02-Ending やり直し
ナツとアデレイドの間に微妙な空気が漂っていた。
空気を読む事に敏感なハルがそれに気付かない訳もなく、二人に何かあったのだろうと察するも、さすがに何があったかまでは解らず、事情を知るまでは放置の方向で対応する事を決めた。
要は普段通りと言う事だ。
そんな彼らに宿の従業員が来客を告げたのは、凡そ半刻後だ。
客とは二刻ほど前に分かれたバーバラとアンガスであった。
「ああ、アデレイドは無事でしたか…良かった」
余程安心したのか、脱力して床に座り込んでしまった。
「だから言ったであろう、ナツ殿の傍の方が安心だと」
呆れ顔のアンガスだが、その顔には同様に安堵の色が伺えた。
事情を聞けば、ナツも驚かずにはいられなかった。
「ダナ神教が全滅…!?」
アデレイドも相当驚いている。
目を大きく見開き、同様に大きく開いた口はお淑やかに手で隠しているが、その驚愕の表情は隠し切れていない。
「全く愚かな話だ」
大司祭が、ナツを取り押さえるのに神殿騎士の殆どを連れ出してしまい、戦力の無くなった本山を敵に襲われたと言うのだ。
生き残っているのは極僅か、三十人に満たないと言う。
「だからって、たった二人に…」
まさかと思うナツだが、それにアンガスが答えた。
「目立って動いていたのが、その二人と言う事だろう。 他にもいたはずだ」
そうでなければ非戦闘員とは言え、数百人に上る人間を短時間で制圧するなんて考えられない。
「それだけではないですね。 余りにもタイミングが良過ぎます。 誰か手引きした者がいるのではないですか?」
ハルが自らの考えを述べた。
確かに急遽決まったであろう、ナツ捕獲作戦に合わせて襲撃出来るとは、予め知っていたとしか思えない。
「…我々に裏切者がいると?」
アンガスがまさかと言った顔で、確認するようにハルに聞いた。
「あるいは潜入工作員がいたか、です」
ハルは冷静にもう一つの可能性を示唆する。
「ううむ…」
アンガスは腕を組み、目を閉じて考え込む。
「ですが、ここはこちらから出向いて、司祭の屋敷に残して来た彼らの安否を確認するのが先決でしょう」
ハルは行動指針に対する優先順位を告げる。
敵がダナ神教の内情を本当に知っているのなら、郊外の司祭の屋敷に大司祭がいる事も知っている筈だ。
そこには大勢の神殿騎士がいる――殆ど全員だ――が、彼らは全て行動不能のまま置いて来てしまった。
亡き者にされている可能性が高いが、このまま確認しない訳にもいかないだろう。
「アデレイドはここに残して行きたいのですが」
バーバラが自らの希望を述べる。
「いえ、ここは全員で行くべきです。 彼女一人で残す方が危険です」
「そうだな、俺もそれに賛成だ」
しかしハルがそれに反論し、アンガスがハルの意見に賛成すると何も言い返せない。
無論こんな時、ナツはハルに反対しない。
絶大なる信頼を寄せている。
かくして、五人と二匹は郊外の屋敷へと出向く事になった。
距離的に、着く頃には日が暮れているだろうと思われるが仕方ない。
箱入り娘のアデレイドは、一日でこんなに長く歩いたことが無いのでユッピーの背に乗せられている。
さすがにこれだとナツと手を繋げないので、ハルの機嫌が悪くなることもなかった。
幸い、日が暮れる前に目的地に着いた。
こう言っては悪いが、足手纏いのアデレイドがユッピーに乗った事によって、移動速度が上がったのだ。
「注意して下さい。 誰かいます」
気配に敏感なハルが注意を促す。
仲間内に緊張感が走った。
そんな彼らの緊張感に、自らの存在がバレた事に気付いたのか、姿を現す四人。
「やあっと来たかよ、待ちくたびれちまったぜ」
そう言ってコートのフードを下した革鎧の少年を見てアデレイドが叫んだ。
「ジョシュア!?」
そんな彼女を尻目に小柄なローブ姿の少女もフードを下す。
「あたしもいるよん」
「「ヴェロニカ!?」」
またも驚くアデレイド。
今度はバーバラも一緒だ。
「感動の再会もそこまでにしろ。 茶番は不要だ」
そう言って前に出たのは黒い鎧に黒い外套姿の男だ。
「結構結構。 全員お揃いのようだ。 お前達を殺せば今回のお役目も完遂と言う訳だな」
