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01-03 治療

結局、ナツは助けを求める者達を放っておけなかった。

患者の大部分は、放置しても自然治癒する者達ばかりであったが、中には重症の者がいたのも確かだったからだ。


軽症の――と言うのも烏滸がましい者達は、最下級の癒し(ヒール )を掛けてやれば喜んで帰っていった。


重症の者は、直接ナツが出向いていき診察した。

こんな時に役に立ったのが医学の知識――睡眠学習で覚えた――だった。

どこが、なぜ、どうして悪くなったのか、それらをキチンと解析した上で癒すと、明らかに効果が向上したからだ。

その違いは劇的と言って差し支えの無いほどであった。




そうして一通り患者を治すと、さっさとこの街を出ていく事にする二人だ。

予定では五日もいれば長い方だったにも関わらず、すでに十日も滞在している。

人々の役に立つのは嫌いではないが、そこに欺瞞が加わると遠慮したくなるものだ。

要するに、ナツを使って一儲けしようと言う輩が目立ってきていたのである。


「結局、目的は見つけられなかったね」


「仕方ありません、こんな逃げるように街を出る事になるとは思っていませんでしたから」


「…ごめんね、ハルお姉ちゃん」


「ナツのせいではありません。 これは私のミスです」


目立たない早朝。

二人は旅支度を整えると街を出た。

にも拘らず、一時間もしない内に背後からナツを呼ぶ声が聞こえて来た。


「神官様~!」


正直、またかと思わないでもない。

だが振り向いて、ナツはその思いを改めた。

なぜなら自分を神官と呼ぶその声の主は、自分よりも幼い子供だったからだ。







その子は名をユージーンと言った。

この街から三日ほど先にある“バイロン”と言う村から来たそうだ。

ナツを頼って来たのは、ユージーンの父親が仕事中に崖から落ちて足を折ったからだ。

当て木をして様子を見ていたが、一向に治る気配は無く、連日熱を出して寝込んでいると言う。


そんな折、街に奇跡を起こす神官様が来ているという噂を耳にした。

必死に街へとやって来て、あっちこっちで話を聞き、漸く宿まで来たら今朝早くに発ったと言うではないか。

慌てて追いかけて来て今に至る、と言う事だった。


「聞くも涙、語るも涙のお話ですね」


白けた顔――いつもの顔だ――で、そんな事を言うハル。


「そんな事を言っちゃだめだよ、ハルお姉ちゃん。 うん、特に行先が決まっている訳じゃないし、その“バイロン”の村に行くよ。 そして君のお父さんを治そう」


優しい声音と表情でそう言うナツに、ユージーンは思わず叫んだ。


「ほ、本当か!? …じゃなくて、本当ですか?」


これには思わずナツが吹いた。


「ぷっ、くすくすくす、無理しなくていいよ。 いつも通りの言葉使いでいいから」


そんなナツに恐る恐ると言った風情で問い返すユージーン。


「ほ、本当か? 態度が悪いから、やっぱり止めるとか言わないか?」


「言わない、言わない」


「はーっ、良かった。 なんか舌噛みそうになるんだよな、これ」


敬語不要と言われて素の喋りに戻すユージーン。

それに気を良くしたナツは、更なる注文を付けた。


「それに神官様なんて呼ばないでよ、僕はナツって言うんだ」


「へー、じゃあナツ兄ちゃんでいいか?」


ユージーンはすぐさま了承し、アレンジを加えて呼び名を決める。


「え!?」


だがこれにナツが激しく反応した。


「なんだよ、やっぱりだめか?」


その芳しくない反応に、少々がっかりしてしまうユージーン。

だが、そうではなかった。


「も、もう一回…」


「え? 何をだ?」


「い、今のをもう一回お願い」


「今のって…ナツ兄ちゃん?」


「…(じーん)」 ←感動に打ち震えているらしい


そんなナツに不安になったユージーンは、ハルに尋ねる。


「なあ? ナツ兄ちゃん、どうしちゃったの?」


「さあ」


ナツと違い、ハルはユージーンに素気ない。


「えへへ、ごめん、ごめん」


漸く再起動を果たしたナツにユージーンが尋ねる。


「どうしちゃったんだよ、一体」


「いや、“兄ちゃん”って呼ばれたのが嬉しくて…」


「えー、そんな事でか?」


ナツにとっては、そんな事では無かった。

常日頃、ハルから年下の弟扱い――事実なので反論も反抗も出来ない――されているナツには、自分より年下の子から親身に頼られるのは憧れですらあったのだ。

そして、ナツにはそれだけで充分に頑張る理由になるのであった。


「よーし。 僕、頑張っちゃうぞ!」


そんなナツをハルはにこやかに――無表情だが――眺めていた。


(気分が上向いたのなら何よりです。 あのユージーンと言う子供、中々やりますね)


