邂逅
アーロンのキャラバンにお邪魔して三月が経とうとしていた。
ベニーと無邪気に遊ぶナツを見て顔を綻ばせる者。
ハルの作る料理を口にして感動の涙を流す者。
どんな事にも積極的に手伝うナツを見て感心する者。
ハルが甲斐甲斐しく世話をするナツを見て羨む者。
二人は概ねキャラバンに受け入れられていた。
仮に不満があっても、それを口にする者はいないだろう。
何故なら――
「“氷よ”――“弔い歌え”」
ハルの魔術は、盗賊はおろか魔物すら寄せ付けず――
「“apostrophe” お願い、癒して――“大癒”」
ナツの魔法は、どんな大怪我さえも癒すのだから。
「はい、もう大丈夫だよ」
「ありがとう、ナツ」
気配を消した魔獣に襲われ、深い傷を負ったキャラバンの男は、すっかり癒えた自身の傷を見て驚いている。
「いつ見ても、ナツ殿の魔法は素晴らしい」
アーロンが感動を表に出して言えば、
「それにハルさんの魔術も凄まじいよ」
息子のカラムが、畏敬を込めてハルの魔術を称えた。
その日の昼食後、ナツは瞬間冷凍した魔獣を解体していると、ユッピーがそわそわしているのに気が付いた。
「どうしたの、ユッピー?」
気になったので声を掛けた。
「ガウ」
と鳴かれても、ナツには虎の言葉が分からない。
何となく、用があるのかな?と察するくらいが関の山だ。
どうしたものかと思っていると――
「ナツ」
ハルがやって来た。
「あ、ハルお姉ちゃん」
ハルを見れば、その肩にいるルナまでもがそわそわしていた。
「ルナも?」
「ユッピーもですか」
顔を見合わせる二人であった。
昼食後、移動を再開するキャラバン。
この先の湖を避けるために、一度南下するのがいつものルートと言う事だった。
だが、ここでユッピーが足を止めた。
ルナもハルの肩から下りてユッピーの頭に乗っている。
「ユッピー? ルナ?」
「グルルル」
ナツが困惑していると、ユッピーはナツのズボンの裾を噛んで引っ張った。
「どうやらナツを…いえ、私達をどこかに連れて行きたいようですね」
ルナは円らな瞳を潤ませてハルを見ていた。
そんな二匹の心情を、ハルは推測したようだった。
「そうなの、ユッピー?」
「ガウ!」
そうだ! と言わんばかりに一声吠えた。
「う~ん、どうしようか…」
悩むナツ。
「それじゃあ、用が済んだらすぐに追いかけて合流します」
「分かりました。 お待ちしていますよ、ナツ殿」
道が南北へと分かれる場所で、アーロンと挨拶を交わす。
結局、ナツは一旦キャラバンと別行動を取る事にした。
ユッピーとルナは、頑なに二人を北へと誘う。
二匹はただの虎と栗鼠ではない、精霊獣だ。
この行動には、きっと何か理由があるに違いない。
放置して先へ進むのは得策ではないと思えたのだ。
北へ進むと、街道は湖に沿って弧を描いていくが、ユッピーは道を無視して真っ直ぐ北へと進んだ。
街道を外れ、獣道を通り、ついには獣道すら無くなった。
道なき道を行く二人と二匹。
「これはこれで、ちょっと楽しいかも」
わくわくしているのが分かる口調だ。
こんなところはナツも男の子だ。
「こんな事をしていては、服が何着あっても足りません」
対照的に愚痴を零すハル。
雑草や木の枝に引っ掛けるので、服が痛むのが早いのだ。
キャラバンと別れ、五日も過ぎた頃。
森を掻き分けて辿り着いた先には――
「これは…」
「精霊の祭壇です」
――いつか見たのと同じ、精霊を祀るための祭壇があった。
「ここに来たかったの?」
ここが目的地だったのだろう、ユッピーとルナはすでに寛いでいた。
それを確認したハルが言う。
「ここが目的地で間違いないようですね」
「それはいいんだけど、ここで僕らは何をすればいいんだろうね?」
「それがはっきりするまでは、ここにいるしかないでしょう」
と言う事で、まずは食事からだ。
