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うちの弟は世界一

作者: eel

 雲一つない快晴。太陽が登りきった頃、一組の兄弟が村から旅立とうとしていた。


 「もう!お父さん!心配しすぎだよ!」


 十歳くらいであろう幼いその子は、銀色の髪を揺らし、金の瞳を大きく開き、両手を天高くあげて、全身を使い『大丈夫!』を表現しようとしていた。

 

 「そうは言ってもな、アルはまだ小さいし・・・。」


 その子の父であろう男は、不安げな顔で幼い我が子を見つつ、どうやって旅を止めさせるか考えている。


 「お父さん、大丈夫ですよ。」


 夫の不安を笑顔で和らげようとする妻。 


 「大丈夫だよ父さん。僕がついて行くし、何かあったら姉さんを頼るよ。」


 金色の髪に、銀の瞳を細めて、兄であろう青年は苦笑しながら父に返す。


 姉と言う言葉に不安を覚えたのか、厳つい顔をさらにしかめながら、二人の子供に諭す様に話す。


 「う~む・・・。あの子を頼るのは、最後の手段と考えなさい。関わると問題がさらに悪化するかもしれん。」


 そんな事ないよ。と言って青年は、弟の頭を撫でつつ笑顔で両親を見た。


 「そうですよ。あの子も今では、立派に一人で生活しているんですから。少しは信用なさってください。」


 「お姉ちゃんはかっこいいよ!。」


 実に愛らしい仕草で、弟は父に姉の良さを訴える。それを見て父は、クワッ!と双眸を光らせると、やはり行かせるべきではない!と、心に決める。


 そんな夫を見て、妻は夫の脇腹を力の限りつねる。激痛のあまり身悶えする夫を尻目に、母は息子たちに、気をつけて行くのですよ、と声をかけると夫を引っ張って家に入っていった。


 「さあ行こうか。アル。」


 「うん!お兄ちゃん!。」


 大きな大きな山の上。小さな小さな村から、二人の兄弟が、今旅立とうとしていた。


 「痛!」

 

 「だ、大丈夫か!。」


 「ヒック…泣かないもん。」


 「強いぞ!流石僕の弟だ!。」


 「エヘヘ。」


 「貰った剣は、しまっておこうな。」


 「うん!」




 …旅立とうとしていた。




 ---


 マルダ大陸。世界で最も大きなその大陸の中央。大霊峰に連なる山々の裾野には、大小様々な街がある。


 その内の一つ『カロト』の街のハンターズギルドで、受付の娘は目の前の兄弟、特に弟の愛らしさに顔が蕩けそうになるのを必死にこらえていた。


 「では、受付は完了です。弟さんのギルド証はもう少し大きくなってから、という事でいいですね。」


 「ええ。私と一緒に行動する事が、家を出る時の約束でして。」


 兄はむくれている弟を見て苦笑しつつ、受付から渡されたギルド証をしまう。


 「むー。僕もそれ欲しいよ!ねぇ、お姉ちゃん。僕にもちょうだい!」


 全身で愛らしさを表現するその子に対し、意識を総動員してなんとか理性を保った受付娘は、大きくなったらね、とだらしない笑顔で返すのが精一杯だった。

 

 「姉さんに会いに行こうか。」


 兄からそう提案されると、弟はギルド証の事等どこへやら。大きく頷いて兄の手を引っ張る。


 二人は仲良くギルドを出て、姉の居ると言う宿に向かって歩いて行った。




 紅、赤、朱…その娘は赫かった。瞳、髪、服装、そして…顔色までも。


 「遅い!。」


 その声に、宿にいた女将以外の全員がすくみ上がる。彼女は焔だ。一度ひとたびその怒りに触れれば、文字通り灰になる事は周知の事実であった。


 だから宿の客達は、入り口付近に陣取る彼女に近づかずに奥で小さくなっていた。


 「遅い…。何をやっているんだセラの奴。…まさか!アルを独りじめする為に、二人で別の街に行ったんじゃ!。」


 走り出そうとする娘に、女将が落ち着くように諭す。


 「何言ってるんだい。ここで落ち合う約束なんだろう?。あんたがここにいなかったら、入れ違いになっちまうだろうに。もう少し落ち着きな。ほら、そこに座ってこれ飲むんだよ。」