黒い法衣の男が満足そうに呟いた。
「その口ぶりだと大司祭達はすでに死んでいるようだな」
確認するような口調でアンガスが口にした。
「無論だ。 ダナ神教を滅ぼすのが我々の役目である」
誇るように黒法衣の男が言う。
そんな男に言葉を掛ける者がいた。
「何故ですか?」
ナツだ。
ナツは黒法衣の男に疑問をぶつけた。
「別々の神を信仰しているけど、同じ聖職者でしょ? 何故殺さなければならないのかな?」
「バカな事を言うな小僧。 我らは真の自由を掲げる神ラディスラスの使徒である。 自らの手足を縛り悦に入るマゾヒストと一緒にしないで貰おうか」
ナツの疑問事態が不服なのか、不機嫌さを隠すことなく語る黒法衣の男。
(自らの手足を縛り悦に入るとはまた、言い得て妙ですね)
ハルはハルで、黒法衣の男の言葉に感心していた。
「騙されてはいけません、ナツ様。 彼らは自己の欲求のためにのみ動き、他者を汚します」
さすがに黙っていられないのか、バーバラが反論する。
「それこそが自由であると言う事だ。 弱肉強食こそが自然の姿ではないか」
黒法衣の男は、それがどうしたと言わんばかりに軽く流す。
その向こうでは別の三人による会話が行われていた。
「ジョシュア、ヴェロニカ、何故あなた達が…」
アデレイドは親しい友人と思っていた二人に問い掛ける。
「俺は何年も前からこっち側だったぜ? アデレイド様」
「どうして…」
ジョシュアの言葉に涙を浮かべるアデレイド。
「どうしてもこうしても無いさ。 自分が幸せになれない教えなんて糞喰らえだ」
吐き捨てるようにジョシュアは言った。
そこへヴェロニカが口を挟む。
「あたしはさ、別にどっちでもよかったよ?」
弟と違い、彼女には彼女なりの理由があるようだった。
「ヴェロニカ…」
「大司祭には情婦以下の扱いしかされなかったけど、それなりに優遇してくれたしね。 でもあの豚はそこのガキに負けちゃったし、あんたに鞍替えしそうだったし? 捨てられたら、あたしはどうやって生きていけばいいのか判らないもの。 だからジョシュアに誘われて、こっちに付いたんだ」
「くくく、おかしなものだな。 人々を助ける教義の筈が、内部の人間は救われず、我らの元で幸を得るとは」
「くっ…」
黒法衣の男の言いざまにも言い返せないバーバラ。
ヴェロニカとジョシュアが寝返ったのは確かなのだ。
「だが、それは今更な話だ。 何故今になって現れた?」
それまで黙って聞いていたアンガスが問いを発した。
「ふん、貴様ら程度いつでも滅ぼせたわ。 今回はいい機会だったので実行に移したまでよ」
黒法衣の男はそう嘯く。
「切欠は聖女でしょう」
そんな男の言い分などまるで意に介さず、ハルが核心を突いた。
「私…私のせいで…?」
アデレイドは愕然と呟いた。
「あなた方のように普段地下に潜っている教団ならばともかく、人々の営みと隣り合う神殿は例外なく魔法力の低下に頭を抱えています。 そして、かつての権威の復活を望む。 これは全ての神殿に共通する命題です」
ハルは順を追って自分の推理を口にし始めた。
「確かにそうだが、それと奴らの襲撃に何の関係があると言うのだ?」
ハルの言葉に疑問を感じたアンガスが問い質す。
「そんな折、ダナ神教は聖女の育成に成功した」
ハルの一言に、ぴくりとアデレイドの体が反応する。
「魔法力と権威。 二つの命題を同時に解決する良い手です。 これをダナ神教だけが成功させた。 他の神殿としては心穏やかではいられないでしょう」
ここまで語ったところで漸くハルが何を言いたいのか理解したのか、アンガスが言葉を挟んだ。
「ま、待ってくれ! それはつまり、君は他教団、他の神殿が彼らに依頼して我らを滅ぼそうと計画したと言いたいのか!?」
彼は信じられない、否、信じたくないと言う顔をしていた。
「それが一番自然と考えます」
だが、ハルは容赦なく現実を突き付ける。
また、それを証明するかのように、先程まで饒舌だった黒法衣の男が黙り込んでハルを睨み付けていた。
やがて場が静まると、黒法衣の男が口を開く。
「それを知ってどうすると言うのかね。 君達も我らに敵対するとでも?」
