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02 世の中を知る

更に二年ほどが過ぎて、ナツが推定十歳になった頃、ハルが宣言した。


「そろそろ、ここを出ましょう」


「え!? そんな、いきなり!?」


「いきなりではありません、以前から考えていました。 ナツは、もう一人前と言える知識と技量に達しています」


ハルに褒められて嬉しくなるナツ。

二人の関係は相変わらずだ。


「え? そ、そう? えへへへ」


「そうやって調子に乗らなければ、ですけどね」


「ぎゃふん!」


こうしてやり込められる所までが様式美と言える。

そんな日常が変わろうとしていた。







「もう、ここへは戻って来ません、忘れ物は無いですね?」


「大丈夫、全部持ったよ」


とは言え、言うほど物は持ち出さなかったのだろう、二人の持ち物は少なかった。

ハルはいつもの肩から下げたバッグ。

ナツは背負い袋と腰のポーチだけが荷物であった。


ナツは家を振り返ると、お辞儀をした。


「今までお世話になりましたっ!」


ハルは、いつもの無表情でそれを眺めていたが、ナツの挨拶が終わったのを見届けると声を掛けた。


「では、行きましょう」


「うんっ!」


ナツは、それに元気よく答えた。

こうして、二人の旅は始まった。







うきうき気分で旅を楽しむナツだったが、最初の村でいきなり衝撃を受けた。


「は、ハルお姉ちゃん!?」


「どうかしましたか? ナツ」


「どうして、この村の人達は、こんな不便な暮らしをしているの!?」


「おや、言っていませんでしたか」


「言ってないって何を!?」


「これがこの世界の標準的な暮らしです」


「えええっ!?」


がびーん! と背後に擬音が付きそうなほどショックを受けた顔をするナツ。


「掃除機は? 洗濯機は? 何で井戸? 水道の蛇口は!?」


「ありません。 ナツの言うそれらは、我が家(ファミリー)だけが持つ生活水準です」


「そんなぁ…」


「ナツも早くこの暮らしに慣れなければいけませんよ」


相変わらずハルの言う事は訳が分からないナツである。


「せっかく便利なんだから、みんなに同じの作ってあげればいいじゃない」


と言うのがナツの意見な訳だ。


「ナツのそう言う所は美徳です」


「なら!」


「でも無理です。 あれらは私には作れませんから」


「え!? …そうなの?」


「はい。 それを可能とするには、ナツの“apostrophe”と対になる、赤い石が必要です」


それが無いから出来ないと言われると、じゃあ仕方ないかと言う気になってくる。

何でも出来るハルが無理と言うのだから、それはもう相当無理な話なのだろう。


「どうしても、と言うのならば、ナツが自分で作るしかありませんね」


「むぐぅ!? …が、頑張る…」


「はい、楽しみにしています」


気が付けばナツが作る事になっていた。

掌の上で転がされている感が半端ない。







この村は小さく宿が無かったので、二人は食料を少々買うと早々に立ち去った。


「しかし、失態を見せてしまいましたね。 ナツにこの世界の標準を教え忘れていたとは」


「色々難しい事は沢山教わったのに…」


「それを知るのも旅の醍醐味と言えなくも有りません」


「ハルお姉ちゃん…」


ナツは呆れの含んだ目でハルを見るが、ハルはどこ吹く風だ。

常に無表情なので、いつもの顔と言えばそれまでである。

ナツが更に抗議をしようとした所でハルが待ったを掛けた。


「ナツ、戦闘の準備をしなさい」


「え、どうして?」


「盗賊です」


言われてナツが周囲を見渡すが何も見えない。


「見えないよ?」


「500メートルほど先で待ち伏せしています」


それが見えるハルは、どんな目をしているのだろうか。


「私が先行して誘き出します。 ナツは、そこの岩陰から練習通りに対処するように」


「わ、分かった!」


ナツの返事を聞くとハルはスタスタと歩いて行ってしまった。







ハルが歩いていくと、盗賊と思しき男達が武器を手にぞろぞろと現れた。

少女一人と油断したのか、待ち伏せを止めて姿を見せたのだ。

それがハルの狙いだと気付くことも無く。


「おおっとそこまでだ、お嬢ちゃん。 有り金とその身体、置いていきな」


「なんだそりゃ! 全部じゃないか!」


――がっははは!