 女将に言われ、渋々と出されたお茶を飲む。ハァーと一息ついていると、宿に子供が駆け込んできた。


 「アル!」


 「お姉ちゃん!」


 娘は弟を抱き上げ、その場でクルクルと三周程回ってから思いっきり抱きついた。


 「痛いよ。お姉ちゃん。」


 弟の言葉に、バッと手を離すと、ごめんね、と謝ってからもう一度優しく抱きしめた。


 ゆっくりと宿に入ってきた青年は、弟に抱きつく姉を見て苦笑した。


 「姉さん。久しぶり、元気そうだね。」


 「セラ。遅い。」


 姉は、一人目かわいくないほうの弟を見て口を尖らす。


 「父さんがアルを離さなくて。」


 肩をすくめるセラに、姉は蹴り飛ばせばいいのよ、と言いつつ弟に頬ずりしていた。


 「お姉ちゃんと一緒にいられるの?」


 アルは大好きな姉と一緒に居られると思い、目をキラキラさせながら姉に問う。…しかし。


 「ごめんね。お姉ちゃんは、お仕事でこれから出かけるの。ちょっと遠くまで行くから、ここでセラと待っててね。」


 「う~ん。わかった。」


 アルは、目をうるうるさせながら。姉を困らせないようにと、泣くのを我慢しつつ頷く。


 そんなアルを見て姉は、速攻で終わらせて帰ってこよう。と、心に誓う。


 「ラー。そろそろ出ないと、夜までに隣町につかないよ。」


 「わかってるよ。女将さん。セラ、アルに怪我させたら…お仕置きだからね。」


 「分かってるよ姉さん。僕もアルは可愛い、と言うかアルは世界より大事なんだ。当然だろう。」


 ニヤリと嗤う姉弟を見て、末弟もエヘヘと笑った。


 「じゃ、女将さん。あたしの部屋はこの子達に使わせてあげて。セラ、荷物の管理は任せたから。必要なものがあれば、好きに使っていいよ。」


 そう言うと、ラーは、行ってきます、と宿を出る。


 「おねーちゃん!いってらっしゃい!。」


 末弟の声を受けて、バビュンと一瞬で戻ってきたかと思うと、抱きしめて頬ずりを五度。末弟がポカンとしている間に、姉は泣きながら走り去っていった。


 「おねーちゃん。行っちゃった。」


 「すぐ帰ってくるよ。さ、部屋に荷物を置いて街を回ろう。」


 街を見て回れる。その事に喜んだアルは、ラーの事などすっかり忘れて、セラの後について行くのだった。

 




「うわー。いろんなお店があるね。お兄ちゃん。」


 キョロキョロと屋台を見渡す、好奇心旺盛な弟に笑顔で手をつなぎながらセラは、屋台など全く興味を示さず、喜ぶ弟に双眸を緩めていた。


 「危ないから、手を離してはいけないよ。誘拐されてしまうかもしれないからね。」

 

 「そんなに子供じゃないもん!。」


 ぷくーと頬を膨らませる弟を見て、セラは思った。


 …怒るアルは、なんと可愛いんだ!。嗚呼、このまま連れ去ってしまいたい。


 「お兄ちゃん。早く行こ。」


 小首をかしげつつ、手を引く弟に鼻血が出そうになりながら。セラは屋台の並ぶ道を弟と歩く。


 市は活気に満ち、大勢の人が行き来していた。


 セラは狩りに使う為の装備で、消耗品の類をこの市で揃えようと思っていた。


 「お兄ちゃんこの剣、おっきいよ!。」


 声を上げる弟を見つつ、弟の指す剣を見てみる。確かに大きかった。大体、今の自身の身長と同じ位の刀身がある。


 「随分大きい剣ですね。これ、振れるんですか。」


 そう、店主に問うと。


 「そいつは、振るうための剣じゃねぇのさ。持つ所に固定用の仕掛けがあるだろう。戦車チャリオットなんかに固定したり、大砲から発射、もしくは投擲したりするもんなのさ。」