内心、冷や汗を掻きながら男がハルに尋ねた。
彼らとしては、ナツとユッピーを敵に回したくはないのだ。
「それを決めるのはご主人様であって、私ではありません。 偽りだらけのあなた方の言葉を暴いたまでです」
「ええっ!? 僕!?」
がびーん! と言う擬音が背後に見えるかのような驚きを見せるナツであった。
気が気ではない黒法衣の男だが、そんな彼らに救いの言葉を掛ける者が現れた。
「その必要は無い。 これは我らダナ神教が売られた喧嘩だ。 我らだけで片を付ける。 いいな、バーバラ殿?」
アンガスだ。
彼はハッキリとナツ達の助力を拒絶した。
「もちろんです、アンガス殿。 同胞の無念、我らで晴らして見せましょう」
先程までと違い、きりりとした顔を見せて同意するバーバラ。
「ただ一つ、アデレイドだけは預けたい。 済まないが頼めないだろうか?」
アンガスが真摯な顔でナツに頭を下げた。
「分かったよ、任せて」
ナツのその言葉を受けてバーバラがアデレイドに話し掛ける。
「聞いていましたね? アデレイド、あなたは手出し不要です。 ナツ様の元にいなさい」
「…バーバラ司祭様」
ユッピーは、その背にアデレイドを乗せたまま、ナツの背後に移動する。
「いい覚悟だ。 久しぶりにそんな目をした奴と戦える。 おい、お前達は手を出すなよ」
黒騎士がジョシュア達に手を出さないように言い含め、アンガスに向き直る。
「あいよ」
「はいは~い」
二人は頷き後方へと下がった。
「ふむ、では我はダナ神教一の魔法使いと名高いバーバラ殿と手合わせといくか」
こうして、ナツ達が見守る中、二つの戦いが始まった。
騎士同士の戦いは小手調べから始まった。
フェイントで様子見しつつ相手の隙を伺い、打ち合いながら立ち位置を変える。
受け流しで相手の隙を作り、そこへ強打を打ち付ける。
常套手段が通じないと判れば、武器落としで武装解除を狙う。
駆け出しの騎士には望むべくもない高等技の応酬に、思わずジョシュアも息を呑んだ。
片や神官――司祭同士の戦いもまた凄まじいものであった。
自由を掲げる神の使徒は他者を傷つけ貶める魔法を得意とする。
黒法衣の男は“縛め”や“呪い”でバーバラを縛ろうとする。
しかし、バーバラも然る者。
巧みに躱し、時に魔法を使って防ぎ切る。
バーバラも守るばかりでは無い。
数少ない攻撃魔法を駆使して黒法衣の男を劣勢に追い込むと禁断ともいえる手を使った。
「あ、あれは“反転詠唱”?」
思わずナツが声を上げた。
そう、詠唱を反転させて魔法の効果をも反転させる、ナツの奥の手だ。
そしてバーバラが詠唱したのは――
「“大傷付与”!」
“大癒”を反転させた、相手に大怪我を与える魔法だ。
体勢を崩した黒法衣の男には避ける術は無い。
次の瞬間、バーバラの魔力で光る手が黒法衣に触れた。
これで決着が付くかに見えた。
だが、なぜかバーバラの手から急速に魔力の光が失われていく。
「!?――こ、これは、魔力が消滅した!?」
バーバラは不測の事態に後方へ飛び退く。
「バーバラ司祭様!」
食い入るように二人の戦いを見ていたアデレイドが、悲鳴のようにバーバラの名を呼んだ。
「くくく、貴様らのような生温い教団と一緒にするなよ? 我らは常に戦いに身を置いている。 他教の神殿を滅ぼす役目において、対魔法、対魔術に特化した装備を用いるのは当たり前ではないか」
(うわー、かっこわる。 実力はバーバラさんの方が上って認めちゃった)
それを聞いていたナツの感想だ。
実に素直である。
黒法衣の男は『実力差を埋めるために、いい装備を身に着けてるぜー!』と宣言したも同然なのだから。
実際、必要な物なのだろうし、使っている事自体に文句は無い。
なのに、黙っていればいいものを態々自分から暴露するのが痛々しい。
自慢のつもりなのだろうか。
見れば騎士同士の戦いも膠着状態に陥っている。
すでに陽は落ちて視界も悪い。
お腹も空いてきた気がする。
しかし、この場は緊迫した状態だ。
一触即発なのである。
だが、ここに敢えて空気を読まない者がいた。
