、と言っても半日は歩かなきゃならないけど、迷宮があるのさ」


気を悪くすることも無く、女将は何でもない事のように答えた。


「あたしが娘だった時分には、結構な人数の探索者が毎日来たものさ」


「へえ~」


「あの頃が最盛期だったねえ、今じゃさっぱりだよ。 たまに旅人が寄ってくれるくらいでねえ」


「いい宿なのになあ」


割と本音でそう思うナツだ。


「そうだろう? あんたも旅先で宣伝しておくれよ!」


がははは! と豪快に笑う女将にナツは「絶対します」と約束するのだった。







「迷宮かー」


部屋に戻るとナツがぼそっと呟いた。

それだけでハルはナツの心情を見抜く。


「――行きたいのですか?」


「はうっ!?」


図星を指されたナツは、ベッドの上で挙動不審に陥っている。


「べべ、別にそう言う訳じゃあ――」


そんなナツを見て溜息を一つ吐いたハルは告げる。


「私とナツなら問題無いと思いますが、何の準備もしていないのも確かです。 無理をせず、表層だけに留めると約束できるなら――」


「約束する! 約束するから行きたい!」


ハルに皆まで言わせず、被せるように宣言するナツ。


「分かりました。 では、明日にでも行きましょう。 但し、絶対に表層だけですからね」


もうこれは一度体験させるまでは梃子でも動かないのだろうと諦めの境地で許可を出す。


「分かった! 絶対守るよ! やったー! ハルお姉ちゃん大好き!」


「っ!?」


不意打ちの大好き宣言に息を呑むハル。

ほんのりと頬を染めながら、本心を隠してナツを嗜める。


「分かりましたから、早く寝なさい。 明日は早くに出ますよ」


「はーい!」


おやすみなさい、と素直にベッドに入るナツを見ながら再度溜息を吐くハル。

灯を消し、髪を解き、エプロンドレスを脱ぐと、ハルもベッドへと入る。

ナツと同じベッドに。


「わ!? ハルお姉ちゃん!?」


「今夜は一緒に寝ます。 どうせ興奮して眠れないのでしょう?」


「うぐ」


図星を指されたナツは文句が言えない。

ささやかな復讐を終え、満足したハルはナツを抱き締め、その耳元で囁く。


「おやすみなさい、ナツ」


二重の意味で眠れなくなったナツは、穏やかなハルの寝息を耳にしつつ、その柔らかな感触を全身で感じながら、長い夜を独り過ごすのだった。







翌朝早く、今出来るだけの準備を整えて二人は迷宮へと向かった。

基本は普段の旅と変わらないのだが、迷宮で使いそうなロープだとか楔を揃えたくらいである。

他は急過ぎて、この村では手に入らなかった。


多少寝不足だが、ナツはご機嫌だ。

浮かれ過ぎて、うっかりポカをやらかしそうなほどである。

これは言っても無駄だろうと、普段以上にナツに注意を払う決意を固めるハルであった。




これと言ったトラブルも無く、半日ほど歩くとあっさり迷宮に着いた。

確かに人が来なくなって久しいのだろう。

出入口には、ぼうぼうに草が生え、よく見なければ気付かなかったほどだ。

人はおろか、野生動物や魔物の気配すら無い。


「何かイメージと違う…」


少々がっかりした雰囲気のナツのセリフだ。


「人が来なくなって随分経つと女将も言っていたでしょう、ここまで来て何を言っているのです」


呆れ気味のハルの声に、怒らせちゃまずいとナツの脳内で警鐘が鳴る。


「う、うん。 そうだよね、中に入ればまた違う印象になるよね」


慌ててフォローの言葉を口にすると、いそいそと迷宮内に入る準備を進めるのだった。







「――“光あれ(ライト )”」


ハルが明りの呪文を唱えると迷宮内部が鮮明に見えるようになった。

意を決して歩を進めるナツ。

但し、前衛はハルである。

基本、短剣を持つハルが前衛を担当するのは当たり前だ。

況してや過保護なハルが未知の場所でナツを前に出す訳が無い。


「さあ、さくさく進んでさっさと帰りましょう」


「ちょ!? ハルお姉ちゃん!?」


「失礼、本音が出ました」


「本音って言っちゃったよ!?」


今更、欠片も隠す気の無いハルに何を言っても無駄である。

何とか気分を立て直して迷宮を進むナツであった。




ところが、待てど暮らせど魔物が出ない。


「迷宮って、こんなに魔物が出ない場所だったんだ…」


「…………」


どれだけ進んでも、その影どころか足音すら聞こえない。

がっかり感MAXである。

奈落の底で、更に穴を掘っている気分だ。


「あ、階段…」


とうとう一体の魔物にも出会わずに、地下二階へと続く階段を見つけてしまった。


「もしかして魔物が出ない迷宮だから廃れちゃったのかなあ」


――これじゃ儲からないもんね


そんなナツの呟きにハルは現状を考察する。


――確かにこれでは探索者は食べていけないだろう


ナツの意見に賛成したくなるハルだった。

だが、心のどこかに「そうじゃない」と訴える部分がある。


――それは何故?


迷宮に注意を払いつつもハルは自分の心に問い掛ける。


――何がおかしい? どこに違和感を覚える?


自問を続けていたらナツが何かに躓いた。


「おっとと」


地面の出っ張りだった。

迷宮の通路は平らではない。

注意しなければ躓く位の出っ張りはそこいら中にある。


「ナツ、油断してはいけません。 何もない通路で躓くなんて注意力散漫な証です…よ…」


「うう、ごめんなさい…」


ハルの言う通りなので素直に謝る。

けれどハルは動こうとしない。


「ハルお姉ちゃん、ごめんなさい。 もっとちゃんとするから、先に行こう?」


ハルを怒らせてしまったのかと心配になり、更に謝罪をするナツ。

恐る恐る顔を上げると、ハルはナツを見ていなかった。


「ハルお姉ちゃん?」


ナツが訝しみ、ハルの視線を追う。

ハルはナツの足元を見ていた。

躓いた出っ張り――では無く、その周囲を。


「これは……」


漸くナツも気が付いた。

足元には足跡が大量に残されていたのだ。


これはコボルドだろうか? 犬のような足跡だ。

こっちは小人のような足跡だ。 ゴブリンだろうか。


「どういう事? まだ新しいよね、これ」


返答を期待せずナツが疑問を口にした。

そこで漸くハルが口を開く。


「――ナツ、今すぐ戻りましょう」


だが、それは疑問への返答では無い。

ハルの顔は少々青褪めて見えた。


「え、どうしたの? さっきから変だよ?」


そんなナツにハルは真面目な顔を近づけて言った。


「これは“魔物の暴走(スタンピード )”の兆しです」


ハルは、さっきから感じていた違和感の正体に気付いた。


――女将は何と言っていた?


『――結構な人数の探索者が毎日来たものさ』


そう言っていたではないか。

儲からない迷宮に人は来ない。

況してや迎えるための宿屋など建てない。

ここは儲かる迷宮なのだ。

なら、この現状は何と説明する?




――蓄えている、暴走するための瞬発力を




「ナツ、早く村に戻ってこの事を知らせないと危険です」







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