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01 ボーイ ミーツ ガール?

少年が森を走っていた。

年端もいかない子供だ。

どう見積もっても五歳には届いていないだろう。

そんな子供が走っていた(・・ )


「ぜぇっ、ぜぇっ、ぜぇっ、…」


すでに息は千々に切れ、足も上がっていない。

歩くより遅いくらいだが、気持ちだけは未だに走っていた。


(逃げなきゃ、逃げなきゃ)


その子は何かから逃げていた。

振り返って確認しても、その子には見えないが、凡そ50メートルほど後方に犬の頭をした小人が十人ほど、少年を追ってきていた。


コボルドの群れ。


腕に覚えのある冒険者ならば雑魚扱いする魔物だが、一般人には脅威だ。

況してや年端もいかぬ子供に、どうにか出来る相手では無い。

それが十体。

ここまで逃げて来れただけでも頑張ったと言えるだろう。


だが現実は無常だった。

犬の頭は伊達ではないのか、コボルドの群れは確実に少年の匂いを辿っていく。

そして、確実に少年との距離は縮まっていた。


「ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ…こほっ」


よほど息が苦しかったのか、肺が酸素を欲しがり息が咽る。

その拍子に足が縺れ、転んでしまった。

いや、転びそうになった。


「…………」


「こほっ、こほっ、こほっ」


咽続ける少年を少女が支えていた。


「いくら森の中で下は柔らかい土とは言え、転べば思わぬ怪我をしますよ」


少年を支えながら、少女はそんな忠告をする。


「ぜー、ぜー、…逃げて」


少年を眺めながら「どうしたの?」と不思議そうに首を傾げる少女。

その年齢は少年よりは上だろうが、やはり二桁には届いていないだろうと思われた。


やがてガサガサガサッっと音を立ててコボルドの群れがその場に姿を現す。

少女は、ちらとそちらに目をやると、再び少年を見て納得したと言うように一つ頷いた。


「つまり、自分より私の身を案じたと言う事ですか」


少年は、限界だったのだろう、すでに気を失っている。


「…優しい子」


少女は少年を座らせ、その背を木に預けると、コボルドの群れに向かった。




数分後、その場に立っているのは少女だけであった。

少女は少年の元へ来ると呟いた。


「少年、あなたに決めました」


そう言って少女は少年の身体を検める。


「怪我が酷い、重傷と言って差し支えありません」


とてもそうは聞こえない、落ち着いた声音で少女は告げた。

そして肩から下げていたバッグを開ける。


「検索――少年の治療に適したもの。 “a”から順番に」


ぶつぶつ言いながらバッグを漁っている。

すると――


「hit――“apostrophe” 意外に早かったですね」


そう言うと、少女はバッグから青い石を取り出した。


「“太古の聖人の名を冠した癒しの石”ですか。 効果は――癒しに関する効能を持ち主に授ける。 “再生”有り。 バッチリです、これにしましょう」


少女は(おもむろ )に、手に取った石を自らの口に含むと、そのまま少年に口づけた。

ごっくん、と少年の喉が動き、石を飲み込むのを確認すると、漸く少女は口を離す。

すると、見る見るうちに少年の身体から怪我が消えていった。


「効果を確認。 一安心です」


とてもそうは見えない無表情で少女は呟いた。


「それでは帰りましょう、ご主人様」


そう言って少年を抱えると、少女はしっかりした足取りでこの場を去って行った。







「――これでよし」


少年をベッドに横たえると、少女は行動を開始する。

勝手に連れて来てしまったが、少年の家族が捜しているかもしれない。

確認は必要であった。

少女は先程の場所へと取って返す。


「彼は向こうから走って来ました」


出会った場所で、方角を確認すると少女は迷わず駆け出した。

少年の体力から見ても、そう遠くない場所から来ている筈であった。


予想通り、走り出してすぐの場所に村があった。

そこは滅んだばかりの村。

その村は無残に破壊されていた。

念のため確認したが、生存者はいない。


「“魔物の暴走(スタンピード )”」


それは、突如大量発生した魔物が障害物を押し潰しながら駆け抜ける、謎の現象。

この村は不運にも、それに巻き込まれたのだろう。

少年はここから逃れ、途中でコボルドの群れに見つかり追われたのか。


「“炎よ(サモンフレイム )”」


この世界から魔術師が消えて久しい。

にも拘らず、少女は呪文を唱えた。

魔導書を見る事も無く。


現れた青い炎は村を覆い、全てを灰にした。







「んん…ここは…?」


少年が目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋のベッドの上であった。


「目が覚めましたか、少年」