ハルとしては、ナツの気分がいいならそれでよし、と言うスタンスだ。

こうして二人と一人はバイロン村へと向かうのであった。







「兄ちゃん、こっちこっち!」


三日ほど掛けて村へと着くと、ユージーンに手を引かれて彼の家へと向かった。

彼の父親は、熱に魘されながらベッドに横になっている。


「父ちゃん! 母ちゃん! ただいま! 兄ちゃ…神官様を連れて来たぞ!」


大声で帰宅を告げるユージーンに、母親らしき人物が振り返った。


「ユージーン! どこにもいないから心配したわ! 一週間も何処で何をしていたの!?」


母親だろう人物が半分泣きながらユージーンを責める。


「…あなたにまで何かあったらと思うと…私はもう、どうしていいか…ぐすっ」


完全に泣き出した母にユージーンがたじろぐ。


「ご、ごめんよ母ちゃん」


素直に謝る辺りは彼らしいと言えた。


「家人に黙って出て来たのなら、責められても仕方ないですね」


そんな母子のやり取りを見て、ハルが正論中の正論をぼそっと呟く。

それで漸くハル達に気が付いたのか、母親が姿勢を正した。


「あ、あの、神官様でいらっしゃいますか? この子の我儘を聞いて頂いたようで、その…」


いきなり神官を連れて来たと言われて動揺しているのだろう、母親の言葉は段々と尻窄みになってしまった。


「とりあえず診察させて下さい。 現状がはっきりするほど治癒の魔法は効果が上がりますから」


そう答えたナツに、母親は吃驚したようだ。

彼女はハルが神官だと思っていたのだろう。

こんな子供が神官だとは思わないのも当たり前ではあるが。


母親は慌ててナツを父親の傍へ案内する。

ナツは黙って父親の容体を観察し、折れた右足を丹念に診察していった。


(脛に崖から落ちたのとは違う傷があるね。 骨の折れた位置からして解放骨折で間違いなさそう。 やっぱり感染症かあ)


要は折れた骨が肉を突き出てしまい、折れた骨の断面が空気に触れて雑菌が入り込んでしまったのだ。

これの治療には骨の断面を洗浄する必要があるのだが、熱を出してからの日数的に、大分危険な状態なのは確かだ。

だがナツには“apostrophe”がある。

そんな外科的治療を施さなくとも、理屈さえ解っていれば効果UPが望める逸品だ。

ナツは早速治療を開始する。

すぐにナツの両目が青く光り出した。


「“apostrophe” お願い(プリーズ )癒して(ヒール )――“消毒ディスインフェクション”」


そこで終わらず、ナツは更に続けて唱えた。


「――“滅菌ステイリゼーション ”――“治癒ヒーリング ”」


全て唱え終わるとナツは席を立った。

両目は何時の間にか元のブラウンに戻っている。


「終わりました」


ナツがそう宣言すると、後ろで見ていた母親とユージーンは慌てた。


「お、終わったって、父ちゃんはまだあんなに苦しそうに…あれ?」


ユージーンがベッドに横たわる父親を見ると、その父親の寝息が穏やかなものに変化している事に気が付いた。


「あ、ほ、本当に…?」


母親は信じられない物を見たと言う顔で目を見開いている。


「治ってると思うけど、念のためもう一日、二日寝かしておいた方がいいかも」


そう言ってハルと共に部屋を出ていく。

ユージーンと母親は慌てて二人を追いかけて来ると、深々と頭を下げて礼を言った。


「ありがとう、兄ちゃん!」


「あ、ありがとうございます! 本当に何とお礼を言っていいか…」


そんな母子にナツは「お礼はいいから、お父さんに付いていてあげて下さい」と告げるとハルと共に家を出ていった。

治っているとは思うが、かなりの重症だったのも確かだ。

完治を見届けるまでは、この村に居なければなるまい。

そうして、この村での宿を探して歩き回るナツとハルの二人であった。







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