01-01 初めての街
旅を続けていた二人は、やがて街に着いた。
まだまだ辺境だが、それでも結構な賑わいを見せている街のようだ。
「この街なら立派な宿が期待出来ます、まずはそこを探しましょう」
「はーい」
ナツは、こんなに大きくて人が沢山いる街に来た事が無いため浮かれている。
色々な店の看板を見つけてはハルに尋ねていた。
「あ! あれは何?」
「はい、あれは冒険者ギルドの看板です」
「ぼうけんしゃぎるど?」
「ええ。 ほぼ“何でも屋”と言っていいでしょう。 基本的には魔物を倒して生計を得ている人達の互助会です」
「へぇ~」
「ですが、私達には関係ありません」
「何で? 僕ら魔物倒せるよ?」
魔物を倒してお金を稼げるのなら、倒せる自分達は冒険者になればいいのではないかと考えたナツである。
「冒険者ギルドには十五歳以上にならないと登録できないからです。 私は十四歳ですし、ナツに至っては推定十歳ですから」
「えー…」
ハルの答えは簡潔明瞭だ。
意外な所に制限があって、がっかりするナツであった。
「それに魔物以外の物品ならば、他のギルドや店で買い取ってくれます」
二人には、旅の途中で採取した薬草や鉱物、宝石の原石等を換金して、充分すぎる収入があった。
つまり、冒険者ギルドに拘る理由が二人には無いのである。
そんな物資を換金した店で聞いた宿に向かっていると、体格のいい男達四人組に囲まれた。
「あれ君可愛い~、そんなお子ちゃま放っておいて、俺達と楽しい事しない?」
ニヤニヤ笑いながら定番のセリフを言う男達。
「そうそう、そんなガキより気持ちいい事いっぱい知ってるぜ?」
言いながら包囲を狭めてくる。
「そんな訳だから、ガキはどっかに――行ってろよっ!」
男達の一人がナツに殴り掛かった。
「うわっ」
会話中に殴られると思わなかったナツは、まともに喰らってしまう。
そもそもナツは、近接戦闘が苦手なのだ。
しかし、それだけだった。
特に痛みも無ければ、よろけると言う事も無い。
その場から一歩も動いていないのだ。
むしろ殴り掛かった男が驚愕していた。
「…なんだ、このガキ。 こんな手応え――」
だがそこまで口にした所で、男は言葉に詰まる。
周囲の気温が一気に下がったような錯覚を覚えた。
「あなた方、私のナツに手を上げましたね」
ハルが殺気を撒き散らしていた。
止める気も無いらしい。
だだ漏れである。
「な、なんだ、この女…」
「ちょ、ちょっと、やべえよ、こいつ…」
漸く男達は、自分達が手を出してはいけない相手にちょっかいを掛けてしまった事を知る。
しかし、手遅れであった。
ハルがスッスッスッと音も無く動く度に、男達の周囲から血飛沫が舞う。
そして血飛沫が舞う度に、男達の腕が一本、また一本と地に落ちていった。
合計八度。
同じ事が繰り返され、地面には八本の腕が転がり、その場に腕を失った四人の男が立ち尽くしていた。
ハルの手には高周波の刃を備えた短剣が握られている。
その刃は血に染まってはいなかった。
高周波が血を刃に纏わり付かせる前に飛ばしてしまうからだ。
ハルが短剣を仕舞うと、漸く男達が再起動した。
「う、うわぁあああ! お、俺の腕ぇ~!」
「お、俺の腕が! ちきしょう! 拾えねぇ!!」
阿鼻叫喚であった。
だが、誰一人ここへと集まっては来ない。
ここは彼らのような、ならず者の集まる場所であり、この街に住む人間ならば近寄らない地域だからだ。
ここで悲鳴が上がるなど日常茶飯事だった。
そして彼らが失敗した事で、ハルとナツに関わろうとする連中はいなくなった。
それも当然だろう。
関われば、今度は自分の腕が切り落とされてしまうかもしれないのだから。
「ああ、もう。 ハルお姉ちゃんは、ちょっとやり過ぎだと思うよ?」
掠り傷一つ負っていないナツが声を掛けた。
ナツは基本的に傷を負わない。
なぜなら、ハルが過保護なまでに防御を厚くしているからに他ならない。
刃物も衝撃も通さない特殊繊維で仕立てた服の着用と、更には1マイクロ秒で展開する対物、対エナジー障壁発生装置を身に付けさせているからだ。
街のならず者はおろか、エルダードラゴンですらナツには傷一つ付けられまい。
仮に傷を負った所で“apostrophe”が瞬時に癒してしまうのだから怪我とは無縁だ。
「私のナツに手を上げたのです。 二度と出来ないよう、両腕を切り落とすのは当然ではないでしょうか」
「直接被害は無かったんだから、もう許してあげよう?」
「ナツは甘いです。 ですが、他ならぬナツがそう言うのでしたら、そうしましょう」
ハルがナツの提案を受け入れた事を確認すると、ナツは地面に転がっている腕を拾い集める。