声のする方を見ると、これもまた見知らぬ少女がいた。

黒のエプロンドレスに、頭には結った髪とホワイトブリムが乗っている。

少女はベッドの脇で椅子に座り、少年を看ていたようだ。


「お姉ちゃんは誰?」


少年は少女を誰何する。


「私は、あなたの姉ではありません」


が、帰ってきた答えは少年の望んだものでは無かった。


「それは、分かってるけど…」


少年の声は小さくなって消え入りそうだ。

そんな少年の声が聞こえているのかいないのか、今度は少女が問うた。


「少年の名は、何と言うのですか?」


「僕?」


「はい」


「僕は、えっと、――何だっけ?」


少年の答えもまた、少女の望んだものでは無かった。


「自分の名前が判らないのですか? では、なぜコボルドに追われていたのかも、何処で暮らしていたのかも、全てですか?」


「えっと、追われていた?――うん」


少年の答えは芳しくない。

少女は、一つ頷くと息を吐いた。


「記憶喪失ですか、外的要因では無いですね。 それなら“apostrophe”が治しているでしょうし…」


そう言うと少女は傍らからバッグを取り出した。


「検索――記憶喪失を治す物。 “a”から順番に」


「――?」


少年は、訳が分からず首を傾げている。


「――hit無し、ですか。 困りました」


暫くすると、困っているとは見えない顔で少女は溜息を吐いた。

すると、それまで黙って見ていた少年が口を開く。


「えっと、どうしたの? お姉ちゃん」


少年の問いに少女は顔を向けた。


「――そうですね、それもいいでしょう」


「――?」


少年は、全く意味が解らない。


「少年、あなたを私の弟にします」


「え!?」


「名前は、そうですね…あの夏の雲から取って“夏雲(ナツモ )”としましょう」


少女は窓の外、夏の青空と白い雲を見ながら頷いていた。

少年には全く意味不明だった。

夏の雲なら“Summer cloud”では無いのか。

“ナツモ”とは、何処から来たのだ。


「――今後は少年の事を“ナツ”と呼びます。 私の事は“ハルお姉ちゃん”と呼んで下さい」


「ハルお姉ちゃん?」


「はい。 私の名は春桜(ハルカ )、春の桜と書いてハルカです」


また意味不明なコトバが出た。

春の桜なら“Cherry spring”では無いのか…

少年が考えを巡らせていると、少女の話は進んでいたようだ。


「――と言う訳ですので、ナツには私のご主人様に相応しくなるよう、教育します」


「え…?」


「心配いりません、知識の大部分は睡眠学習ですし、身体能力もナツの力量に沿った方法を用います」


少年は知らない内に、何か大事な事を決められてしまったようだった。


「弟として、ご主人様として、立派に育て上げてみせましょう」


少女は無表情な顔で決意を固めていた。







翌日から少女――ハルは、宣言通り少年――ナツに教育を施した。

ナツに負担を掛けないよう、少しずつではあったが、それらは確実にナツに吸収されていった。


「ナツは近接戦闘に向いていませんね、攻撃手段は射撃を用いるとして、防御は――」

「せっかくの“apostrophe”です、使い熟せるようにしましょう。 知識が大切――」


相変わらず意味不明な事が多かったが、教育が進むに連れて徐々にではあるが、ナツにも理解出来るようになって来ていた。

もっとも、三年経った今でも、ナツにとって一番の謎はハルなのだが。


「ハルお姉ちゃんは、ここで何をしていたの?」


ある夜、ナツはハルに疑問をぶつけた。


「ここにいた訳ではありません、仕えるべき主を探して旅をしていました」


「仕えるべき主?」


「あなたの事ですよ、ナツ。 私のご主人様」


そう言って、優しくナツを抱きしめてキスをするハル。

嬉しいような、くすぐったいような気持ちで質問を続けるナツ。


「なら、この家はどうしたの?」


「ここは“(マザー )”が用意した物です。 緊急時の特例として使いました。 いずれ出て行く事になります」


「そうなの?」


「はい」


「何で、ずっといたらだめなの?」


「ナツのためにならないからです。 身に付けた知識や技術は、使わなければ意味がありません」


「え〜、使ってるよ?」


「あれは使っている内に入りません。 知識や技術は使い――経験を積む事で、初めて自分の物とする事が出来るのです」


また訳が分からない事を言い出した。

こうなるとナツには成す術がない。

そんな不満が顔に出ているはずだが、知らぬ顔でハルは続ける。


「ナツ、あなたは筋が良い、そう遠くない内にここを出る事になるでしょう」


大好きな姉に褒められて、ナツの機嫌はすぐに回復した。


「ハルお姉ちゃん、大好き」


「私もです。 愛していますよ、ナツ」


そんな二人のここでの生活は、更に数年続いた。








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