第4話 そしてくっつく
◇ ◇ ◇~蛍子視点~
「ケーちゃんゴメン。こんなコトになるなんて……」
「いいんですよ、別に。気にしないで下さい」
「でも、さ。ケーちゃん……」
気まずそうに顔をそらした後、静かな声で言いました。
「ソー君のこと、好きでしょ?」
「……はい」
女の勘って、凄いですね。
「やっぱり…。ねぇ、ケーちゃん?」
「何ですか?」
「ウチが、チャンスを作ってあげる。付き合いたいんだったら、一気に告白して」
「ですけど、断られるんじゃ……」
さっき、言ってましたからね。何でも無いって。だから、可能性なんて―――
「大丈夫」
何を証拠に……
「ウチの勘がそう言ってる。それにね、ソー君の接し方が違うんだ。誰よりもケーちゃんを大切に扱ってる」
―――だから、大丈夫。
そして確かに、佐野さんはチャンスを作ってくれました。
ですが、
「乗って下さい」
「ありがとうございます」
今までもこうだったのに、更に他人行儀になってしまった。この空気をどうすればいいのですか!?
佐野さぁん!教えてぇ!
◇ ◇ ◇~奏真視点~
車内にはエンジン音しか聞こえない。会話が全くなく、気まずい空間。唯一の救いは運転席と、後部座席だと言うことだろう。だが斜め後ろに座っているため、バックミラーに映り互いの目が合ってしまう。ちらりとバックミラー越しに彼女を見ると、無表情に外を見つめていた。
この場合、俺は彼女を楽しませるべきなのだろうが、それは出来なかった。やってしまえば、何か取り返しの付かないことを言ってしまいそうだったから。
彼女の家はこの山の麓にあると言っていた。多分、ここに来る前に見かけたあの家だろう。田舎だから大きめの家があってもおかしくはないとは思ったが、あの家が鷲谷家だとして納得できる大きさだった。それに俺たちがいた場所は、彼女が歩いてこれるくらい近い場所。暗くなっているが、分かるだろう。もうすでに、それらしき家の門が見え始めた。
その門の近くに車を止め、彼女に着いたことを知らせる。降りようとする彼女に先回りし、車の扉を開けた。その時彼女と目が合う。その目を彼女はそらした。
そのまま門の前まで来ると、くるりとこちらを振り向いた。今度は目をしっかりと合わせて。何ら曇りのない、綺麗な瞳と向き合った。
「ありがとうございました、とても楽しかったです」
「良かった」
俺は息を吸い込んだ。これが最後だ。彼女と過ごす最後の時。
笑顔で言った。
「それでは、さようなら。俺も楽しかったです」
これで終わる。俺の初恋も……。
「あのっ!」
少し、イラッとした。まだ終わらせてくれないのかと。せっかく作った笑顔なのに、あっという間に崩れてしまったではないか。
「また、どこかで会えませんか」
「会う必要があるのですか?」
ビクリと肩をふるわせる。ついきつい口調になってしまった。もう、俺にどうしようもない夢を見せないでくれ!
強い意志の宿った瞳が、悲しそうに揺れる。しまった、と思ったところでもう口は止まらない。
「無いでしょう?だから―――」
「私!」
声を荒げて彼女は言った。
「私、貴方が好きです」
俺は思いっきり目を見開いた。
◇ ◇ ◇~蛍子視点~
チャンスを作ってくれたまでは良いのですが、ここからどうしましょう。バックミラー越しに目が合ってしまうため、外をずっと見つめています。家は近いのでそうしていれば、すぐに着いてしまいました。
素早く奏真さんが車から降り、扉を開けてくれました。その時、目が合いましたがなんと言って良いか分からず、目をそらしてしまいました。
門まで行ってようやく私は決心できました。後ろを振り返り、目を合わせます。
「ありがとうございました。とても楽しかったです」
「良かった」
奏真さんは笑顔で言いました。
「それでは、さようなら。俺も楽しかったです」
嫌。さよならなんて言わないで。
「あの!」
笑顔だった彼の顔が、少し怒ったような顔に変わりました。
「また、どこかで会えませんか」
「会う必要があるのですか?」
恐いっ!厳つい顔で、怒った顔をされただけでも怖いのに、きつい口調で言われたら恐ろしさ倍増です!
「無いでしょう?だから―――」
それ以上言わないで。
「私!」
勢いに任せてそのまま言っちゃいました。
「私、貴方が好きです」
どうしようもなく、好きなんです。
奏真さんが驚いているのを感じながら、言い切りました。
「初めて会ったときからずっと」
一目惚れは疎か、恋愛だって半ば諦めていました。私は“鷲谷”だったから。両親がそうだったように私も政略結婚すると、ずっと思っていたから。
そんな私が恋だなんて、今でも信じられません。
だけど、
この想いは、間違いなく本物なんです。
「だから」
だから―――
「付き合って下さい」
もう、諦めてくれませんか?
「蛍子さん、これは遊びじゃ―――」
「遊びじゃないですよ。本気です。あれは、その、……言葉の綾なんです!」
「でも―――」
……信じてはくれないようですね。じゃあ、これでどうですか!
私は奏真さんの顔を両手で引き寄せました。そして、目を閉じて唇を合わせました。
ゆっくりと顔を離すと、にっこり笑って言いました。
「これで信じてくれますか?」
ぽかんと、少し抜けた顔をしていた奏真さんは、諦めたようにように笑いました。
「蛍子さん、狡すぎます」
「こうでもしないと信じてくれないじゃないですか」
ぎゅっと、抱きしめられました。私は、顔に置いていた手を首に回しました。
「好きです。一目惚れでしたからね。」
「私も、一目惚れでしたよ」
◇ ◇ ◇~奏真視点~
顔をが引き寄せられたと思ったら、次に見えたのは長いまつげだった。唇には、柔らかいものが当たっている。
え、ちょ、ま、これって、接吻!?キス!?
蛍子さんは顔を離すと、優雅に微笑んだ。
「これで信じてくれますか?」
悩殺。この一言に限る。
惚れた女にこんな事されては、落ちぬ男などいないだろう。
俺の意識に残された答えは一つだった。
「蛍子さん、狡すぎます」
「こうでもしないと信じてくれないじゃないですか」
彼女の華奢で、柔らかな体を抱きしめる。肩口に顔を埋めれば、彼女の暖かさが身にしみた。
「好きです。一目惚れでしたからね。」
「私も、一目惚れでしたよ」
俺たちは、もう一度唇を合わせた。
そして、ようやく『恋人』になれたのだった。
◇ ◇ ◇
「蛍子さん、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「何ですか?」
「前に誰かとつきあった事ってあります?」
「ありませんよ」
「え゛?じゃ、じゃあ誰かとキスは…」
「したことないですって。奏真さんとが初めてです」
(マジか……。アレがファーストキス?ずいぶんと躊躇無くしたから、つい前にもしたことがあるかと思った)
「奏真さん、私奏真さんにしかあんな事しませんよ」
「!?」
(心を読まれて―――
「奏真さんの表情筋が発達しすぎなだけです」
顔を真っ赤にしながら描いたラブシーンでございます。