そして切り落とされた腕と胴体の切り口を合わせると――
「“apostrophe” お願い、癒して――“接合”」
そう言って、切り落とされた腕を繋げていった。
普段はブラウンのナツの両目は、何時の間にか青く光っている。
都合八度、それを行うと
「じゃあね、お兄さん達。 もう悪い事しちゃダメだよ?」
そんな事を告げながら去って行った。
男達四人は呆然としながら、そんな二人を見送る。
その場に残る血痕と、彼らの青い顔だけが先程の凄惨な場面の痕跡であった。
ハルは先頭に立って、スタスタと元来た道を辿る。
「ハルお姉ちゃん? なんか戻ってる気がするんだけど…」
「間違っていません、正に戻っているのですから」
「え、何で?」
そのナツの疑問にハルは足を止め、クルリと振り返る。
その動きに合わせて黒のエプロンドレスの裾がふわりと舞った。
そんなハルを見て、どぎまぎするナツの様子に満足すると、彼女は人差し指を立て、説明を始めた。
「いいですか、ナツ。 私達は薬草を換金した店で宿を尋ねました」
「うん、見てたから覚えてるよ」
ハルの圧力に思わず仰け反りながら答えるナツ。
「よろしい。 ならば、なぜ教えられた道を通っていたのに、私達は彼らに襲われたのですか? それも誰も助けに来ない場所で」
「えーと…あっ」
漸く、ハルが何を言いたかったのかを理解する。
「判りましたか、あの店の店主と彼らはグルだったと言う事です」
「うわぁ~、油断も隙も無いねえ」
つまり、換金して大金を持っている獲物を襲っていたのだろう。
考えなくても常習犯と判る。
「じゃあ、ハルお姉ちゃんは――」
「悪人は成敗するべきと考えます。 止めませんよね?」
「そうだね、ここで止めたら他の人が被害に遭うもんね」
ナツの同意を得たハルは、先程換金した薬屋へと入っていった。
「――と言う訳ですので、賠償を求めます」
ハルは先程の出来事を明瞭かつ簡潔に説明して、自分たちの要求を突き付けた。
だが、店主は鼻で笑う。
「はっ、バカを言うな。 それは言い掛かりと言うんだ。 証拠なんか何処にも無い。 道が違った? そんな些細な間違いは誰にでもある。 特に俺はこの店から出る事は殆ど無いんだ、宿への道順なんかうろ覚えだよ」
なるほど、確かに店主の言い分は筋が通っている。
だが事ハルに対して、それは悪手であった。
素直に金で清算してしまえば良かったのだ。
「ギルティ。 分かってはいましたが、確信犯の上、反省の色も見受けられません」
「分かったなら邪魔だ。 ほら、帰った帰った」
「いいでしょう。 ならば、物理的に潰します」
「あん?」
“ィィイイイイン”
訝しがる店主を尻目に、ハルは流れるような動きで店内を一周する。
「用は済みました。 行きましょう、ナツ」
「え? あ、う、うん」
「おう、帰れ帰れ。 二度と来るな!」
そう言いながら店を出ていった二人を見送ると、店主は首を捻った。
「やけにあっさり帰って行ったな…普通、この絡繰りに気付いた奴はもっと粘るものなんだが」
そして店の外では、同じようにナツが首を捻っていた。
「なんで、こんなにあっさり出て来ちゃったの?」
その疑問をハルにぶつけている。
「用は済んだと言ったでしょう。 見ていなさい」
そう言って、ハルは店の壁を指で突いた。
そう、まさに「ちょん」と言う擬音が相応しい感じで。
すると「ギギギギギィィィィィ」と言う音がし始める。
その音は、どんどん大きくなり、大きくなるに従って薬屋の建物が大きく傾いている。
「あ、あれえ…」
「ナツ、呆けていないで離れますよ」
ハルはナツの手を取って薬屋から距離を取った。
その間にも薬屋は崩れていく。
その後、数分と経たずに薬屋は“潰れて”いた。
暫くすると、崩れた家屋から店主がボロボロになりながらも這い出てきた。
「ど、どうなってんだ、こりゃあ…」
集まってきた野次馬達も同じ気分だろう。
そんな店主を見届けると、ハルはナツの手を引いたままその場を立ち去った。
「は、ハルお姉ちゃんがやったの? あれ…」
「はい。 ナツも覚えておくといいでしょう。 建造物は要になる部分が必ずあります」
そう言ってハルは短剣を出す。
“ィィイイイイン”
高周波の刃を持つ短剣を。
――そこを断ってしまえば、簡単に崩れる物なのです
いとも容易く紡がれた言葉に、ナツはこの姉だけは怒らせないようにしようと固く誓ったのだった。
更新再開、終わりまで一気に行きます。
いや、そんな長くはないですけどね?(短期集中連載)
と言う事で、軽く導入部。
お話が動くのは次回(明日)から。