 なるほど、と、頷くセラ。


 「最近じゃ竜退治なんかに使うらしいね。」


 「竜…ですか。」


 「ああ。やつらは、やたら強ぇ上に硬え。並の攻撃じゃ歯が立たねえからな。」


 セラは礼を言って、屋台から離れる。


 「竜さん。いじめるの?。」


 弟は悲しそうな顔で、兄に尋ねる。


 「悪いことをしたら、父さんに叱られるだろう?。それと同じだよ。」


 弟は、そっか。と、呟くと兄にしがみつく。


 兄は、それを嬉しく思いながら、明日以降の狩りでどうやって弟を説き伏せるか考えていた。





 ---


 

 朝。宿の外に出たセラは、快晴である事を嬉しく思い。これからの事を憂鬱に思った。


 気をつけていくんだよ。女将に見送られながら、弟と共に街からほど近い草原へと足を運ぶ。


 「お兄ちゃんここで何するの?。」


 セラは、弟になんと説明するか悩んだが…正直に話す事にした。


 「ウサギを狩るんだよ。」


 えっ。と、アルは困惑した。


 「ウサギを、殺して、食料にするんだよ。」


 「う、ウサギさん…殺しちゃうの?。」


 アルは泣きそうな顔で、兄を見る。


 セラは、弟を抱きしめて、嘘だよ、そんな事はしないよ。と、言ってやりたかった。頭を撫でつつ、アルはいい子だねと言ってやりたかった。…しかし。


 「うん。殺すんだ。そうやってアルも彼らを食べて、大きくなったんだよ。」


 泣き出す弟を、セラは抱きしめつつ…優しく諭す。心を鬼にして。


 「いいかい、アル。僕達は、何かを食べないと生きていけないんだよ。お腹すいていたら、辛いだろう?悲しいだろう?。何かを食べるために、何かを殺すのは仕方がない事なんだよ。」


 アルは泣きながら、兄にしがみつく。


 「父さんや母さん、アルの大好きな姉さんも、何かを食べないと生きていけない。それは動物や植物、彼らを殺すことなんだ。アルはもう大きいから、草や木、精霊や神霊の声も聞こえるよね。彼らの声から目を背けずに、感謝の心とその罪を背負う事で初めて『食事をする』事になるんだ。」


 アルは泣き止んでいた、兄が大事なことを言っている。泣いている場合ではない、そう理解して、兄に目を合わせる。


 「いいかい、アル。よく覚えておくんだ。この先、君は多くのモノを『殺す』だろう。なにかの弾みで、殺してしまう事もあるだろう。でもね、その『死』から目を逸らしてはいけない。起きた事実から目を逸らしてはいけない。向き合って、その都度どうするか考えるんだ。生きるというのは、そういう事なんだよ。」


 セラは息を整え、瞳に強い力を持ち始めた歳若い弟へ続ける。


 「僕達は、長く生きるだろう。そのせいで、多くのことが起きる。けれど泣かないで、僕や姉さんがいる。父さんや母さんもいる。叔父さんや叔母さんも君の味方になってくれる。いつでも、僕達は君の味方なんだ。悩んだり悲しい事があったら、一緒にいてあげる、話を聞いてあげる、だから…。」


 セラは大きく息を吸う…。


 「強くなるんだ!。父さんの様に。アルならなれる、一族でアルは一番になれる。それは世界で一番という事だ。神々をも下せると言う事だ。今日、ここへ連れてきたのは。その第一歩を歩き出す為なんだ。」