と笑う、そこまでが様式美と言う物なのか。

定番の脅し文句とツッコミに、いつもの無表情でハルが答える。


「いいでしょう。 但しその代償は、あなた方の命です」


見ればハルの左右の手には、すでに短剣が握られていた。


“ィィィイイイイン”


その短剣は、甲高い奇妙な音を発している。

それを見た男達は表情を変えた。

最初に声を掛けた男がハルに警告する。


「武器を構えたと言う事は、覚悟を決めたと受け取るぞ」


「言われなくとも、そのつもりです」


凄む男に流して返すハル。

だが男達は余裕の態度を崩さなかった。


「お嬢ちゃんにしては、随分と肝が据わっているじゃないか。 だが、所詮ガキだ――」


「その先は、弓が私を狙っている、でしょうか?」


「――っ!? このガキ!」


男は弓手に合図を送る。

だが、その目論見は外れた。

次の瞬間には六人もの男達が、周囲の木々から落下したからだ。


「な、何だ!?」


「――あの一瞬で六人の眉間に命中させますか。 腕を上げましたね、ナツ」


500メートル先の岩陰にはライフルを構えたナツがいた。

無論ただのライフルでは無い。

音も無く発射されたのはレーザー光線だ。

ナツは、レーザーライフルを撃ったのだった。


「くそっ、何が起きた!?」


最初にハルに声を掛けた男が慌てて飛び退く。

だが遅かった。


「油断し過ぎです」


ハルの声に男が振り向くと、短剣を構えたハルが迫っている。


「くっ!」


男は咄嗟に持っていた剣で合わせようとする。

だが――


“ィィイイイン”


ハルの短剣は、一瞬も止まることなく男の剣を通過していく。


“カラン…”


剣の刀身が音を立てて地面に落ちた。

男の剣は、根本から“切り落とされて”いた。

男は呆然と呟く。


「何だ、それは…」


「ただの高周波の刃(パルスブレード )ですが、何か」


「はあ?」


素直に答えられた所で男には理解出来る筈も無かった。


「ですから、油断し過ぎだと先程から――」


“パシュン”


ハルが全てのセリフを言い切る前に男は事切れていた。

無論、ナツのレーザーライフルに狙撃されたのだ。


この男だけでは無く、他の盗賊たちもすでにナツによって狙撃され、絶命していた。

発射音が無く、弓とは比ぶべくもない射程を持つレーザーライフルと、正確無比な腕を持つ狙撃手の組み合わせは凶悪と言える。

こうして、二人の初めての戦闘は、呆気なく幕を閉じた。







「ナツ、初めてにしては上出来です」


「そ、そうかな? えへへ」


褒められて頬を緩めるナツ。


「ですが、もっと早く済ませる事が出来たはずです。 状況判断が甘い点はマイナスです。 次から注意するように」


だが、褒めるだけでは無かった。

ハルはしっかり採点していたようである。


「ハルお姉ちゃんに当てちゃいそうで怖かったんだよ、次からもっとじっとしてて…」


望み薄だが、ちょこまか動かずにいてくれればいいと訴えてみる。


「私はナツを信じています」


「うぐ、ずるいよー」


やはり一言で返されてしまった。

何時まで経っても、ハルには勝てる気がしないナツであった。







「――ナツ、そのライフルは仕舞っておくように」


「え? でもまた盗賊が出るかも…」


「この世界には、レーザーライフルは勿論、ただのライフルすら存在しません」


「ええっ!? また~?」


ハルのカミングアウトに慌ててレーザーライフルを仕舞うナツ。

そこで何か思い付いた。


「もしかして、これも?」


そう言ってナツが取り出したのは、子供が持つにはゴツ過ぎる拳銃だった。


「――ライフルはおろか、銃自体が存在しません」


「今頃言い直しても遅いよっ! 僕は何で戦えばいいのさ!」


「戦闘で使う事を咎めはしません。 ただ、普段は隠しておくようにと――」


「わ~! もう、何を言っても言い訳にしか聞こえないよっ!」


「言い訳ではありません、事実をありのままに――」


「ハルお姉ちゃんのバカ~!」


「なっ!?」


が~ん! と言う擬音が背後に張り付いているかのようなハルの顔である。

この時ばかりは、いつもの無表情ではなくなっていた。

さすがのハルも、ナツに嫌われるのは堪えるようである。

この後しばらく、必死にナツの機嫌を取るハルの姿があった。







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