準備が済み、後は食べるだけとなったところで、ナツが思い出したようにお供え物として祭壇に食事を置く。
「相変わらずですね」
そう言うハルの顔も、そこはかとなく優しく見える。
「えへへ」
照れるナツ。
そんな二人を、ユッピーとルナが嬉しそうに眺めていた。
結局、その後は何が起きるでもなく、夜を迎えてしまった。
精霊の祭壇は、野獣や魔獣を近付けないため、見張りを立てなくても安心して眠れる。
二人はすぐに寝入ってしまった。
「ここどこ?」
ナツは気が付くと見覚えのない場所に立っていた。
「私にも判りませんが、精霊の気配を強く感じます」
その声に振り向くとハルがいた。
「精霊?」
「恐らくは祭壇が原因だと思うのですが…」
さすがのハルも困惑気味のようだ。
《その考えに間違いはない、繋ぐ者よ》
声では無く、意志その物が頭の中に響いた。
「あれ、ユッピー?」
「私にはルナの気配が感じられます」
《それもまた間違いでは無い。 我は精霊の集合体だ。 全ての精霊の意思を表す存在だ》
「ユッピーもルナも一緒にいるってこと?」
《然り》
全ての精霊の中には、当然ユッピーとルナも含まれるのだろう。
「それで、ルナとユッピーを使って私達をここへ誘った訳はなんですか?」
《――――》
精霊の意思は、会話では無く、文字通り“意思”を伝えた。
今の時代、人間は精霊を忘れてしまった。
そのため、人間と精霊との繋がりは完全に消えそうになっている。
繋がりが完全に絶たれると、人々は精霊の恵みを得られなくなってしまう。
「うわ、大変だ。 野菜や果物が食べられなくなっちゃうよ」
「それだけではありません。 水も風も火も、何もかもが無くなってしまいます」
何も無くなるのは人間だけではなかった。
精霊も、その形を保てなくなってしまうと言うのだ。
形を保てなくなった精霊は世界の一部へと戻り、二度と顕現出来なくなってしまう。
精霊は、それを寂しいと感じていた。
「忘れられちゃったのに、人と一緒にいたいんだ…」
そんな折、忘れられた祭壇に供物を供えた人間の子供が現れた。
「あれ、それ僕のこと?」
しかも、その連れは精霊魔術の使い手だ。
「私ですか」
精霊は、運命を感じた。
彼らに失われた絆を取り戻して欲しいと願った。
だが、未だ繋がりは細い。
今は二人と相性のいい精霊を傍に置くのが精一杯だった。
「それがユッピーとルナなんだね」
世界の各地に存在する精霊の祭壇を訪ねて欲しい。
ただ訪ねるだけではだめだ。
お供えを忘れるな。
くれぐれも忘れるな。
お供えは重要だ。
美味しい物を是非頼む。
「諄いですね」
《重要な事だ。 何度でも言おう》
「ハルお姉ちゃんの作るご飯は美味しいもんね」
ナツは、精霊すら虜にする食事を作るハルを誇らしく思った。
《それでどうだろうか、頼まれては貰えまいか》
「うん、いいよ」
実にあっさりと答えるナツ。
考える事すらしなかった。
「世界中を見たいと思ってたし、何よりユッピーとルナの頼みだしね」
「ナツがそう言うのなら、私に否やはありません」
ハルはいつも通りだ。
ナツの決定に口を挟む事はしない。
《ありがとう、これで我らはまた存在を許される》
二人の心に感謝の気持ちが伝わった。
すると、どこからかユッピーとルナが現れる。
「ガルル」
「キュ」
二匹は嬉しそうにナツとハルに甘えている。
「うん、頑張るよ。 だから、きっと大丈夫」
ナツは気負いもなくそう言った。
世界中を回る旅。
きっといくつもの困難にぶつかるだろう。
辛い事もきっとあるだろう。
きっと、ナツもそれを理解している。
でも、頑張ると言った。
「ご主人様は目的を見つけたのですね」
ナツの旅は、ここから始まるのかもしれない。
これにて完結です。
気が向いたら番外編くらいはやるかもしれません。
ネタか、書きたいテーマがあれば…ですかね。
※ 追記 尋ねる→訪ねる に修正。