 アルは、兄が言っていることの半分も理解できなかった。しかし、兄の願いは解った。大好きなお兄ちゃんの願い。強くなろう。


 セラは、弟が泣き止み、こちらを力強い目で見ている事に気がついた。これならば、やってくれる。そう確信して、持ってきた弓を渡そうとして…気づく。


 自分達の周りを、ウサギやネズミ、小鳥等の小動物達が取り囲んでいた。一部の兎等は、アルをあやす様に頬をこすり、小鳥は頭を撫でるようについばんでいる。


 「ありがとう。うさぎさん、小鳥さん。皆、僕はもう大丈夫だよ。」


 そう言って兎を撫でるアルを見て、セラは、やはり無理だったか。と、今日の狩りを諦めた。





---


 兄弟の出てきた里では、アルの父が家で誰かと話をしていた。


 「そうか。やはり、無理だったか。」


 街でのアルの様子を、仔細に尋ねる父。気づかれないよう、細心の注意をはらいつつアルの護衛をしている村の衆からの報告を聞きつつ、どうしたらいいか考えていた。


 「あなた、お茶が入りましたよ。」


 妻からお茶を受け取り、一口すする。


 「村長、やはりアル様にはここで健やかに育て上げるのが、一番なんじゃ…。」


 アルの父は、ギロリと村の衆を睨む。


 「そうやって甘やかしてどうなる。ここがずっと安全だとは言えんのだぞ。ワシがずっと守ってやれるわけでもない。セラが継承の儀を終えた今が一番なのだ。あれなら、ワシ以外のモノなら軽く捻れるだろう。護衛もこうして付けている。今を逃せば、アルはきっとモノが殺せなくなる。それだけは避けねばならん。」


 そう言って俯いてつぶやく。


 「息子が餓死する所など、見たくない。」


 妻は、夫のそばに寄り添い。村の衆はそっと家から出ていく。


 「心配することはありません。だって、私たちの子ですもの。」


 「そうだな。」


 二人は、蒼く染まった窓の外を見ていた。



---


 両親の想いなど露知らず。アルは宿の料理に舌鼓を打っていた。


 「おいしい!」


 「そうか。よかったね。」


 狩りに失敗してから二日。セラはアルに、狩りをさせる事ができないでいた。


 と、いうのも。矢が当たらないのだ。木の的であれば命中させる事ができるが、動く小さな動物となると話は大きく変わる。初めは、当たるかも知れないと怖々放っていた矢も、今では『当たらないから』という消極的な理由だが、真面目に狙えるようになった。


 しかし、相手は動く小さな的。子供の放つ矢など、ひょいと避けてしまう。しまいには、矢を撃つ姿を横から鑑賞される始末だ。その内、当たったら拍手があるかもしれないと、セラは本気で考えていた。


 「練習あるのみかなぁ。」


 はむはむと、美味しそうに料理を食べる弟。こちらも幸せになってくる。野生とは程遠い存在だろう。


 …野生。閃く。武術の類を覚えさせよう。そうすればきっと、拍手などされないはずだ!。…セラは本気でそう考えていた。


 


 次の日、アルとセラはいつもの草原に来ていた。


 「アル、今日は君に体術を教える。」


 「たいじゅつ?何それ。」


 「強くなるためのモノだよ。」


 「よくわかんないけど。がんばる。」


 アルはぐっと両の拳を胸の前に持ってきて、頑張るのポーズをする。後ろで、ネズミとウサギが拍手をしていた。


 「『体術』とは、人族や獣族が体を効率的に動かすために編み出したモノだ。極めれば、その拳は光を超えるという。」


 すごーい。と言いながら、動物達と共に拍手するアル。絶対に解ってない。


 「ではまず、やり方『型』と呼ばれる基本動作から教えよう。」


 その後、アルにいくつかの『型』を教え、実際に打たせてみる。


 「いい動きだ。その調子。」


 アルは教えた『型』をあっさりと覚えた。完璧にだ。


 セラは、ウチの弟は天才か!と喜び、最後に軽く模擬戦を行った。


 …つ、強い。どこを打っても避けられ、攻撃はゆっくりなのに避けられん。


 セラは、半ば本気でアルと戦い。


 アルは、お兄ちゃんかっこいい。と、喜んでいた。


 どうにか、兄の威厳を保つ形で模擬戦は終了し、これならば、と次の日には狩りをすることにした。


 「ありゃ。」


 矢は兎の、目の前に飛び。兎は矢を抜いて、アルの所まで持ってきてくれた。


 「ありがとう。うさぎさん。」


 セラは、頭を抱えてしまった。


 …狩りと武術は関係ないな。


 明日から弓の訓練をしようと、そう、心に誓ったのだった。

読了、ありがとうございます。続きは、書き上がりしだいあげます。

感想、ご指摘等、お待ちしております。


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