「いい加減に決着を付けて貰わなければ食事の準備が出来ません」
ハルだ。
ハルにとっては彼らの事情など知った事では無かった。
このままではナツがお腹を空かせてしまう。
その事の方が余程重要なのである。
だと言うのに、バーバラが窮地に追い込まれてしまった。
これではナツが自分も出ると言い出すのは時間の問題ではないか。
なら自分達が決着を付けてしまっても同じ事だろう。
ハルはそう判断した。
「そろそろ終わりにしましょう」
「え、あの…ハルお姉ちゃん?」
(とは言え、ナツを魔法の前に晒すのは頂けません。 あちらは私が処理しましょう)
チラ、とハルがナツを見た。
「ナツ、私が許可します。 アレを使って黒騎士を仕留めなさい」
「え、いいの? あの人、死んじゃうんじゃないかなあ」
なまじ実力があるから手加減出来ないのだ。
ある意味で不運と言える。
「すでに何百人と他者を殺してる相手です。 殺される覚悟も出来ている事でしょう」
むしろ、殺される覚悟も無しに他者の命を奪ったのなら、ここで殺しておくべきだ。
ハルの言い分は解りやすかった。
「じゃあ…よいしょっと。 雷撃砲ユピテルサンダー!」
そう言ってナツが取り出したのは、ユッピーの名前の元にもなった対物ライフルだ。
それもただの対物ライフルではない。
銃弾に雷撃を纏わせ撃ち出す、科学とファンタジーの融合とも言える逸品であった。
本来対物ライフルの用途は家屋や壁に隠れた相手を、その障害物ごと撃ち抜く事にある。
騎士の鎧如き、何ほどの物でもない。
そこへ更に雷撃を纏わせたのは如何なる理由があっての事か。
きっと製作者の趣味に違いない。
ナツ自身の使用方としては、銃弾の効かない、或いは弱点の無い相手を蹂躙するための物である。
但し、連射が利かない――弾倉は三発固定――上に、銃自体が大きく取り回しが悪いため、“魔物の暴走”など、数を擁する相手には向かないと言う欠点があった。
ユピテルサンダーのその長身は、ナツの背丈の二倍近い。
銃尻を地面に突き刺し、銃身を抱くように抱えて狙いを定める。
周囲は戦いに夢中であり、また暗くなっている事もあって、誰もナツの動きに気付かない。
「発射!」
“ドゴォッ!”
とてもライフルとは思えない発射音を出して、雷を纏った直径15ミリの砲弾――敢えて銃弾とは言わない――は黒騎士に一直線に飛んでいく。
そして、この近距離だ。
一瞬の後に命中し、上半身に大きな大きな風穴を開けて黒騎士は絶命した。
その体がぐらりと傾き、ゆっくりと倒れた。
“ドサッ!”
『え!?』
ナツとハル――ついでにユッピーとルナも――を除いた全ての人間の時は止まった。
気が付いたら黒騎士が胸に大穴を開けて、スローモーションのように倒れたのだ。
それは、死闘を繰り広げていたバーバラと黒法衣の男、二人の司祭も同じであった。
「ラトウィッジ…?」
それが黒騎士の名だろうか。
呟いた黒法衣の男も、次の瞬間には腹と首を切り裂かれていた。
“ィィイイインンン”
無論、切り裂いたのはハルだ。
両手に持った高周波の刃の短剣が唸りを上げていた。
何が起きたのか解らない。
そんな驚愕に染まった顔のまま、黒法衣の男もまた地に倒れ伏した。
「あ~あ、負けちゃった」
そんな軽い口調で言葉を発したのはヴェロニカであった。
「偉そうにしてた割に大した事なかったよな」
ジョシュアも同様だ。
「また、最初からやり直しだね~」
――生きていくのってたいへんだよね
そんな事を言いながら二人は姿を消した。
ハルは後を追おうと思えば追えた。
しかし、敢えて追わなかった。
取り立てて特別ナツの敵と言う訳では無かったし、ナツもまたそれを望んでいないと思ったからだ。
ハルが食事の用意をしている間、残った者は黒騎士を含めて、死者を弔った。
とは言っても、一か所に集めて弔いの言葉を掛けるだけだ。
最終的には、ハルが高温の炎で一気に灰にする。
そして食事と弔いが終わり、屋敷の一室を借りて、今後の事が話し合われた。
ナツとハルは基本、オブザーバーだ。
今後どうするか、喫緊で決める必要があるのはダナ神殿関係者なのだから。
「権力など必要ありません。 まずは神殿――教団の在り方からやり直します」
バーバラがそう言った。
「俺も賛同する。 是非協力させて欲しい」
アンガスがそれに同意した。
「人は減ってしまったが、幸いにも魔法使いの神官は生き残った。 根本から立て直すなら今を置いて他に無いだろう」
古き時代の教団の在り方に戻るチャンスでもあると言うのだ。
その言葉の後、二人は頷き合い、アデレイドに向き直る。
「アデレイドには、本当に済まない事をしたと思う。 お詫びと言う訳では無いが、お前が望むならダナ神教から離れ、自由になる事を許そう」
「本当なら、最後まで責任を持って育てないといけないと思うのですけれど…」
「お前が思う通りにするといい」
このまま教団に残るのなら、今までとは違い、人として自然な姿でいられるよう尽くす。
また、ナツと共に去ると言うのなら追う事はない。
そう言っているのだ。
アデレイドは、ちらりとナツを見ると目を瞑って考えている。
そして、考えが纏まったのか、目を開けるとはっきりと告げた。
「ダナ神教に残りたいと思います」
バーバラとアンガスは驚いた。
二人は絶対にナツを選ぶと思っていたのだ。
「最後の戦いを見て思ったのです。 私はバーバラ司祭様――師に教わっていない事が、まだまだたくさんあるのだと」
あの戦いは、アデレイドなりに思う所があったようである。
「それに、お二人はこれから困難な事を成し遂げようとしているように思います。 そんなお二人の手助けをするのは、教義に沿った事だと思うのです」
アデレイドは、あくまでもダナ神教の神官でありたいと言った。
「ナツ様に付いて行きたいのは山々ですけれど…」
最後にそう付け加えたアデレイドに、ナツは笑顔を向けた。
「それでいいと思うよ。 僕には、今のアデレイドが凄く素敵に見えるんだ」
つい半日前まで、アデレイドは何一つ自分で決める事が出来なかった。
そんな彼女が自分で考え、自分で答えを出したのだ。
凄惨な事件だった。
けれど、それでもそれは彼女の経験となり血肉となって、彼女を一つ成長させた。
ダナ神教は生まれ変わる。
そのダナ神教でなら、彼女は色々な事を経験して、もっともっと成長出来る事だろう。
「ナツ様ぁ…」
ナツの向けた笑顔にアデレイドが蕩けた。
「ナツ様。 私、今はバーバラ司祭様をお手伝いしたいと思います。 ですが、それが終わったら……きっと、きっとナツ様を追いかけますから!」
――待っていて下さい
そう言ってナツに抱き付いたのだった。
「あ、ああ、そう…なんだ…」
この事態にナツは何と言っていいか分からず、ただアデレイドの背を撫でていた。
怖くてハルの方を向けない。
いっそ時間が止まって欲しいと思うナツであった。
ダナ神教が滅んだと言う事実は、あっと言う間に街中に知れ渡った。
予め知らされていたのでは?と思う程の拡散力だ。
最も、その辺りを追求するつもりはナツ達には無い。
生き残った彼らはこの土地を引き払い、離れた場所に居を構えると言う。
聖職者として、神官として、求道者として、厳しくも充実した日々を送ることだろう。
この街にいる間はナツ達も彼らを手伝った。
それは引っ越しであったり、色々だ。
主に雑用である。
それでもアデレイドはナツが傍にいて嬉しそうであった。
そして、ナツ達が街を離れる時が来た。
ナツは、アーロンのキャラバンの世話になる事にした。
自分の目的が見つかるまで、付いて行くのもいいかと思ったのだ。
アデレイドを見て、生きる目的を持つのは素晴らしいと改めて思った事もある。
自分の旅の目的。
自分の生きる目的。
自分は何がしたいのか、何をするべきなのか。
ハッキリとした事はまだ分からない。
でも、おぼろげながら、何かが形を取って来たような気もするのだ。
ただ一つ、これだけはハッキリしている事がある。
「ハルお姉ちゃん」
「何ですか、ナツ?」
ナツの傍にはいつでもハルがいる。
「ハルお姉ちゃんは、僕とずっと一緒だよね?」
「もちろんです。 ナツが嫌だと言っても離れませんよ」
ハルのその言葉に喜びと幸せを感じるナツであった。
「うんっ!」
~ 完 ~
※体制>体勢に修正




